3月14日

 朝、起きたらiPhone5Sの様子がおかしい。電波の表示が「検索中…」になっていて、いっこうにドコモの電波を拾わない。Wifiはつながったので、家にいる限りは普通に使えるけれども、電波が拾えないんじゃ、電話が使えない。

 これは、致命的だ。今は、それほど緊急に動かなければいけない部署ではないから、電話がつながらなくてもそれほど困りはしないのだが、20代のころから染みついている習性で、仕事場からの電話がつながらない、というだけでいてもたってもいられなく焦る。これは、もうビョーキ。

 とりあえず、機内モードにして、電源offにして、リセットをかけて、ネットワーク設定のリセットもかけたけれども、改善せず。こりゃ、初期化するしかないかな、と思い、とりあえずパソコンのitunesにつないでバックアップをして、工場出荷状態に戻す。

 で、初期化されたiPhoneを起動したところ、Wifiをつないで次のところでつまずく。「このiPhoneをアクティベートできませんでした」だと。ここから画面は進まない。昨晩まで普通に使っていたのに、朝起きたら壊れているだなんて、いったい何が起こったのかさっぱり分からない。とりあえず、simカード不良を疑う。

 で、電話がつながらないから焦る。とりあえず、職場には用事があったらメールを送ってもらうように頼んで、iPadでメールチェックをしてしのぐ。仕事にならないから、ドコモショップへ。30分ぐらい待たされて、店員にiPhoneを渡すと、「店のsimを突っ込んでも変化がないので、本体が壊れている可能性が高いですね」だと。

 リセットをかけなければ、最悪、wifi環境で使えるipodになったのだけれど、リセットを掛けちゃったものだから、ただの画面が光る板になってしまった。

 一刻も早く電話を復活させたいので、代替の機械を手に入れるしかない。特にほしいとも思っていなかったiPhone6Sに乗り換えるのが、まあ、現実的な選択肢だ。ドコモの店員に聞くと、在庫はあるが、今使っている料金プランは継続できない、と。今までは、Xi料金プラン。会社が業務通話料とパケット定額代を負担してくれるので、低い基本料なこのプランが一番ありがたかった。新規では入れないことは知っていたのだが、継続もできないとはどういうことかと聞くも「決まりなので」という答えだけ。まあ、店員を責めても仕方がない。

 「んじゃ、いいです」と店を出て、結局、auのLTEプランでiPhone6S 128GBを契約した。だって、乗り換えた方が安いんだもん。キャリアメールはずいぶん前に捨てているので、まったく支障はない。会社がパケット代を出してくれなかったら、あっという間に格安simにするのだけれど。2年たったら、売っ払ってまた新しい携帯にするかも。

 いまは、itunesにつないで復元中。再設定の手間が少ないのが、iOSの良いところ。

3月11日

 早いもので東日本大震災から5年。地震の発生時刻に合わせて犠牲者に黙祷を捧げよう。

 2月下旬から、ゲリラ活動が活発化。おなかは緩い方だったので、僕にとってはそれほど珍しいことではないのだが、今回は発熱が伴った。39度近くまで熱が出ると、人間、かなりつらい。

 2月最後の土日は、トイレ数十回or寝てるのどちらかだった。医者は、抗菌剤だけ出してくれたけれど、それだけなので症状が収まっていくのを待つしかない。ま、これが本来なんだろうけれど、熱&腹痛なので、てっとり早く苦痛を取ってくれる薬でも処方してほしかった。

 ようやく、動き出すことができたのが火曜日ぐらいで、週の後半は平熱に戻ってかなり体調も回復したのだが、金曜日深夜に再び同様の発熱が。土曜に仕事を入れていたのだけれど、あわててキャンセルする。

 土曜午前までなら、かかりつけの医者にも行けたのだが、だるくて寝ているうちにいつの間にか午後。夜にかけて寝ていても回復するどころか、熱が上がってしまったので、もしかして、インフルも合併していたらやばい、と思い、土曜夜に、奥さんに救急センターに連れて行ってもらう。

 当番だったのは、研修医の若い先生で、ひと通り丁寧に診察してくれて、インフルは陰性、熱冷ましの点滴を打ってくれたまでは良かったのだが、「正直原因が分からないのでCTを撮りますか?」と聞かれて肝を冷やした。1月中旬に人間ドックで胸部のCTを撮影したばかり。さすがに連続は気が引けるし、CTを撮ったところで何か分かるものでもなさそうなので、「あ、いや、そこまでは…」と抵抗してみる。

