5月20日

 同期の奴が仕事で来ているので、もちろん飲みに行った。お酒の量を減らす決意も、「飲みに行こうぜ」の一声でぶっ飛んでしまうのである。

 日曜日はさすがに閉まっている店が多い。若者向けの居酒屋に腰を落ち着けビール。4杯ぐらい飲んだだろうか。次に行くことにして、いつものショットバーまで歩いていくと、看板の電気が消えていた。こつこつと階段を上がり、扉を開けると、マスターがグラスを拭きながら顔をゆがめて「もう締めたのに」。問答無用でカウンターに座り、飲みを再開する。良いお店だ。

 ちょっと飲み過ぎた。反省。

5月19日

 仕事でなぜか標高2000mの美ヶ原高原へ行った。我がロードスターは秘密の作業のため入院中である。気持ちいいワインディングを走れないのは残念だが、もう一つの相棒、ジムニーで向かう。

 インタークーラーターボが付いているとはいえ、550ccのエンジンに、ロードスターとそれほど変わらない車重で、当然遅い。ギア比で加速力を稼いでいるので、1、2速はあっという間に吹けきってしまう。しかも、調子が悪くてブーストが掛かるか掛からないかの領域でぎくしゃくと息付きをしてしまうのだ。だから、長い坂道を駆け上るには、いかにパワーバンドから外さないようにシフトをして運転するのかが重要となる。

 湯水のように金と時間をつぎ込んでいるロードスターであるが、ジムニーにはほとんど手をかけていない。洗車もしていない。そういえば、スタッドレスタイヤのままであることに気が付いた。いくら仕事用の車とは言え、少し不憫に思う。

 遅いジムニーではあるが、高回転を維持して走れば、当然、一般車のペースよりは速くなる。松本市の三城牧場へ上がる道で、ホンダのキャパに追いついた。

 家族満載ののろのろ運転の車であるが、ジムニーのパワーとギア比だと上り坂ではかなり長い直線でないと抜くことはできない。この車の後ろについて行かねばならぬのか、と観念しかけたところ、道路の少し先まで見渡せる場所に出たので、ごめんなさい、とつぶやきながら、ゆっくり追い抜きをかけた。

 ようやく自らのペースで調子よく走れるようになったと思ったら、今度はBMWに追いついた。こいつは譲ってくれそうにもないな、と思っていたら、案外とあっさり道を譲ってもらう。軽自動車がものすごい勢いで追いついてきた上、倒れそうなぐらいのロールでぴったりと後ろを付いてくるので怖くなったんだろう。

 ビーナスラインに至るとさすがに交通量が多く、のろのろのペースで走ることになった。ギア比が合わない速度でコーナーを曲がると、一気に前の車に置いていかれる。いらいらが募る。

 美ヶ原の「美しの塔」の前にたどり着き、約10分ほどそこにいただけで再びジムニーに乗ってとんぼ返りした。次の予定があったからである。

 マフラーからときどき「ポン」という音がするし、どうも点火系の調子が悪いのかな、と思った今日のジムニードライブであった。

5月18日

 助手を連れて軽井沢を偵察してきた。富山から松本を通って参戦する人たちに、とっておきの道で軽井沢まで案内するためである。昨年は国道18号を走って軽井沢まで向かったそうなのだが、この国道は街中を通る上、信号ばかりあって、つまらないのである。しかも、5月下旬ともなれば、日差しが強く、交差点で止まってばかりいると、走行風も当たらなくて、熱射病になりかけてしまう。ある人曰く「松本から軽井沢までの記憶がない」というぐらい、過酷なツーリングとなったそうなので、ハッピーに走り抜けられる、とっておきの道を案内したいのだ。

