10月22日

 いつもより早く8時すぎに帰宅できたので、助手席を外して積んだままになっていたSタイヤを降ろす。エンケイのRP-F1、やっぱり軽い。ワタナベだと、2本一緒に抱えていくのはちょっと腰の危険が危なく大変なのだが、RP-F1はすっと持ちあがる。14インチBBSにはかなわないけれど、定価1本29000円だし、マクラーレンと同じ形だし、ますます気に入った。どちらかというと、中部ミーティングでアイスタイリングのデモカーが付けていた14インチゴールドPR-F1の方がカッコ良い。

 しばらく走りに行くこともないだろうと、運転席のエスケレートもVスペ皮シートにした。ロングツーリング野郎だから、やはりバケットではつらい。バネが12k10kだと余計に震動が伝わってくるから。8k6k程度のバネならエスケレートでもそれほど体にこたえることはないのだが。体になじんだVスペシートが僕にとっては一番。Sタイヤだと無理だけど。

 あとは、オイルを交換して、車高を上げ、もう一つ下回りの作業をしなくてはならない。

10月21日

 6月13日付の日常で書いたおっちゃんから頼まれごとがあったので、夕方、長久手町某所へ向かう。

 なんと、勉強会の講師をしてくれ、というのである。僕のような若造がなにを話したらよいのか、皆目見当もつかなかったが、飲みながらいろんな人のお話を聞き、あれこれ語らうという趣旨の集まりだったので、引き受けていた。何よりも、このおっちゃんに「頼むわ」と言われると、断れない雰囲気となってしまうのである。

 悲しいサラリーマンのしかも若造ということであれば、普通は持っているのは耳だけであり、口は持たない。会社の言うことは聞かねばならないが、口ごたえはできない、ということである。だから、人の前でなんて話すなんて初めてのこと。何を話したらよいのかしら、と思ったものの、あれこれ資料を作って持っていった。

 昔の農家風に作った建物で、いろりを囲みながらあれこれ話す。午後7時半からの集まりだったのだが、まったく時間にとらわれずに雑談するうちに午後8時。ビールを飲んで酔っぱらった勢いで、えい、とあれこれしゃべっているうちに、時間が過ぎていき、あっという間に10時になってしまった。

 若造が話す、というだけで集まったおじさんおばさんたちは満足だったみたいで、ほっと胸をなで下ろした。

10月19日

 朝起きたら体のあちこちからめりめりと音がしそうな疲労感があった。さすがに、Sタイヤでの走行は、体にこたえた。ストリートラジアルでは「Vスペシートで十分」とうそぶいていた僕だが、Sにしたら、絶対にノーマルシートでは走れない。けつがあざだらけ、皮が2、3枚むけてしまうに違いない。

 中板橋の新婚宅で目覚めて、道路状況を調べようとネットを見てみると、東名高速で6人死亡した大事故があり、掛川あたりで通行止めになっていることを知る。人がこれから、ぶっ飛ばして帰ろうというのに、ものすごくタイミングが悪い。

 中央道経由で帰ろうかとも思ったが、僕が通るであろう11時すぎには通行止めも解除になっているだろうと楽観して、東名を選択する。環状7号を東名高速に向かう。最初はとっても調子が良かったものの、中央道との交差あたりから、とんでもない渋滞にはまってしまった。東京の街はこんなものか、と思ってのろのろ20分ほどはまっていったら、3車線だったところを2車線に絞る場所にもかかわらず、さらに工事のおっちゃんたちが1車線をふさいで、道路の線引きをしていた。ふざけるな。

 東京インターから東名へ。順調にぶっ飛ばすものの、通行止めは解除されない。まずいぞまずいぞと思いつつ、さらにぶっ飛ばしていると、ほんの通行止めの直前のサービスエリアである。ちょうど給油のために牧ノ原サービスエリアに入ったところで開通したらしく渋滞10キロという表示に変わり、少し長めに休んでいたら、解消していた。グッドタイミングである。

 掛川インターのところで路面にオイルを処理した石灰がまかれていた。ここで数時間前に何人も命を落とした、と悟って、ちょっとびびる。渋滞は完全に解消していて、順調に名古屋へ。

 目的地は東海市。名古屋インターで下り、下道を走って名古屋高速四谷インターから知多半島道路へ。仕事をする場所に車を止めたが、助手席もなく、タイヤを満載している僕のクルマは相当怪しいオーラを放っていた。

 筑波決戦のために相当無茶をしたつけが来て、深夜まで仕事。

10月18日

 友人Kに光が丘まで迎えに来てもらい、そのまま彼のアルバイトの仕事場へ連れて行ってもらう。同業者からホテルマンに転職し、今度選んだ職業はなんと花屋さん。僕と同い年の人が経営しているお店で半年後から働くことになったのだ。なぜ、半年後からしか雇ってもらえないかは、野暮だから書かない。