 点滴が終わったころに再び、研修医の先生が顔を出し、「けっこう混んできていまして…。CT撮るか、入院するか、家で様子を見るかです」とよく分からない選択肢を出されたので、「家で様子をみます」と行って逃げ帰ってきた。

 点滴を打って滝のような汗を流したらだいぶ楽になり、日曜日には平熱近くまで戻った。月曜日には土気色の顔して出勤したものの、仕事にはならないわね。

 まだ何となく、体調が戻っていない。糖質&アルコール制限で体重を絞っている最中だったのだが、激しいゲリラ活動によってさらに3キロぐらい落ちてしまった。寝込んで減ったので、鏡を見ると何となくやつれて老けた感じ。サーキットのタイムは伸びるかもしれないけれど、1周もしないうちに体力がきれそうな、そんなふらふらな今日この頃。

2月22日

 仕事を中抜けして、名古屋駅前の某銀行へ。家を建てるための土地の決済で。いよいよローンレンジャーである。

 売り主とあちら側の仲介業者もわざわざ足を運び、目の前で振り込み関係の書類に記載、捺印してローンの実行と振り込みを待つ。今回、新たに取り引きを始める地方銀行なので、残高0円の銀行通帳を担当の銀行員に渡し「ローンが実行されました」という経過報告だけ聞いたのだが、手元に戻ってきた通帳には、大金が入っていた、という記録のみ記載されて終わり。札束を目の当たりにしたわけでもなく、まったく実感がない。

 現在、間取りを検討中で、夏頃に起工、年明けに引っ越しの予定。残念ながら家付きガレージではなく、車庫はない(ioi)。

2月19日

ひさびさにフルコンのFreedomを装着する雅号(街乗りロードスター)を動かしたところ、始動直後にエンストしそうになるのが気になった。水温補正が薄いんだろうなと思い、助手席後ろに放り込んであるノートパソコンを取り出し、グローブボックスに仕込んである通信ケーブルと接続する。1年以上は動かしていないので動くか分からない。電源を入れると案の定「カカカッカカッカ」と不吉な異音が鳴り響いた。ハードディスクっぽい。

ブートに失敗したので、拳で「ガツン」と一発くれてやる。電源を入れ直したら、普通に起動した。10年以上前のパソコンなのに、まだまだ動いてくれる。

水温補正をいじるときにやっかいなのは、一回始動してしまうと水温が上がってしまうため、パラメーターをいじってもすぐには違いを確かめることができないことだ。こんなもんだろう、と水温が30度以下のところを増量する。用事が終わって10時間後ぐらいに始動したら、修正が効いたらしく、ぶーんときれいに回った。

それでも、アイドリングはどろどろするし、ところどころ薄い気がする。さらに、燃料カットからの復帰など、微妙にアクセルを踏んでいる領域でぎくしゃくする。かなり久しぶりでいろいろ忘れちゃっているので、「ガレージ雅」を見ながら、燃料マップや燃料カット補正、アイドル補正など、あちこちのパラメーターを確認しては、修正する。アイドル補正は、なぜかほとんど効かないような数値が入力してあった。アイドル吸気圧なまし量なんかも、変な数値が入っていたので、修正。ノーマルエンジンなのに、ハイカムを入れたようなどろどろしたエンジン音が、だいぶ普通になった。

過去に4連スロットルだったときのパラメーターがそのままになっている部分もあったかも。Freedomを買ったのが2002年なのだから、すでに13年も経過している。E&Eさんも何か起こっても「知らん」と言うだろうなあ。

2月18日

糖質制限ダイエットで知られた作家が62歳で急逝し、糖質制限との因果関係を疑うような質の悪い記事が出回っている。長年、正しいと考えられてきた常識を否定する考え方だけに、「効果ある派」と「体に悪い派」で議論が真っ二つに分かれているから、「それみたことか」という記事はいかにも書きやすい。検証もなく、イメージだけで作文してしまうのはいかにも危険だ。

なんでこんなことを書いているか、といえば、この冬、11月以降に7キロぐらい痩せた一つの原因が、糖質制限にあると考えているから。でも、正直言って、いくつも思い当たることがあるので、「これで痩せた!」とまでは言えない。

