11月4日

 火曜日。夜までかかってエンジンを積み替え。やるべき作業が終わってさあ、エンジンをかけるぞと、まずはクラセンのコネクターを外してセルモーターを回し、油圧をかける。油圧かかって、配線して、ぶーんとエンジンがかかったのは良かったのだけれど、2000回転を超えるとエンジンからものすごい異音が。

 再ばらし決定。タイミングベルト回りをチェックして異常がなかったら、エンジン全ばらしだ。んが、たぶん、張り替えたタイミングベルト回りの組み付け不良な気がする。横着して、トルク管理せずにインパクトレンチだけでボルトを締めたから。積み替えたエンジンでそのまま帰宅するつもりだったのだけれど、おおとろ亭にて1泊する。

 水曜日。雅久号で戻ると付近住民から、「雅」排斥運動が起こる可能性が高いので南富山駅まで送ってもらって(ありがとうございます!)、路面電車で西町まで。あとは500メートルぐらい歩けば自宅だ。

 歩きながら、そういえば自宅のかぎあったっけ?と鞄の中を探るも、見つからない。あれ、確かに昨日、鞄に入れた覚えはあるのだが、としばらく考え込む。

 あ、そういえば、手に刺さった鉄粉を除去するために、キーホルダーにしている刃物を使ったんだっけ?と思い出す。要するに、かぎをおおとろ亭に忘れてきたわけだ。

 再び路面電車で南富山まで戻り、そこから地鉄で大庄駅に行こうと考えたのだが、30分以上後の電車しかなかった。仕事があるので仕方なくタクシーでおおとろ亭へ。

 本当に美しくくっきり見える立山連峰を眺めながら不毛な移動をこなして、おおとろ亭で忘れたかぎを拾って、雅久号で戻った。最初から、雅久号で戻れば良かったのに。

 とっても高い忘れ物でした。

11月2日

 10時半ぐらいに仕事場を抜けて帰宅し、飯を買おうとスーパーに寄ったら、道中が寒くて参った。春秋用のスーツではもう、ぶるぶる震えるぐらいの寒さだった。

 スーパーの駐車場に止まっている車を見ると、うっすらと雪が積もってるの。たぶん、平地では雨なんだけれど、ちょっと標高が上の方だとみぞれだったんだろう。ニュースでは、3日にかけて平地でも雪、という予報をやっていて、だいたい、最初の雪予報って外れることが多いので、高をくくっていたのでびびった。

 明日は、ロードスターのエンジンを積み替えようと思っているのだけれど、付いているのは夏タイヤ。工場までたどり着けるのかしら。

 

 

 

 

 

10月31日

 仕事をちゃちゃっとやって、T.O.R.F.に向い、仕事結果をアウトプットし終えて、おもむろに工場に置いてあるB6エンジンをいじりはじめた。

 ツーリング用雅号はリッター14キロの省燃費(NA6CEにしては)を実現しているものの、オイル消費はリッター1000キロと極悪を記録している。いくらガソリン代が少なく済んでいるからといってオイル代がかさんで仕方がないし、いつブローするか分からない。富山に来て2年3カ月が経過し、実はいつ別の土地に飛ばされても仕方がない期限を迎えている。工場の設備を使わせてもらえるこの恵まれた立場にいるうちに、とりあえずまともな車にしてしまおうかと。

 工場にあるB6エンジンはほんの少し回しただけでほぼ新品の極上B6エンジンなのだ。富山が誇る、国内10番目の自動車メーカー(カスタムカーメーカー?)の光岡自動車の倉庫で眠っていたエンジンなのである。ZERO1に使われていたからね。ただ、倉庫の環境が悪かったらしく、フライホイールやクラッチカバーがさびている。

 これさえ積んでしまえば、あと10万キロは大きなメンテナンスは不要となる。今年の春先に足回りは新品、ブレーキはオーバーホールしたし、幌は2年半前に張り替えたばかりだし。

