10月21日

 またもや、知多半島で仕事があったのでロードスターで向かう。なぜだか知多半島へ行くことが多い。

 次の仕事場へ行く途中、時間があったので名東区の「ハイエース」というホームセンターに寄る。高校生時代にフナ釣りの道具やえさをかった場所。懐かしいなと思いつつ、ぬかりなくカー用品売り場をのぞく。

 すると、すばらしい品揃え。パーツクリーナーの安売りがうれしい。クレのブレークリーン2本498円を2セット買う。オイルコーナーにも、クスコのLSD用オイルなんかが置いてあって、少しマニアックな品がちょいちょいと置いてある。

 棚の一角が目に飛び込んできた。アメリカのオイル「バルボリン(Valvoline)」の直輸入バージョンが大量に置いてあった。ターボ用、オールシーズン用、レーシング用と3種類ラインナップがあるのに、すべて1本(1リットル弱)が398円なのが笑える。一応ポルシェなんかにも使うオイルだから品質には問題ないだろうと、レーシング用のオイルを4本買う。20W-50というなんだか変な粘度である。ジムカーナの前にオイル交換してみよう。QUAKER
STATEがすこぶる調子がよいので、米国産オイルは僕の中ではかなりポイントが高いのだ。

 バルボリンはアメリカのレースを見ると、よくロゴを目にする。たぶん、向こうでは一般的なものなのだろう。ちょいちょいっとWebで検索すると、同じオイルが1リットル2000円の値が付いていた。この値段の差がどこから生まれるのかは知らない。まさか、バッタものというわけでもないだろう。アメリカではオイルを始め、自動車用品はこちらの感覚では激安で売られているらしいから、輸入ルートによっては現地価格で仕入れられるのかもしれない。

 ロードスターとは相性が悪いという噂も聞いたことがあるこのオイル。エンジンが軽いとかパワー感云々より、HLAから音がするかどうかが僕の「良いオイル」判断基準なので、とってもいい加減なのである。

10月20日

 フロントブレーキが、きぃきぃうるさい。もしかしたらパッドがなくなっているのかもしれない、と思って、さっそくジャッキアップ。タイヤを外してみたら、やはり、残り少ない。次のパッドを考えなければ。

 軽井沢ミーティングで買った「RS factory STAGE」製のパッドだ。前後合わせて13500円のパッド。とってもリーゾナブル。いつも走っているミニサーキットなら、まったく不足を感じなかった。お店曰く、間瀬サーキット1分14秒台ぐらいの走りなら対応可能、ということだったので、ラジアルを付けている分には、最適のパッドかもしれない。

RS factory STAGE

 5カ月弱でなくなってしまった。4月上旬にエンジンを交換したときが135000キロぐらいの走行で、今が150000キロ近いので、だいたい1万キロちょっと使ったことになる。やはり、ミニサーキットを連続して走っていると、減りが早い。

 車をいじるときに何が一番いやだったかといえば、ジャッキアップをすることなのである。2000円ぐらいで買った油圧フロアージャッキだと、高さがあるので、そのままメンバー下まで押し込むことができない。車載ジャッキで片側を上げて置いて、突っ込む必要があるのだ。

 しかも、この油圧ジャッキ。長年の使用で剛性が落ちているからか、ジャッキアップをすると、ゆがんでしまう。持ち上げた車が左右どちらかに傾いてしまうので、なるべくメンバーの中央に当てようと、いろいろ試行錯誤しなければならない。

 ある程度持ち上げると、やはり剛性がないから、車が落ちそうで怖いのだ。ウマを当てて徐々にのばしながらじわりじわりとジャッキアップすることになる。

 こんな状況を打開しようと、アストロで買ってきたのがこれだ!

 3トン!のフロアージャッキだ。1カ月ぐらい前にジャッキを物色しにアストロへ行ったら、店のお兄さんが「今日まで安いよ。最後の一つだよ」と、タイミング良く勧めて来たので、考えなしの反射であっという間に買ってしまった。2.5トンのものより安かった。

 低く作ってあるので、今の車高なら、そのまま突っ込むことができる! もう少し低くしても、板を用意してタイヤの下に敷けば大丈夫だろう。

 これがとっても楽ちんで、皿が大きいから、車体が傾くこともないし、いい加減に突っ込んでもそのままジャッキアップ可能だ。タイヤ交換程度なら、ウマも必要ないだろう(危ないか?)。持ち運ぶのに少々重いが、1メートルぐらいの棒で、がしがしジャッキアップしていくのは快感。まったく不安なく持ち上げることができる。

 これがあるから、会社から帰ってから車の下にも潜る気になるのだ。一気に40センチ以上上がるから、前後2回のジャッキアップで寝板での作業が可能になる。安全性も大幅に向上。素晴らしい。