内視鏡検査の体験のつもりで、12月に人間ドックを予約していた。会社の健康診断もサボっていたので、まとめて検査してもらう狙いもあった。で、お酒を控えてみた。成人になって以降、飲まない日が例外というぐらい、継続的にアルコールを摂取してきた(まさに中毒だ)のだが、最近、血液検査の数値も悪くなってきたので、人間ドックに向けて「血液検査の偽装工作」を始めたのだ。

家で一人で飲む酒をやめてみた。やはり落ち着かないので、ハーブティーをがぶ飲みして気を紛らわす。夜、寝られないのが飲酒の動機の一つだったのだが、「寝られなくてもいいや」と思うことにした。読書が進む進む。つきあいのお酒、実家で親父と飲む酒はこれまで通り。仕事の都合で人間ドックは1月に先送りになり、2カ月ほどそういう生活をしていると体も慣れてくるようで、人間ドックが終わった今も、一人ではなるべく飲まないようにしている(飲むときもある)。これだけでも体重に変化が起きそうだ。

昨年8月に異動があり、変速付きのママチャリを買って自転車通勤を始めてみた。藤が丘から丸の内まで、片道12キロ。さすがに、毎日だと体力がもたないので、週に2、3回ほどにしている。最初はふらふらになったけれど、特に苦もなく走りきれるようになり、時間も早くなった。どうしても重たいギアでスピードを上げがちだったのを、軽いギアでピッチを上げて走ると快調になった。これも、減量につながりそう。

そして、もっとも大きいと考えているのが糖質制限。細かいことは書かないけれど、米、小麦、芋類、大豆以外の豆類、砂糖などの糖質をなるべく食べないようにする。とはいえ、朝ご飯は出されるパンやご飯は普通に食べているし、人とご飯を食べるときには「糖質制限中なんで…」と残すようなことはせずに、普通に食べている。いわゆる「プチ糖質制限」だ。

お昼ご飯で、うどんやラーメン、コンビニのおにぎりと野菜ジュース、というようなことはなくなった。おなかがすいたときのランチは、ガストに行ってチキンステーキダブルを単品で頼んで豆腐サラダを付けたり、すき家の牛丼ライトを食べたり。晩ご飯は、この季節に多い鍋料理であれば、糖質を外しやすかった。

制限でストレスをためることもないぐらい、軽い気持ちでやっていたのだが、体重がぐんぐん減っていった。おなか回りがぱんぱんで、ホックを破壊してしまったズボンも、いまやぶかぶかでウエストに拳が2つ入る。

大好きなビールとパスタも糖質に含まれてしまうのがつらいところだが、1杯だけ飲んでハイボールにし、パスタは全粒粉のものを買ってきて調理したりと工夫している。

春先までにもう少し減らして、シーズンインとしたい。雅久号は、ついにヘッドライト撤去をしてしまったので、オーバーハング部分の10キロが軽くなっている。これだけでも激変しそうだが、さらに、ドライバー自身も軽量化して、タイムアップを狙ってしまおうと企んでいる。

2月17日

 間瀬サーキットの耐久レース・クーマックカップを走った雅久号は最初、アンダーコートは手を着けなかった。ナンバー付きだったこともあるし、始まったころは「ノーマルで参加できるレース」という触れ込みだったから、雅久号にもナンバーを取って、自走でサーキットまで走っていた。早朝にサーキットに到着すると「儀式」として、ジャッキアップして触媒をストレートパイプに交換していた。そうしなければならなかったから、当たり前のようにしていた。

 その仕様のままでも良かったのだが、ともに参戦していたシビックがとっても速かった! 予選では1秒半ぐらい引き離されていて、絶望的な差があった。それでも何とかレースになったのは、ロードスターが安定してタイムを刻めたことだ。前後、ローテーションが必要がないほど均一にタイヤが減ったし、スタート直後からゴールまでほとんどタイムが同じだった。

 とはいえ、あるとき、バージョンアップしていかないと、勝負にならない感じになってきた。ということで、やったことといえば軽量化だ。トランクに積んだバッテリーをエンジンルームに移設してハーネスを間引いたり、内装もクラッシュパッドは残してあとは裏側を削ったりして限界まで軽くした。細かいステーなども切り取ってちまちまと軽量化。