 とりあえず、フライホイールもノーマルを取り付けて、エキマニも松田速度製のたこ足(マキシムOEM)が20万キロぐらい使ってぼろぼろなので、ノーマルを加工して付けようかと。改めて真新しいNA6CEのノーマルエキマニを見ると、外見はけっこう良い形に見えるのだが、外してポート側をのぞくと、フランジに鉄パイプを溶接したときの盛り上がりがポート側に2ミリぐらい出っ張っているし、4−1の集合部分もいかにも量産部品っぽくてだめだめ。削るべし。

 もはや、Freedomでなくても普通に回る仕様なのだけれど、やっぱり燃費が良いからNB6のインマニを付けて、NA8Cの非線形スロットルを付けて、という今の訳の分からない仕様で行こうかと思う。いや、スロットルぐらいは線形にしようかなあ。

 とりあえず、NB6のインマニを取り付けているということは、NA6CEの吸気管が付かないわけで、すると、ラジエーターに向かう冷却水の出口の部品であるサーモスタットケースも交換する必要がある。この部品を外そうと思うと、ヘッドに付いているカバーを外さなければならない。このカバーを外したかったら、カムのスプロケットを外さなければならないわけで、するとタイミングベルトも外すことになる。ようするに、エンジンの前側をけっこうばらさないといけなくなった。

 ついでだから、タイミングベルトも新品にしよう。タイミングベルトを外してみたら、輪っかに戻らずに、エンジンに張られたときの状態のいびつな形になるくせが付いている。ゴム部品を何年も動かさずに放置したのだから仕方がない。サーモケースやクランク角センサーのOリングも変えておけばOKでしょう。

 3日が休みなので、さくっと載せ替える予定。

10月26日

 夜に富山のライブハウス「Summer Knight」でROCKAMENCOのライブがあったので出掛けた。

 ドラムのたろー氏のお父さんが我が社の人だったりして、半ば業務命令気味の出陣であったのだが、それがなくても見に行ったかもしれない。昨年冬に富山に来たときにも出掛けたのだけれど、富山の小さなライブハウスでやっているのが惜しいぐらいのプロ集団。

 フラメンコとロックが融合してロッカメンコなので、それだけ聞けばどんな雰囲気か分かると思う。分からない人は、キリンの「淡麗」のCMソング「VOLARE」を思い出してもらえば、あんな感じのノリ。フラメンコって日頃あまり触れないリズムなので、それだけでなんとなく色眼鏡で見てしまって、今の音楽シーンではなかなか受け入れられないかもしれない。が、音楽好きでお近くでライブをやるということだったらぜひ、出掛けてほしい。もうね、ライブがぴかいち。

 ホームページを開けば曲が試聴できるのだけれど、ライブの方が10倍はパワーがある。本当にすごい。一人一人の演奏がレベルが高くて、大音量で迫ってくるのに、しっかりリズム隊からロックギター、フラメンコギター、ボーカルまでが融け合っているのだ。

 富山の人は奥ゆかしいので、なかなかライブでのりのりってなりにくいのだけれど、最初は座って聞いていた人たちも、途中から魂を持って行かれた様子で、後半は総立ちで手拍子やら体を揺するやらで、ノリノリとなっていた。

 ライブは去年よりも良かったな。やはり、ロックとフラメンコとの融合というだれもやっていない道を追求しているからこそだと思う。リズムに乗って踊って大声出して、エネルギーを消費したい人にはぜひ、お薦め。

10月25日

 チェックアウト時間ぎりぎりに起きて、死にそうな体調だったので、美ヶ原温泉の温泉ホテル「翔峰」の温泉に友人Kとつかった。泊まったビジネスホテルと同じアルピコグループなので、ビジネスホテル利用客は日帰り入浴券がもらえるのだ。

 温泉ホテルの高い宿泊料を払っている人たちに紛れて、庶民のお得サービスを利用する僕たち。安い料金で翔峰に泊まったみたいで非常にお得感たっぷりだった。

 お昼の時間だったのだが、まだ胃が動いていない感じだったので、そば屋に行く。友人Kがうまかったという国道254号沿いのドライブインのような民芸風そば屋へ。地元産雑キノコをつかったきのこそばをいただく。手打ちのそばがおいしかった。