 会った瞬間からピンと来た。店の中になぜか置いてある朽ちかけのNSR。パソコン前に置いてあるいすは、なぜか180SX純正のシートだ。「日産純正部品」と書かれた袋にはガソリンタンクあたりのものと思われる、馬鹿でっかいOリング。無造作に置かれたインタークーラー。ホワイトボードにはこの経営者のスケジュールが書いてあったのだが、来週の平日の日に二本松へ出張、と書いてあった。間違いない。

 僕と同じ、車ヲタクなのであった。自称、変人、ということであった。変態ではない、ときっぱりと否定していた。健康的なヲタク、ということなのだろうか。

 そんな彼と車をばらすときの心構えや、整備中のさまざまなけがのことや、車乗りは距離感覚が壊れるよね、という話やら、イタメシを食べながら、かなり濃いヲタク話をしながら夜が更けていった。友人Kの実家の布団で寝たのは午前零時すぎだったと思う。

 ぜんぜん寝られなくて、20分に1回ぐらい目を覚ましてしまった。筑波で走ることを考えれば、寝て体力を蓄えた方が良いに決まっているのだが、遠足前の小学生のように、興奮して寝られない状態。ようやく、寝付いたと思ったら3時半に携帯の目覚ましが鳴った。

 ちゃちゃっと着替えた。この間買った、つなぎである。車ヲタクであるのなら、やっぱりそれなりの格好で乗り込まねばなるまい。

 木曜日に心配したとおり、辺りが寝静まっているときに、爆音で静寂を破るのも申し訳なかったので、車を駐車場の外まで押してエンジンを掛ける。友人Kが外環のインターまで先導してくれた。持つべきものは良き友だちである。

 筑波まではスムーズに行けた。が、天気予報ではせいぜい曇りだったはずなのに、筑波周辺は雨。そのままコース上がウエットだったらアクセルは踏めない。

 が、雨もやんで気持ちよくドライコンディションで走ることができた。まじで筑波は面白い。興奮の午前中があっという間に過ぎた。

 表彰式がサーキット正面のレストランであり、お開きになると同時に時計をみたら、かなりやばい時間だったので慌てて飛び出してつなぎから、スーツに着替えて、ろくに挨拶もせず飛び出した。午後3時までに港区に行かねばならない仕事があったからである。

 常磐から首都高6号線、C1と入って芝公園で降りる。順調で、なんとかぎりぎりで間に合った。

 仕事が終わり、中板橋の新婚宅へ、再びあつかましくも泊めてもらうために転がり込んだ。しかも、晩飯&ビールもおごってもらって。この厚顔。

10月17日

 8時に起きだして、今日は市バス、地下鉄と乗り継いで日比野へ。今日も市場である。

 とにかく時間がない。1時30分ぐらいまでに新幹線に乗らなければならないにもかかわらず、パソコンと携帯電話をつなぐケーブルをなくしてしまったので、新幹線のなかでゆっくり仕事をすることができなくなってしまった。今日の仕事は市場で場所をかりて片づけなければならない。

 がちゃがちゃっと仕事を終わらせたらまだ正午前だった。人間、やればなんとでもなるもんだ、と感じつつ、時間が余ったので、市場の食堂へ。イクラとネギトロの「二色丼」を食べた。

 名古屋駅。のぞみの指定席を取ろうと思ったら、いずれも満席で、ひかりの指定を取った。やっぱり、のぞみの指定が取りにくくなっている気がする。不便だ。午後4時に代々木での仕事があるので、品川で下りた方が便利。新幹線新駅ができてから初の品川である。山手線で代々木。仕事をして大江戸線で光が丘。友人Kと合流。

 

 明日は筑波決戦である。去年の初参戦と今年ではえらく仕様が変わっている。

去年 ノーマルエンジンFreedom制御軽量フライホイール3.7kg。タイヤはワタナベアルミにネオバ195-50R15。バネはフロント10Kリア8K。ふん詰まったマフラー。どうも、このマフラーのせいでかなり車は遅かったみたい。それでも「調子がよい」と喜んで乗っているのだから、人間の感覚なんていいかげんなものである。

去年ふん詰まったマフラー

今年 1722ccボアアップエンジン4連スロットルin272ex288カムFreedomDジェトロ制御軽量フライホイール3.7kg。マフラーはRSfactorySTAGEの二寸管。12K10Kのバネ。軽いエンケイのRP-F1にADVAN048Sタイヤ195-50R15(おニュー)。自分で言うのもなんだが、去年と比べてかなり速い。

