3月10日

 電話番3日目。昨日の冷え込みが緩んで晴れ間がのぞいたせいか、電波な人からの電話もあったけれども、収穫はあった。

 連休を取った保護者がいるので、名古屋名物を食べましょう、と錦の「いば昇」へ。ひつまぶしを考案した、という有名店にてひつまぶしをば。定番といえば、ひつまぶしに加えて刻んだのりとねぎ、わさび、だし汁がつくのだが、いば昇は薬味はねぎとわさびのみ。だし汁ではなくてお茶。で、うなぎのたれのようなものが付いてきた。

 ちょこっと違うな、と思いつつ、1杯目はおひつから茶碗に盛っただけの状態で食し、2杯目はねぎをかけて。

 3杯目はやっぱりお茶漬けにする。お茶だけをかけたら少し味が薄かったので、たれをかけたら絶品だった。

 それなりの値段がするので気軽には食べられないけれども、たまには贅沢も良いかも。

3月9日

 保護者が富山からやってきているので、電話番を終えた後、仕事をサボってアパート近くの西春駅にある商業施設で遅い昼ごはんを食べてホワイトデーコーナーでクッキーの詰め合わせを買った。引っ越したので、アパート内の他の住民にあいさつ回り。

 とりあえず、最優先なのが下に住んでいる大家さん。降りていったらちょうど外にそれらしきおばちゃんがいたので声をかけたらまさしく大家さん婦人であった。よろしくお願いしますと世間話をして、ついでにごみの捨て方なんかも聞いちゃったりして、コミュニケーションをとる。とりあえず、最低限のあいさつはできた。

 で、同じフロアの2軒と真上の1軒を回るが、どこも不在。真昼間だからみんな出かけているんだろう。仕方がないので、仕事に戻る。

 夜は、近所に最近オープンした「月華」という串揚げ屋さんへ。知り合いの29歳の酒屋さんが始めた2軒目のお店。エネルギッシュな人柄に惹かれて公私ともどもお付き合いをしている感じで、半分はこの人がいたことと、まったり1日を過ごせるコーヒー屋さんに歩いて行けるから今のアパートを選んだといっても過言じゃない。

月華

 京風の串揚げということでどんなものかしら、と思っていたのだが、10種盛り980円を注文してびっくり。串揚げといったら、長いくしの先にちょこんとかわいく食べ物がついて揚げられているイメージだったのだが、野菜とか、うなぎとか、白身魚とか、ごろんと大きな塊が丁寧な仕事で揚げられていて2人だったのだけれども10種盛りだけでおなかいっぱいになりそうな感じ。ずっと煮込まれているどて煮も絶品。サラダも山盛り。

 で、酒屋さんがやっているお店だからと日本酒の冷酒を頼んだら、こちらもすごかった。ビールばかりかぱかぱ飲んでいる僕が3杯も種類を変えて飲んでしまうぐらい。それぞれの個性があるのだけれど、すっきり飲みやすくてどれだけでも飲めそうだった。

 締めにラーメンを食べて会計を頼んだら安い! 大変満足して帰宅して心地よく意識を失った。

3月8日

 仕事が本格的スタート。で、何をやるかといえば、電話番である。わが社の商品を読んでいる人たちからの情報提供を受ける場。午前10時から午後1時までの3時間、拘束されて、春先には電波系の人からの電話も入るとか、いろいろ面倒なので敬遠されている仕事。それを、僕が最低1カ月は一人で電話番を引き受けることになった。ボス曰く「お前は奴隷だから」。

 で、驚くほど電話の本数が少なくてびっくりした。3時間つぶして、たったの2本。どうも、今のボスが着任する前は、しんどい仕事は嫌だよね、どうせなら電話来ないほうが楽だよね、ということで情報提供ダイヤルの番号をあまり載せていなかったらしい。そういう姿勢で仕事をしていると、たぶん仕事のあらゆるクオリティーが下がっていって、商品価値も下がって商売が成り立たなくなるから、自分の首を絞めるだけなのだが。

 この業界に共通して言えることなのだが、商品に掲載している文章というのはまったくもって独善に基づく価値判断をして掲載している。受け手が何を求めているのか、どんな記事が好まれるのか、なんてお構いなし。価値判断の基準になるのは行政が垂れ流した情報であったり、同業他社の商品に載っている文章であって、このネットの時代、印刷する前にネットに載るものだから、みんなそろって大体同じような内容になる。ネットの台頭で広告収入ががた落ちしていて赤字になった時代、はっきり言って、これまで通りを続けていったらジリ貧になって先が見えている。

 富山の県庁にこもっていた2年半はそこらへんでうんざりしていたので、お客さんからの電話対応というのは結構新鮮な気持ちになる。何が求められているのか。どんな役割を果たしたらよいのか。自分で考えていたって答えはでないが、寄せられた声に素直に反応していたら、それで良い方向にはなると思う。