 で、アンダーコートもはがしたのだけれど、たぶん、それで一桁キロぐらいしか軽くはならなかったと思う。少しでも速くしたければ、通過儀礼的にやるしかないのだけれど、労力と得られたタイムが比例はしない世界ではある。

 日曜日に作業していて、雅久号での試行錯誤を思い出した。で、何が書きたかったというと、最近、おなか周りを中心に自分自身の軽量化が進んだ。間瀬を走っているときに軽くなっていれば、明らかにタイムが変わるぐらいに。

 数キロであんなに苦労したのに、なんということだ!

2月16日

土曜日から富山入りして、おおとろ亭にてビールを大量摂取し、意識を失う。独身のときは当たり前だった振る舞いも、子どもができて土日はたいてい、用事をこなすようになると、とても贅沢な時間だ。

日曜日は朝から工場へ。何をする、というわけでもないので、とりあえず、一宿一飯の恩義を体で返そうと、カーベキューになったNA6CEのアンダーコートはがしをば。

いわゆるカーベキューになって、工場に鎮座したNA6CEのシャシーさま。防錆や防音のためにフロアーに塗られたコーキング類を、スクレーパーなどを使ってちまちまはがしていくのだ。

雅久号のアンダーコートをはがした当時(今から6、7年前?)はカーベキューセットがなかったので、フロア下に潜って腕を上げて削りまくっていた。削ったかすがぼろぼろ落ちるし、腕はだるいしで、とても大変だった覚えがある。カーベキューはリフトに載せて下からのぞき込んでいた部分を目の前にすることができるので、新鮮な光景だ。ロードスターの下っ腹が見られる場所といったら、間瀬サーキットのZコー
%&'(‘&TR$%&Y、、、。

カーベキューになったら、確かに楽にはなるのだが、その分、徹底的な作業をしないといけない気分になるので、良し悪しのところはあるかもしれない。アンダーコートは冷えているとかちかちに固まっているので、巨大な電気ストーブ(さすが板金もできるショップだ!)で、あぶりながらの作業となる。ボディの裏側からあぶっているとはいえ、強烈な熱源の前で作業をしているので、なんだか自分がバーベキューの肉になって調理されている気分になる。

リアのタイヤハウスの中の作業をしていたのだが、曲面なのでとってもやりづらい。お客さんの車でもあるので、下地の塗装をなるべく傷つけないようにちまちま進める。自分の車だと「後から塗ればいいや」とがんがん削っていくところなのだけれど。

最初の1、2時間は少し作業してはため息をついて、だらだらしながらやっていたが、午後になると、考えるのも疲れたのか、もくもくと作業が進む。とはいえ、目に見えて進んでいくわけではなく、ちまちまと。朝9時から夕方4時までやったころには、手の握力がなくなっていた。

鉄板むき出しにするのでかまわなければ、薬品でも使って一気に進めるのだけれど、防錆に有効なので、電着塗装は残す。そのためにちまちま。いちおう、仕事として引き受けた作業の一環なのだけれど、真っ当な費用は請求しづらいみたい。フルレストアの車がん百万というのは、それなりの理由があるってことですね。ロードスターもそのうち、そういう市場ができるのかも。

2月9日

 みなさん、あけましておめでとうございます。おはこんばちは。

 2012年10月から実に3年4カ月ぶりにここを書く。もう、だれも見ていないだろうなあ。2000年前後からホームページを持って発信していた個人は、今では多くの人がTwitterやFacebook、みんからなどのSNSを中心に情報を発信していますね。トップページに貼り付けているように、僕もTwitterアカウントを持っていますが、そんなに発信していません。140字でというと、まとまったことが発信できないからかな。しっくり来ません。

 @Niftyから「@homepageサービス終了のお知らせ」とメールが来た。ついにホームページサービス終了か!と思ったら、@niftyが持つ同種のサービスへ統合する、という感じだった。URLが変わってしまうので、サービス終了と同じことだけれど、とりあえず追加料金がかからずホームページサービスが利用できるようなので、移行しました。旧URLの表紙はリンクを切りましたが、コンテンツはそのまま残っているので、Googleにもしばらく引っかかるでしょう。まだFreedomについて検索で飛んでくる人っているのかな?