 この道は、「千曲ビューライン」といって、丸子町から北御牧村、小諸市を通り、小諸市と佐久市の境あたりまで続いている。台地の上を走る形なので、展望が開けて、晴れていれば浅間山を左手に見ながら、本当に気持ちよく走れるのだ。とっても整備された道で、時速ぬふわキロの高速コーナーのセッティングができてしまうほどなのだが、広域農道なので、地図上ではほとんど読みとれない。たぶん、カーナビでは案内してもらえない。素直に国道18号を走るよりは少し多く距離を走るし、アップダウンもあるのだが、信号もほとんどなく、素晴らしく気持ちよく走ることができる道なのだ。

 千曲ビューラインまでも、地図上では読みとりにくい道を走っていくことになる。地図をコピーして、強引に赤線でルートを示して手渡したとしても、たぶん迷ってしまうことになるので、曲がる場所ごとに交差点名や特徴のある看板などのメモを、助手に手伝ってもらって書いてきた。

 助手になってもらったのは、もう数年間学校に行くことを拒否しているという、ファンキーな人生を送っている中学生である。ロードスターの話をしたら、とっても興味を示していたので、下見のついでに、乗せてあげることにした。これで彼はオープンカーなしの人生が送れなくなったはずである。

 小雨が降っていたものの、かまわず松本市内から開幌状態。助手が好きだというローリングストーンズを、目一杯のボリュームでかけながら、国道254号を駆け上がる。標高1000mあたりで雲の中に突入した。

 三才山トンネルを抜けて、下っていると、どうも焦げ臭い。前を走っているトラックのブレーキ臭だろうと思い、しばらく無視をして走っていたのだが、だんだんと焦げ臭さが増してきた。どうも、自分の車から漂ってきているようである。いや、漂うというレベルを大きく越して、エンジンルームが火災にでもなっているような雰囲気のにおいがしてきた。

 やばい、と路肩に車を止めて、ボンネットを開ける。オイルクーラーか?と思い、フェンダー側から配管を見てみると、なにやら煙が漂っている。それでも、オイルは漏れていないようである。エンジンを始動し、アクセルのワイヤーを引っ張ってあおってみると、

 「きゅ〜〜〜、きゅ」

という音がした。ベルトが滑っているような音だ。エンジンを止めて、ベルトを触ると、オルタネーターとウオーターポンプを駆動しているベルトがものすごい加熱をしていた。テンションをかけるボルトを調べてみると、ゆるんでいる。ベルトが滑ったため、異常加熱したらしい。煙がでるほど加熱したら、やはり交換した方がいいのだろうか、と考えつつ、ベルトをきっちり張って、エンジンを始動。切れることなくちゃんと回っていたので、そのまま軽井沢に向かうことにする。助手から冷たい視線で見られた。

 千曲ビューラインは天候が悪いのであまり良い景観ではなかった。軽井沢は霧の中。宿泊先と、結婚式がある教会を偵察した。教会からパレードは、国道18号バイパスを走ると、人通りも少ないし、6、7キロぐらい走ってすぐ終わってしまう結果となりそうなので、ミーティング会場の横をかすめて、少し遠回りして、バイパス北の旧国道18号を走った方が、人通りも多そうだし具合が良さそうである。途中、片側2車線の広い道があるので、ミーティング会場にいる人(前夜祭とはバッティングしてしまうけれど)に飛び入りで参加してもらうこともできそう。

 1週間後が楽しみだ。天気がよいことを祈るばかり。

5月17日

 軽井沢ミーティングまであと1週間となった。今年は初めてフル参戦予定である。土曜日から軽井沢入りをするのだ。といっても、ミーティング会場には、もしかしたら行かないかも知れない。ロードスターが連なるハッピーパレードで写真を撮りまくる重要な予定が入っているからだ。日曜日は朝から会場でぶらぶらしている予定。

 昨年は、土曜日だけ参戦した。軽井沢から下道でゆっくり走って2時間ほどという近場に住んでいるのに、それまでミーティングに行ったことがなかった。一緒に行く人がいなかったからという、寂しい理由からである。やはり、知り合いがいないと、することもないし、なかなか顔を出せない。去年も行くつもりはなかったのだが、このページを通じて知り合った人と、偶然休みだった土曜日だけ参加した。初めて顔を合わせた人もいて、とっても楽しい経験だった。