 同じ部内からはしんどいだけの仕事を喜んでやっている、変わったやつだな、と思われているかもしれないが。

3月7日

 土曜日。朝にアパートの仲介業者に提出する書類の準備や片付けを少々してロードスターにて、富山へ向かう。高速1000円だとより近く感じる。

 午後2時ぐらいに工場に到着して、雅久号の整備。自分でオーバーホールしたHLAががちゃがちゃいうのが気に入らなくて、異音を発して取り外したエンジンからほぼ新品のHLAを取り出してほぼ新品のカムとともに移植する。2時間ぐらいかな、と思っていたがもう少しかかった。以前は2回ぐらい失敗したタイミングベルトかけも失敗なくこなして、油圧をかけてからエンジン始動。ぶおんと調子よく始動したのを確認して終了。

 高岡で保護者と合流して、この日から営業を開始したカントリーレストハウス二上へ。限定メニューのオムライスに心引かれたのだが、合同営業中のまるかんさんのつけ麺を選んでしまった。

 日曜日。晴れならばおわらサーキットにセッティングに行く予定だったのだが、雨なので引き続き雅久号いじり。雨と思っていたら徐々にみぞれになり、昼過ぎには雪に変わった…。一度暖まった後の冷え込みなので、気温以上に寒い。ちょこっと作業をしては事務所に避難する、ってな感じとなってしまった。

 おおとろ監督曰く、「硬めのセッティングにしたい」ということだったので、フロント16キロに初期のころつけていたNBターボスタビライザーを取り付ける。リアも硬くしよう、ということになって、14キロのばねを取り寄せて装着して完成。14日に間瀬に走りに行く予定。

 ノーマルからNBターボへのスタビライザーの変更で、たとえばシケイン進入でこれまではえいっと120度切ってノーズを入れていたのが、90度ぐらいで曲がるようになる。これは、ドライブしているとかなりの違いで、最初は戸惑うはず。最初にターボスタビを入れたときは、コーナー後半でのアンダーステアの原因になっているのではないか、ということで外したのだが、その後も同じアンダーで悩まされた。今は、羽をつけたからと思われるアンダー。雅久号のセッティングの歴史は徹底的なアンダーステアとの戦い。

 ターボスタビを入れてノーズの入りという味付けは変わるのだが、果たして根本的なアンダーは解決するのだろうか。間瀬での走行はそこがポイントとなる。ばねも車高も羽の利きも変わったから1からやり直しということは確か。

 チェーン規制がかかっていたので、雅号に今季初のスタッドレスタイヤを装着して帰宅した。

3月5日

 新しい職場(とはいえ、以前いたことがある部署なんだけれど)に初出勤。最初の日なんてどうせ仕事にならないに決まっているわけで、ただ顔見せだけの出勤みたいなもの。のほほんと出かけることにする。

 家から名鉄犬山線の西春駅まで歩いて5分もかからないぐらい。上小田井駅から地下鉄・鶴舞線に乗って会社へ。ドアツードアで30分弱という感じ。2つの路線を乗り継ぐから初乗り料金を2回取られる、と思ったら、ちゃんと割引されていて感心した。

 仕事場で社内LANにパソコンをつなげようとしたらつながらない…。LAN以外にもいろいろ設定が必要な感じなのだが、こういうときに困るのが、会社から貸与されたパソコンを激しく私物化しているということ。何せ、「ガレージ雅」を書いているDreamweaver(8年ぐらい前のバージョン)も、勝手にインストールしているし、ウィルスソフトも勝手に入れ替えちゃっている。いまさら、会社の技術者に見せられない私物化パソコンになってしまっているのだ。

 こういうこともあろうかと、対策を講じてある。パソコンを貸与されたとき、そっくりそのまま別のハードディスクにコピーしてそちらを運用し、オリジナルは保管してあるのだ。だから、ソフトウエアのバージョンアップで会社に渡すときや更新で返すときはオリジナルのハードディスクに入れ替え、つい最近の仕事データやメールデータなどをコピーする「偽装」をして差し出すことにしている。

 あいにく、そこまで用意周到ではなかったので、昼前に会社を抜け出して1度帰宅。オリジナルハードディスクなどを持ち出して、再び会社へ。

 めでたく社内LANにもつながるようになり、ようやく仕事の準備が完了した感じ。夜は、職場のボスに誘われて、円頓寺商店街方面の飲み屋でビールをがぶ飲みする。

3月4日

 目の前のものは全部段ボール箱に詰め込んだ。不要なものを捨て、整理しながら箱に詰めるとかなりの時間がかかるのだが、手当たり次第箱詰めしていくだけならばそんなに時間はかからない。例え中身がゴミ箱みたいだったとしても、テープで梱包しちゃうから引っ越し業者のお兄さんたちに中身を見られることもない。ビールを飲みながらかなり適当に詰め込んで、いつしか意識を失う。2時間だけ睡眠をとった。

 3月1日。0123な業者が来て、入り口などを養生し、家具などを運び去っていった。引っ越し業者というと、汗臭い感じのお兄さんが無愛想に振る舞うイメージだったのだが、教育が行き届いているのか、かなりさわやかなイメージ。2時間半で手際よく作業を終わらせてトラックは出て行った。