 普通なら、ここで別れて、それぞれ東京と富山を目指すはずなのだが、なぜか美ヶ原ドライブを強行。紅葉の美しい美鈴湖から林道を駆け上がって武石峠から武石村へ。東信側には分厚い雲がかかっていて、峠付近で綿菓子のような雲の中に入ってほとんど視界がない中をヘッドライトを点灯して走った。さすがに標高2000メートル近くだと、開幌状態はかなり寒かったけれども、ヒーターをがんがん効かせてやせ我慢。我慢して乗るのがオープンカー乗りの美学だ。

 友人Kが走ったことがないという千曲ビューラインへ。この広域農道は佐久まで他のルートより距離を走らないといけないとは思うのだが、爽快な道をひたすら走って信号もないので、気分的にはあっという間に佐久に到着する感じ。リンゴ畑ではたわたにリンゴがぶら下がっていた。

 千曲ビューライン終点のコンビニで止まって、隣のTURUYAでお買い物。リンゴを買って雑キノコの煮たのを買って、野沢菜を買ってと、下手なおみやげ屋さんよりも充実した買い物ができる。

 そこから、再び下道で富山を目指そうと思ったのだが、定額1000円の誘惑に負けて佐久インターから高速に乗る。上越手前で渋滞にはまった以外は順調に富山に戻ることができた。

10月24日

 松本時代に同業他社で働いていた友人Kと、今も同業他社で働いているT氏とで飲もうということになり、松本に集合。何はともあれ、松本に集まろうと思わせるものがある街だ。

 富山を出たのが午後1時すぎ。国道沿いのおみやげ屋さんでホタルイカの素干しを買っていく。富山に来たら、ます寿司も昆布も日本酒もいらない。とにかく、ホタルイカの素干しを見つけて買ってほしい。ライターでよくあぶってから食べるのが必須条件だ。そのうまさにやられるだろう。

 いつも通り、国道158号から松本へ向かう。安房トンネルに差し掛かり、高速道路が1000円なのに、トンネル代750円を払うのがばかばかしくて、旧安房峠を抜ける。紅葉がちょうど良い時期を迎えていて、それはそれは素晴らしい景色だった。が、写真を撮ることも仕事の一つなはずな僕は、車を降りることもなくびゅーんと素通りして長野へと抜ける。

 いやな予感はしていたのだが、途中のトンネルで渋滞。たぶん、不慣れな大型車が入り込んできて、観光バスとトンネル内ですれ違うことができずに立ち往生しているのだ。止まったのがちょうどトンネルの真ん中で、開幌状態な僕にはけっこうキツイ状態だった。20分ぐらい、まったく動かずぼーっとしていた。

 到着したのが5時半ごろ。駅前のアルピコグループなビジネスホテルでKと落ち合い、チェックインして、千歳橋(せんざいばし)でTと集合。

 どこに行こうか、と聞かれたので迷わず「またぎ」と答えた。名前のごとく、猟師さんがお店をやっていて美ヶ原で打ってきたイノシシの鍋を食べさせてくれる。キノコ鍋かイノシシ鍋が食べたい。

 だいぶ、街中の地図があやふやになっていたのだが、何とかたどり着くと、韓国料理屋さんに変わっていた。2年ぐらい前にやめたのだそう(ioi)。仕方がないので、なんでもあるでしょうと、しづかに行く。キノコやセロリやネギを大量に食べてビールも大量に摂取。松本に来たのなら、絶対に外せないのが「いつものショットバー」こと駅前のバッカスだ。が、まだ時間が早かったので、ビールバーに出掛けて、ギネスなどを大量摂取する。

 かなり意識がやばかったのだが、バッカスへ。マスターはやっぱり覚えていてくれて、以前と変わらない歓待をしてくれた。で、やっぱりアルコールを大量摂取して、いつしか意識を失い、店を出る前に起こされて、千鳥足でホテルにたどり着いて、服だけ着替えて、ベッドに倒れ込み、意識を失ったのであった。