 今年は大勢の会いたい人と、前日から盛りだくさんのイベントがある。松本から軽井沢に向かうのに、とっても気持ちいい道を案内するのだ。その後、パレード。夜は大宴会。今から心が躍る。

 松本を10時ぐらいに出発して、1時すぎぐらいに軽井沢入り。午後6時ぐらいからパレードの予定。都合の付く人は、一緒に群がりましょう(笑)。

5月16日

 BPのバービスプラスはどうも、今のエンジンにマッチしていないようで、ジムカーナでは、1分の走行だけで油温が95度ぐらいにしかなっていないのに、がちゃがちゃとラッシュ音が出た。高回転までスムーズに回る「当たり」のエンジンだと思っていたのに、高回転ががさつに回り、びりびりとアクセルに振動が伝わる。オイルが悪いのか、実家に落ちていたBOSCHの使い古しプラチナプラグ(6番)が悪いのか、何とも言えないが、次はもう少し良いオイルを入れてみよう。

 次の狙いはディーラーに置いてあるRESPOのロードスター用オイル。3.5Lで5W-40の100%合成油なのに4000円弱だった。なかなか安いのに「ロードスター用」をうたっているのだから、入れるしかあるまい。

 ノーマルエンジンに積み替えてから頻繁にオイルを交換している。レベルゲージに付くオイルがほとんど汚れずに透明なうちに交換しているからちょっともったいないことをしている。オイル漏れも直ったようだし、これまではフラッシングということにして、もう少し長い距離を使わないと、先立つものが…。

5月15日

 不愉快な胸焼けの中、目覚めるといつものショットバーのカウンターだった。時間は午前3時。「おはよう」とマスター。仕事場の人の「酒飲みに行こうぜ光線」に負けて焼鳥屋へ行き、生ビール。1週間ぶりにアルコールを摂取した。3杯しか飲んでいないのだが、くどくどとあちらこちらの文句を言いながら飲んでばちがあたったのか、かなり回った。ショットバーに移ってすぐに意識を失ったらしい。迷惑な客だ。

 そういえば、仕事場の人がいない。マスターに聞いたら1時間ぐらい前に帰ったという。見事な放置ぶりである。たぶん、揺すってもたたいても怒鳴っても目覚めなかったんだろう。僕が悪いと思われる。しかし、支払いが済んでいなかったから、確信犯か。

 ふらふらとショットバーの階段を下り、ほとんどの店が閉まった繁華街をのろのろと歩いていった。通りでは仕事を終えたばかりのクラブの金髪のお姉さんたちが、けだるそうに、かつかつとヒールの音だけ残して歩いていく。まがったネクタイによれよれのスーツ姿の僕は、そんなけだるい時間帯にマッチしていたに違いない。

 アルコールから解放されてさわやかになったはずの体に再びアルコールを充填。1週間の断酒も元の木阿弥になっちゃった。

5月13日

 ジムカーナで自分勝手に定めた課題は、カウンターを当てるか当てないかの領域でのコントロールだった(派手に横を向けて走るのもあこがれなのだが)。普段、コーナーで切っているステアリングよりも少ない量で、アクセルで車を曲げるイメージ。公道ではなかなか練習できないことを試そうと、意気込んでコースインしたのだが、雪道でしかやったことのないこと、当然、うまくいかなかった。

 道路と違い、パイロンを目当てに走るので、どこをクリップにして走ればいいのか、どの段階で、どちらに車が向いていればいいのかがよく分からなかったことも敗因の一つ。ラインも定まらないのに、走り方ばかり気にしていた上、タイムまで気にしていたら、目標も曖昧になり、何がなんだか分からないことになるに決まっている。