 仕事場に顔を出して、1日で所属が変わっているはずだから、「元」ボスと飯を喰らいに行く。自分ができることは人ができて当たり前、やっていなかったらこっぴどくしかるタイプの今では珍しいかもしれない人で、敬遠する人も多いのだが、僕は昨年夏の大変な時期を一緒に乗り切ったから親近感はある。気になっていたお店の「銀鱗」でちょっと高めの天ぷらランチをおごってもらう。報告だけしなければいけないことがあった。

 仕事場でほかの人たちにあいさつをして、TORFへ。雅久号をいじろうと思ったのだが、眠すぎて力が入らない。麻雀で午前様になった後に引っ越しをしてはだめらしい。また一つ賢くなったが、うとうとしていたら夕方になった。

 翌日朝には引っ越し業者が新しい住み処の西春に来るので、行かねばならぬ。ふらふらだったけれど、荷物満載のインプレッサで高速を走って尾張旭の実家へ行き、意識を失う。

 3月2日。午前10時に業者が来る。朝、起きたら睡眠時間はけっこう取ったはずなのに、体がだるい。やっぱり麻雀後に引っ越しをしてはだめらしい。

 仲介業者からの説明もそこそこに、鍵を受け取ってアパートへ。すでにトラックが到着していた。てきぱきと荷物が搬入されて、昼には終了。あとはひたすら片付けのみ。どうしても、足りないものが出てくるから、上小田井のワンダーシティーに出掛けたら、馬鹿でっかくなっていてびっくりした。

 夜、再び富山へ。インプレッサはTORFの代車として余生を送る。重さの割に小さなエンジンで遅かったけれども、走りは良かった。

 おおとろ亭にてビールをたくさん飲んで意識を失う。

 3月3日、4日。また北名古屋へとんぼ返りして引っ越し作業の続き。ダンボールを開いて出して時々買い物。なぜか、富山の仕事をこなす。夜になってネットがつながった。

 とりあえず、寝られるようにはなったけれども、まだ部屋がぐちゃぐちゃ。

2月28日

 3月1日午前9時に引っ越し業者が来るのに。荷物が全然片付いていないのに。昼間にボンネットを置きにTORFへ向かい、雅久号をいじって、夜は送別麻雀のお誘いにしっぽ降って出掛けて、午前3時まで打っていて、やばいな、片付けは終わらないな、とビールを飲みながら途方に暮れている午前5時すぎ。あと、4時間もしないうちに、引っ越し業者がやって来る。どうしよう。まあ、初めて、富山での麻雀に勝ったから良いとしよう。ビールをもう1缶開ける。

 いくら何でもやばいので、引っ越し作業の続きをするとする。ルーター類を片付けてしまうので、富山の回線からのネットはこれにておしまい。

2月26日

 とりあえず、富山での仕事納め。この土日に荷造りをして、3月1日に荷物出し、2日に荷物入れ。名古屋での本格始動は8日ぐらいからだけれど、5日には顔を出すと思われる。

 2年半、県庁の一角の同じ場所で仕事を続けてきたけれど、今日でおさらば。この業界ならではの変な組織ともおさらば。

 とりあえず、サンルームにあるロードスターのボンネットはTORFに運ばなきゃならん。

2月24日

 名古屋のホテルを出て、ETC割引を活用して富山へ。高速代がもったいないから、飛騨清見で降りて、国道41号で富山に向かう。富山の平野にたどり着いても太平洋側と同じ快晴だったからうれしくなった。立山も、かすんではいたけれど、とてもきれい。雰囲気はすでに春だ。

 引越し業者が下見。名古屋から富山に戻ることと、引越し準備という完璧なアリバイを作っておいて、仕事をしたくないから髪の毛を処理しに行った。中央通りの中教院にある髪切り屋さんで富山で毎月1回ペースで通ったから計30回は顔を出したはずなので、今回が最後かと思うと感慨深い。

 インプレッサを置いて行くので印鑑証明を取りに市役所へ。ついでに異動届も。市民カードも返却。さて、荷造りをしなければ。

2月23日

 土曜日。午前中に神社に行き、昼に親を富山に呼んで、夜食事を食べる。同席者も。どんなシチュエーションかはご想像にお任せする。

 日曜日。金沢に買い物に行き、夕方は八尾の山奥の陶芸家の元に。器を大人買いする。芸術家を応援しようと思えば、やはり作品を買うのが一番だ。

 月曜日。後任の人に引き継ぎのメモを書いて、夜は歓送迎会。高岡のボスと飲みまくって大変なことになった。

 本日。仕事はほぼやる気なし。午前中は県議会に出没して、午後から名古屋。伏見で鶏のコラーゲン鍋を食べて、栄のイギリス屋で2次会。軽く飲んで、ホテルにてくだらない文章を執筆する。明日は昼に引越し業者が下見に来るからやっぱり仕事をしない。