 作業場所は道路に面している。いつも宙に浮いている我がロードスターを見て、近所の人は不審に思っているに違いない。

10月18日

 酔っぱらっている。本格的に。

 名古屋に来てからとんと飲む機会が減った気がする。松本は、仕事場の人が飲み仲間で、いつものショットバーへ週に1回は最低通っていた気がするのだが、最近はあまり飲みに行かない。嫌われているのかもしれない。

 で、昨日は、家に帰ってもメシが用意されていない状況だったので、ただメシを食ってやろうとボスを誘い出した。日本酒を浴びるほど。今日は、今やっている仕事の慰労会のようなものだった。

 それにしても、周りに同年代がいない。今日の飲み会なぞは、ほとんど40代以上で、僕が際だって若い。ぺーぺーだ。子ども扱い。

 仕方ないけれど。

10月17日

 一日中「三四郎」ばかり読んでいて、本当に目が痛い。頭が痛い。ディスプレーばかり眺めていると、失明しそう。

 三四郎は仕事で否応なく読まされているものの、改めてじっくり読むとこれがなかなか面白いのだ。1世紀前に書かれたとは思えない。人間の進歩が100年でほとんどないのだか、ただ僕がほかの人より1世紀遅れているのだか知らないけれど、構成や細かい描写でとても感心する箇所がたくさんある。

 物語は、まあ、恋愛小説だ。列車の中で、子持ちでダンナが中国に行ったまま帰ってこない若い女の人と偶然に向かい合わせで座ることから始まる。なぜか、行きがかりでその女と同じ宿の、しかも、同じ部屋の、さらに、同じ蚊帳の下!で寝ることになってしまった三四郎が、何も手をださなかったら「度胸がないわね」と人間以下の、ひどい言葉遣いで、最低のあしらいを受ける。奇抜な挿話だ。

 たった23歳の三四郎は、それをいつまでもだらだら引きずる。当時で言えば新しい種類の女性に出会い、好きになっちゃうのだが、田舎から東京に出てきたばかりの古い種類の人間である三四郎は、名前も知らない列車女のトラウマもあって、なかなかアタックできない。ぼやぼやしているうちに、その女の人は知らない男といつの間にか結婚してしまうという話である。滅茶苦茶だ。

 漱石さんはイギリスへ留学した経験がある、当時の一級の知識人だ。どうも東洋人として西洋人にかなりの劣等感を抱いていたらしいことが、行間からひしひしと伝わってくる。新しいタイプの女性にきりきり舞いしてこてんぱんにやられてしまう三四郎の姿は、イギリスに行ってカルチャーショックを受け、散々な目に遭った漱石に重なるのかもしれない。

 時代を感じさせる部分はたくさんある。家父長制、差別、女性蔑視表現の雨霰。当時はとってもハイカラな小説も、そこだけ見るとやはり古い。

10月16日

 気が付いたらこのサイトのアクセスカウンターが50000を超えていた。始めた当初は、カウンターが動かなかったらやめちまおうと考えて、毎日数字をチェックしていたものだけれど、さすがに最近の動き方を見ていると、「更新しなくちゃ」という気になってしまう。

 車つながりのお友達を作ろうかな、などと考えて始めたこのページ。お友達はたくさん増えた。その意味で、当初の目的は果たしたのであるが、なぜかお金が大幅に減るという副次的な効果も出た。それを別に気にしている訳じゃない。ならば、どうしてわざわざ書くのかよ、と問われれば、馬鹿さ加減を知ってもらいたいだけなのである。

 はっきり言ってやっていることはお馬鹿だ。けれども、馬鹿げたことをまじめにやることこそ、生の充実というものがある、と、最近思い始めたのは、脳みそが腐り始めた証拠なのだろうかと、空恐ろしく思う今日この頃。

10月15日

 なぜか夏目漱石の「三四郎」を読む日々が始まった。外に出てさぼることもかなわず、1日中缶詰の1週間となってしまう。これが仕事なんだから、リストラのための意味のない作業を割当たられたような気分である。

 確か、セガかどこかで、リストラをするために「隔離部屋」を使って、1日中本を読むことも許さず、じっと座ってすごさせる部署を作ったという記事を、週刊誌で読んだ覚えがある。真偽のほどは見た訳じゃないから定かではないが、もしかしたら、僕が今与えられた仕事はそれに近いことなのかもしれない、と勘ぐっていまう。

 会社のお偉い人の鶴の声で始まっているから、まさかやめさせるための作業ではなかろう、とは思うけれど、なんだか、創造性のない、機械的な作業ばかりなのである。いくら、給料をもらっているとはいえ、もう少し気の利いた仕事をしたい、と思うのは、労働をなめている若者の、少しずれた考え方なんだろう。

 とはいえ、明治時代の文章を読んでいると、なかなか面白い。今の感覚では「えっ?」と思ってしまう文章が矢継ぎ早に出てくる。まったく違った異質の文化に触れているようで、なかなか興味深い。