 過去の日記を読み返してみると懐かしいので、今後も時間があったらここをちょくちょく書いていこうと思います。発信したい、というよりは備忘録だなあ。この3月で40になるのだけれど、最近、昔の記憶がけっこうあやふやになってきた。人間、やはり書き留めておかないと、過ごした時間の保存は脳みそだけでは難しいらしい。若いころは、仕事のアポイントなどはだいたい頭に入っていて、メモっておく必要がなかったのだけれど、最近はさすがにやばくなってきた。仕事に支障が出るといけないので、きちんとiPhoneのスケジュール帳に詳しく書き留めることにしている。仕事上で思い浮かんだアイデア、ちょっとしたtodoなども、昔はすべて頭に入っていたのだけれど、最近特に忘れっぽい。スマホにEvernoteがあれば支障がない、と思っていたのだけれど、振り返りにはやはり手でメモを書くことがいちばん、と思い直し、ちょっと豪華なノート(モレスキン)をもらったので、それに何でも書き込むことにした。自分の仕事の流れをちょっとずつ変えて、外部の記憶装置に頼っていこう。今までよりも、生産性は上がると思う。

 2010年から今日までを振り返ると、富山からもともとの拠点の名古屋に戻り、富山の人と結婚をして、2014年2月に子どもができた。異動は2回あったのだけれど、2013年8月に会社内の隣の部署、5メートルの距離に移り、昨年8月にまた元の部署に戻ってきた。5年の間の異動距離は10メートル。名古屋から松本とか、富山から名古屋とか、そういう異動は最近はありません。

 ロードスターは相変わらず2台体制。もともと乗っていた92年式NA6CE Vスペシャルに、サーキット用でナンバーがない91年式NA6CE Vスペシャル(笑)の雅久号。どちらも緑。自分では普通のことだけれど、改めて書いてみると、ほかの人は普通じゃないって思うんだろうなあ。雅久号は年に数回の出番って感じで、いちおう、オイルなどの簡単なメンテナンスをすればいつでも出動が可能。もともと乗っていたナンバー付きは、実家に置きっぱなしになっていて、あまり乗っていない。塗装が劣化して、幌のビニールスクリーンが焼けて真っ茶色になり、ウッドのステアリング、シフトノブもそれなりに汚くなってきて、もうぼろぼろ。NDもいいなあ、と思うけれど、お金がないし、NA6CEに愛着があるので、しばらく乗ろうと思っている。

 最近のトピックとしては、名古屋市内に土地を買って家を建てようとしているところ。残念ながら、家付きガレージではなく、ロードスターは露天駐車が決定している。カーポートも厳しい感じの土地だから。奥まったところにある旗竿地で、旗竿部分は幅2.3メートルの長さ11メートルほど。今乗っているフォルクスワーゲンのUP!やロードスターならちょっと狭いけれど止められる。

 僕が富山から拉致ってきたため、富山に家を建てて帰ることが密かな野望だった奥さんが「ここなら名古屋で家を建ててもいい」と土地を探してきた。建築家の友人に相談すると「ぜひ、買っておけ」というので、即買い。花屋の奥さんのコンセプトとしては、お花の作業ができる土間があって、いろんな人が集う場所にしたいそうだ。だいぶ変わった感じの家になりそう。

 2001年2月にホームページを作ってみたときに書いた「日常」から引用する。「このページを作る目的は、完全に自己満足のため。この文章だって、永久にだれも読まないかもしれない。それでも、他人に読まれる可能性のある場所に向けて書く、ということだけで満足なのだ」。これは、今も変わっていない。

10月29日

出掛けて来ましたSTAGE間瀬大運動会! 間瀬を走ったのは去年の同じ走行会だから、1年ぶり。去年は、195/50R15のネオバの新品。今回は、グッドイヤーのEAGLE RS Sportを投入。車の仕様はまったく同じ。路面温度的には、今年の方が低めで、若干タイムが出やすかったかもしれない。

結果。去年の1分12秒3から、今年は1分10秒9まで1.4秒も速くなった。

正直、とまどう結果。今まで、雅久号のベストは、ビスカスデフで12秒0だった(しかも僕が出したタイムじゃない…)。あれこれ試行錯誤してセットアップを進めても、どうしても12秒台から上には行かなかった。去年は軽い効きのLSDを入れてもやはり12秒台。詰めて走るとデフの違いはそんなにタイムに出ないみたい。