 午前中はなにがなんだか分からないまま終わり、午後になって、アクセルコントロールで車を自在に曲げることができる人を助手席に乗せて走ったら、「何がやりたいのかは何となく分かるけれど、オーバースピード。普段の道ではやらない走り方だから、次は抑えてスピードを殺して走って」とアドバイス。実にまっとうな意見なのだが、走り方としては極めて普通で面白みに欠ける。まあ、踏みたいのを抑えて走ることもコントロールで、速さなのだけれど。

 公道をイメージしてコースイン。絶対にお尻が出ないよう、アクセルを踏まずに我慢する。一番スピードが乗るところでは、早めにブレーキをかけ、スピードを殺してからタイトなコーナーを無難に曲げる。これで一気に3秒ぐらい上がった。しかし、欲求不満である。

 そういえば、ショックのセッティングをいじってなかったので、固めに調整する。これで挙動がかなり安定した。一番スピードが乗る場所では、かなり突っ込んでもまだまだいけそうであった。助手席から「オーバースピードだ」という声が聞こえたものの、もう少しいけると突っ込んだら、車が横っ飛びした。一気に失速して、その後はメロメロ。やはり、理性を失ってはいけない。

 一番の課題は360度のターン。うまい人は前荷重にしてからサイドをがつんと引いてリアを流し、パイロンに吸い付くようにくるりと円を描いてクリアする。僕は、前荷重が作り出せずに、ハンドルだけ多めに切ってしまうので、どアンダーとなって格好悪くふくらみ、後半だけパワースライドさせ、楕円形を描いてクリアする。ここだけで1、2秒の差がついてしまうようである。練習あるのみ。

 不安だったVスペシートも別に苦にならなかった。重ステは、タイトなコーナーではさすがにキックバックが強烈で、ねじ伏せるような力が必要であった。タイムを狙うならパワステだろう。

 もっとうまくなるゾと、心に誓った走行会であった。

5月11日

 ちょいと用事を終えて午後9時すぎに仕事場に戻ったら、「飲みに行こうぜ光線」を発していた仕事場の人はすでに帰宅していた。連続酒抜き記録4日を達成。最近の乱れた生活の中では前代未聞である。しかし、夕食はまだだった。そこから何か食べるとすれば、駅前のラーメン屋か吉野屋か、ファミレスぐらいである。仕方なく、モスバーガーを喰らった。酒も抜いたし、とっても健康的である。

 明日は富山のスキー場駐車場でジムカーナを初体験。普通に山道を走っているだけでは絶対に使わないテクニックが求められるので、どんなことになるのか予想すらできない。普通に走っていてサイドブレーキを引くことなんてまずないよなあ。うまい人の助手席に乗ってテクニックを盗もうとは思うのだが、盗めるほど腕がない、という客観的事実があるので、どうなることやら。

 3月に交換してすでに2カ月以上も使用しているFM901はこのジムカーナで終わりを迎えると思われる。すでに雨の高速では不安を感じるほど溝が減っている。

 次のタイヤは何にしようか。

5月10日

 自分一人で家にいるときぐらいはお酒を飲まないようにしようと決心して、実行してから、なんだかとっても長い時間が過ぎた気がする。しかし、前にお酒を飲んだ日を考えてみたら、まだ3晩、お酒を抜いただけだった。それでも喉から手が出そうなぐらいビールが飲みたくなっている僕はやはり、依存症になりかけているんだろうか。

 それでも、ここ2年ぐらい、3晩も飲まずにいたことがなかった気がする。どうも、仕事場の人から「飲みに行きたいオーラ」が出ている気がするので、ほんの少しの間だけ達成した偉業も今日で終わりそうな感じだ。「行こう」と誘われて、断れるほど意志が固くないのである。てんで、駄目なのである。飲むたびに後悔して、ある人から「駄目だね」とまで、はっきり言われて、よし、もうやめよう、酒は、やめたやめた、と、ここまで追いつめられているはずなのに。僕の決心なんてそんなものなのかもしれない。

 こう書いている間にも、「飲みに行こうぜ視線」を背後から感じる…。逃げるか。