10月22日

 Windows7の発売日。ベータ版から使い続けていて、けっこう調子が良い。10カ月無料で使い続けていたこともあり、発売されたらちゃんとお金を払って買おうかと思っていた。「どうせ、製品版が発売されたらインストールし直すから」と環境構築もそこそこで終わっていることもある。

 上冨居のパソコンの館に夜行くと、やはりWindows7コーナーができていて、いろんなバージョンが並んでいた。どれにするか悩む。Vistaも持っているけれど、アップグレード版を買うと、もしかしたらVistaから上書きインストールしかできないんじゃないだろうか、とか、あれこれ疑問がわいてくるから。

 親切な店員さんが、いろいろ教えてくれた。アップグレード版はやはりVistaが入っていないとだめ? とか。インストールの途中でVistaのディスクを入れればOKでは? クリーンインストールはできないのか? と聞くとどうもだめらしいとのこと。

 で、さらに頭を悩ますのが32ビット版と64ビット版が併存していて、パソコンのスペック的にはそろそろ64ビット版に移行する時期を迎えていることだ。64ビット版で動作しないプログラムがある場合、「XPモード」なる仮想モードが用意されていて、結構快適に使えるのだとか。XPモードはProfessionalかUltimateにしか装備されていないという。すると、やはりProfessional以上を買うか…。

 悩ましいのが、フロッピードライブと抱き合わせで、自作PC向けのDSP版が結構安く売っていること。けれども、一度インストールした後、新しいパソコンを組み立てたとして「今のパソコンの部品をどれか新しいパソコンに使わないと、インストールできない」などと言う。

 すると、一番クリアーなUltimateの製品版を新たに買うのがベストなのだが、4万円超えの価格。OSに4万か、とすっごく悩む。

 今後のこともあるし、Ultimateを買ってしまえ!と清水の舞台から飛び降りる気持ちでレジへ。すると、前に精算していた人で売り切れになったんだと。

 盛り上がっていた気持ちが一気に萎えて、「予約できますよ」との店員の声も右から左に耳の中を通過し、とぼとぼと店を出る。

 車を運転していて、もう1度考えてみる。今のデスクトップパソコンでやっていることと言えば、地デジを見て音楽を聴いて、ネットで遊ぶぐらいのことだ。ProfessionalやUltimateに実装されている機能は実は使わない。じゃあ、HomePlemiumでOKじゃんね、と考えが変わった。今のパソコンを更新する時期が来て、64ビット版やXPモードが必要になったとして、必要になったときにまた考え直しても遅くはない。もしかするとOSがインストールされているパソコンを購入する可能性もあるし、どうせサービスパックとか大幅なマイナーチェンジもあるはず。

 そう、思い出すとやっぱりお金を出すのがばかばかしくなったので、布瀬町の100満ボルトでHomePlemiumのアップグレード版を購入。14000円ぐらい。

 とりあえずDVDディスクからブートして、インストールしてみる。Vistaのディスクを求められることもなく、Vistaのプロダクトキーの入力も求められることもなく、何事もなかったかのようにインストールが終了。もしかすると、Windows.oldフォルダに入っていたVistaを認識したのかもしれないが、あっけなくインストールが終わった。

 RC版との違いは壁紙ぐらいでまったく代わり映えがない。ぼちぼち環境づくりをしていこう。

10月21日

 持ち場が暇な感じなので、休みを取って金沢へ。富山で街遊びをしたい、と思ったらやはり金沢がお手軽だし味もあってよろし。

 尾張町に気になるイタリアンレストランがあったので、ランチを。建物自体が趣味を精一杯表現している感じのお店で、例え富山のイタリアンで同じレベルのランチが食べられるとしても、こういう雰囲気のあるお店はなかなかないなあ、と関心する。さすが金沢。

 ロードスターは無くなっていても困らないので、施錠もしないでお店近くのコインパーキングに放置。そのまま街歩きに出掛ける。武蔵町の雑貨屋へ寄って、香林坊付近を通り、21世紀美術館へ。「未完の横尾忠則」展を見る。