それがタイヤ銘柄を変えただけで1秒も上がってしまった。

グリップの向上は1コーナーからシケインへの新入へのブレーキングで、明らか。ネオバより、車1台分ぐらい奥でブレーキングしてもOK。もう少し詰められるかもしれないが、失敗した時のリスクも大きいので試してない。Zコーナーも1台分まで行かないけれど、ブレーキングポイントが奥になった。コーナリング時も超グリップする。

雅久号はナンバーを切って積載車でサーキット入りしているため、最初のコースインでは文字通り新品イボ付き状態。シケインやソックスで皮をむいていないタイヤに特有のずばっと滑る挙動もなく、最初のZコーナー進入だけ注意して後は全開で行けた。

とりあえず、ネオバのときと同じ走りをしてすでに11秒台前半。ブレーキがもっと詰められるとがんばったら、10秒9が2回出た。コーナー中はオンザレール状態で、「慣れたらどんなタイムになるんだ」と思ったけれど、20分の走行枠の後半になったら、横滑りの挙動も出だした。

走行後タイヤを見ると、ショルダーの端の1センチぐらいだけ溶けたように減っていた。ネオバに合わせてあるので、アライメントを見直す必要がありそう。

2回目の走行ではタイヤの空気圧やショックの減衰を変えてみたら、あまりおいしい感じではなく、11秒台止まり。

3回目は、タイヤを前後ローテーションして、、路面温度が低くなることを見越して空気圧を調整し、1回目のセットアップに戻してみる。すると、再び10秒9。ショルダーの偏摩耗がなければ、もう少し出たかもしれない。走り方でもコンマ1、2詰められるけれど、ようするにコースじゃないところを走る走り方で、車も壊す可能性があるのでやらない。

3回目の走行では、JOYFASTの伊佐治さんに追っかけられて何ラップも遊んでいただいた。間瀬をホームコースにしていると、例えホームストレートで追い付かれても、シケインで引き離すことができる「地元ライン」があって、気持ちに余裕を持って走ることができるのだけれど、まったく引き離せないことが分かって、少々パニック。後から聞くと、Fire丸山さんからラインを聞いていた、ということだけれども、すぐにマスターしてしまうところはさすが。何周かして、タイヤもたれてきて、あちこちでとっちらかるようになったので、先に行っていただいた。超光栄。がんばって走っていて良かったなあ、と思う瞬間でした。

結局、ロードスター勢で3番手タイム。軽くしたNA6って刺激的で良いですぜ。

写真をこれ以外、まったく撮っていないことに気付く。

9月1日

 鈴鹿サーキットの50周年記念イベントに富山から参戦するという情報を聞きつけて、僕も行ってきた。入場料無料という大盤振る舞い。さすが鈴鹿サーキット。

 長島のいちご農家の友人宅に寄って、お昼過ぎに国道23号で鈴鹿に向かったのだが、ものすごい渋滞。普通なら1時間も掛からないところ、倍ぐらい時間が掛かった。

 オートキャンプ場に駐車スペースがあるということなので、乗り入れる。施設も充実していて、けっこう良い感じ。午後2時すぎにグランドスタンドに到着。さすがにお客さんがたくさんいて、1コーナー方面へ行かないと座る場所はなかった。

 ちょうどホンダF1参戦の第1期から、デモンストレーションが始まったので、iPhoneで撮影してみる。

 RA272など
http://www.youtube.com/watch?v=w_7A2enHyMg

http://www.youtube.com/watch?v=w_7A2enHyMg

 ラルース LC90
http://www.youtube.com/watch?v=rUmhSV7ugb4

http://www.youtube.com/watch?v=rUmhSV7ugb4

 ロータスT100ほか
http://www.youtube.com/watch?v=1K2x_s2ApAA

http://www.youtube.com/watch?v=1K2x_s2ApAA

 ホンダRA106
http://www.youtube.com/watch?v=tkmpWRZOgcU

http://www.youtube.com/watch?v=tkmpWRZOgcU

 音を聞いているだけでビールが進む感じ(笑)。WGPのデモランも見て、満足してキャンプエリアへ。バーベキューをして花火を見て、奥さんの運転で帰宅。