 まだ、最初しか読んでいないのだけれど、駅弁を買って、列車の中で食べて、その食べた殻を、窓から平気で放り投げる、という描写がある。思わず、目を疑ってしまう。活字を読みながらびっくりする、というのはなかなかないことだ。

 くだらないこの日記の、1日分になっただけでももうけ物と考えよう。

10月14日

 昨日の昼からすべてのニュースに触れないようにして、午後10時を待った。F1である。佐藤琢磨が予選7位と素晴らしい結果を出したので、録画とはいえ、かたずをのんで観戦しなければならないだろう。すると、やはり結果を知っていては台無しになってしまうのである。

 だいたいが、ニュースサイトで速報するのはいいのだけれど、テレビ放送があることも考えてほしい。F1をテレビで見る前に、何気なくインターネットのニュースサイトを開いてしまい、「ミハエルV」などと書かれていると、途端に「わくわく感」が80%ぐらいそがれてしまう。

 だから、インターネットも使わない。だが、ここを更新しなければならないな、と、くだらない文章を書いて、アップロードし、ちゃんとアップされているか確認しようとブラウザを開いたら、最初に開くようにしているasahi.comで、ちらりと琢磨の笑顔が見えた。あわてて違うページを開く。良い結果であることが分かってしまった。

 大興奮で幕を閉じたF1。男だぜ琢磨。素晴らしい走りを見せつけられると、ヒーローにあこがれる子どものごとく、自分も走りたくなっちゃうのである。思わず、今日のサーキットの予定を調べてしまうが、祭り・紅葉地帯の高山付近は大渋滞に決まっているので、あきらめる。

 結局、お昼近くに起き、尾張旭に引っ越してきたときに買って置いた物置の組み立てを親父とやった。ここに不要な物を詰め込んで、エンジンを作るスペースを確保するのだ!

 なかなか走ることができない。思い立ったら裏山で爆走できた松本の環境はなんと良かったことか。

10月13日

 頭の中で激しいノッキングが発生中。

 結婚式の2次会に出るため、東京に行った。松本の仕事つながりの知り合いの人が結婚したのだが、よく考えてみると、女性側の関係者という形であることに気が付いた。ダンナさんとも1度、河川敷でバーベキューを喰らったとはいえ、普通女性側は男は呼ばないんじゃないだろうか。僕のほかにも数人いたから、男友達を並べて誇示しようという魂胆なのだろうかと、勘ぐってしまう。

 まあ、僕が呼ばれるのは写真要員としてなのだけれど。F90にブラケットでフラッシュのSB-28を接続したごっついカメラを肩に提げ、会場をうろうろして雰囲気づくりに一役買う。何枚記念撮影しただろう。

 仕事つながりの人が集まって、2次会の2次会に行く。松本話に花を咲かせてひたすらビール。おなかがいっぱいだろうがビール。しこたまビール。

 夜は、知り合いの横浜の実家に泊めてもらうことに。家に上げてもらうと、親父さんが知り合いとともに酒盛りをしていた。そのままその酒盛りに加わることになってしまった。ウーロンハイをがぶ飲み。だいたい、東京人のおじさんたちに名古屋モンが割り込むと、話題は自然と名古屋の悪口へと流れていく。仕方がないのだ。名古屋モンの宿命である。

 なぜか意気投合してしまって、ハイテンションの会話が延々と続く。途中、フランスに留学している妹さんとネットミーティングで会話。少し音声が遅れるけれどまったく問題なく会話ができる。地球の裏側の人と冗談を言っ合って同じ時間をすごしているのだから、なんだかすごい時代だ。長野にいる兄の方が、疎遠な感じがするぐらいだという。

 ハイテンションの会話は果てしなく続き、気が付いたら午前2時。たまたま覚えていたのだが、ほとんど意識がぶっ飛びそうなくらいの酔っぱらいである。

 今、テレビでF1を見ながら書いているのだけれど、まだノッキングが発生する。

10月11日

 F1日本GPが始まった。去年は遠い松本からわざわざ観戦に行った。今だったら東名阪を走れば鈴鹿まで1時間ちょっとで着いてしまう。けれども、今年は行かないつもり。

 神速ミハエルがあまりにも強すぎて、総合優勝を決めたあたりから興味がなくなってしまった。やっぱり、プロ野球と同じで消化試合は面白味に欠ける。いや、引っ越しのばたばたで見なくなったんだっけか?

 トヨタサウンドと佐藤琢磨を見たい気はするけれども、狂ったような人混みの中をかき分けてまで行きたいという情熱がわかない。予選は皆が驚いた去年のタイムを上回るんだろうか。タイヤが良くなっているから1秒ぐらいは上がるのかな。

 人が走っているのを見るより、自分がどう走ればよいのかばかりを考えている今日この頃。走り込みが足りない。松本の山道が懐かしい。