 さーっと見て街歩きを継続するつもりだったのだけれど、さーっと見るような作品じゃなかったので、じっくり見入ってしまった。「君のものは僕のもの、僕のものは僕のもの」というジャイアニズムなサブタイトルを見ただけで、もうやられちゃう感じ。

 ひらめき、みたいなものをそのままカンバスにたたきつけちゃう感じの人なんだな、というのがじっくり鑑賞した感想。「未完の」とは、ある意味「やっつけ」なのだ。完成させる、系統立てるようなつもりなんて、最初からさらさらないのだ。大量に作品を制作して、「後は任せたよ」みたいな。天才だな。

 再びてくてく歩いて竪町とか片町とか。ぐるりと回って車に戻って、山側環状から富山に戻る。

10月19日

 18日はT.O.R.F.の10回目の走行会。雅久号は飾っておいて、運営側で汗を流して日頃のご恩に報いようと張り切っていたら、参加者としてエントリーされていた。旗振りはサーキットがやってくれるし、運営する手もありそうだったので、フルに走行してしまった。

 いつもだと、5、6周してはセッティングという感じで走るのだが、15分、20分と時間が区切れられて、走り終わった後はいろいろお手伝いすることがあるので、セッティングはあきらめて、ただ、わーい、という感じでサルみたいに走った。

 朝はあいにくのウエットで、雨のおわらはまるで雪道を走っているみたいにグリップしないのだが、それはそれで普段はできない感じの操作を試せて楽しい。コースアウト=バンパー&アンダーパネル破壊という結果になりやすいコースなので、安全運転を。午後からは晴れてタイムアタックができた。

 オレンジ号と乗り比べ。同じロードスターなのに2台の性格が大きく違うことに今さらながら驚く。足が違うし、ナンバーなしのオレンジ号は軽い、ということもある。デフも入っていて、185ネオバながらすっごく速い。ただ、やはりなじんだ車の方がぎりぎりのドライビングではしっくりくる。

 走行中は一切タイムを見ずに、表彰式前に確認するとすっごく遅かった。目標より1秒遅い感じ。ビスカスデフが義務づけられる間瀬耐久では、いかにリアのトラクションを少しでも稼ぐのか、というセッティングにしなくてはならないのだけれど、車高バランスの関係で、いつもより前に進んでいなかったみたい。

 自らの遅さにずっこけた感じだけれど、思う存分走って楽しかったから良いのだ。

10月16日

 県庁のとある部屋でNHKを見ていたら、佐藤琢磨の特集が。原点の鈴鹿を訪ねるという内容で、レーシングスクールの恩師を訪ねていた。

 当時の面接官の人が出ていて、その人が連れて行きたい、と訪問した場所はたぶん、西コースにあるSRS-Jのガレージ。そこで出迎えたのは、何とFJでお世話になったレース屋さんのM田さん。当時、メンテを担当していたということで、佐藤琢磨が使っていた車を用意して出迎えていた。

 「おまえは常に前に前に向かっていったからな。ぜひ降りることなく、また乗ってほしい」とアドバイスする姿はとってもかっこいい人に見えた。普段会うと普通のおじさんなんだけれど。いや、ガレージやピットにいるとやはりオーラがあるし、コックピットに座っていると絶対的存在になるんだけれどね。そうだとは知っていたけれど、佐藤琢磨に親しげにアドバイスするのを見ていると、やはりすごい人なんだなあと思う。

 そういう人の下で車に乗るチャンスは得たのだが、あっという間に財布がガス欠になってあきらめて今日に至る。間瀬耐久では勝ったけれど、今年3月に乗ったFJはまったく歯が立たずにレーシングスピードにすら持って行けなかった。慣れの問題ではあるけれど、やっていることはこれぐらい隔たりがある。慣れてレースに出るためにはそれなりのマネーと時間が必要なわけで。

 テレビを見ながら2人がすごく遠い世界の人に見えた。