今年

 はっきり言ってしまえば、これで変なタイムだったら腕の問題となるわけで、1年かけてしこしこ車を作って退路を断った形。一年に1度のことだから、気合を入れて走ろう。

10月16日

 朝5時半に起き出して、準備を始める。といっても、着替えを積むぐらいのものだ。そのまま、ロードスターに乗り込み、市場に向かう。

 市場で仕事した後、腹が減ったので市場内の食堂に入る。入り口に「アナゴ丼750円」という掲示があったので、今日は東京まで運転しなければならないことだし、朝っぱらから丼を食べることにした。

 アナゴってちょっぴり高級な食材なので、750円という値段も考えれば、「アナゴ丼」と言ったって、どんぶり飯の上に申し訳程度に一切れ二切れ載っている程度だろう、となめていた。「おまちどう」と運ばれてきた丼を見て、仰天したのである。ちょっぴり小ぶりだが、アナゴの丸ごと天ぷらが載っていた。しかも3匹も。朝からこれはつらいなあ、とつぶやきながら、食べ出すとなかなかの美味。

 が、このアナゴたちは頭が落としていない。どうも、ぎざぎざの歯は笑っているみたいでグロテスクだし、ころもの下からにらみつけられている気がして落ち着かなかった。マケテナルモノカと、完食。

 仕事をちゃきちゃきと片づけて、午後3時、新品タイヤが4本も室内に積んでいるのでゴム臭いロードスターで出発。名古屋高速経由で中央道へ。ちょうど、松本で用事があった友人Kと諏訪あたりで合流し、自宅まで連れて行ってもらう手はずである。

 5時に諏訪あたり、と伝えてあったとおりに通過し、ちょうど友人Kも諏訪南インターから乗ったと連絡が入った。これならすぐ追いついて、双葉サービスエリアあたりで給油して休憩すればよいだろう、と思っていたのだが、走れども走れども追いつかない。ゆっくり走っているベンツに捕まってしまったこともあるけれど、いくら何でもおかしい。

 双葉を過ぎても追いつかなかったので、今度はガソリンが危機的状態になった。すでにEの位置を差している。しびれを切らせて、「どこにいる?」と聞くと、「もうすぐ談合坂」との答え。10キロぐらい先を走っているらしかった。どうやら、追いつかれまいと、愛車のデミオでぶっ飛ばしているらしい。

 談合坂まで20数キロという看板を見て、ガソリンの量を見る。どうみても、あと5リットルも残っていない感じ。やばいやばい、と思いつつ坂道を上り、なるべくアクセルを踏まないように坂道を下った。

 談合坂のサービスエリアに入ると真っ先にスタンドへ。44リットル近く入った。高速道路ではかなりやばい状態であった。

 都内では比較的スムーズに走ることができ、練馬の友人K宅へおじゃまする。閑静な住宅街の中、奥まった場所にある駐車場に、ひときわうるさい車が駐車する。土曜は午前4時ぐらいに出るからかなり迷惑。駐車場の外まで押してからエンジンを掛けた方が良いかもしれない。

 7時半には到着したから、4時間ちょっとかかったことになる。都内が込んでいたことを考えれば、東名とそれほど時間は変わらないみたい。

 友人Kの両親にお土産のきしめんを渡しつつあいさつして、地下鉄の駅前にある白木屋グループの魚民で飲む。9時7分の地下鉄に乗らないと帰れなかったので、時間は1時間。短期決戦で最初に注文しまくり、ビールを流し込んで、3杯飲んでお茶漬けを食べ終わったところでタイムアップ。居酒屋でこれほど急いで飲み食いしたのも初めてだ。

 池袋から東京。午後10時発最終ひかりで名古屋。最終の地下鉄で藤ヶ丘に戻ってきた。いずれも意識を失っていたから、東京駅からワープしたみたいだった。

10月15日

 週末に備えて朝ゆっくり寝てすごし、おもむろに起き出して、まずは洗車を始めた。もちろん、今日は出勤する日なのだが、そんなことはお構いなし。電話がかかってきたら、適当に答えてごまかしておけばよい。何しろ、明日、東京へ車を置いてこなくちゃいけないのだから、準備するのは今日しかないのである。

 金曜日の夜に洗車したばかりだったのだが、度重なる雨で無惨な姿になっていたので、再び最初からやり直す形。平日昼間から一生懸命洗車している姿を見て、近所の人は、ついにあそこの不良息子がリストラされた、と思っているに違いない。ワックスまでかけて、17万キロ超のポンコツにしてはまあまあきれいになった。

 下回りに潜って怪しげな作業をする。そういえば、ボルトがなかったのでホームセンターに買いにいったりして、けっこう時間を取られてしまった。

 そして、助手席を外す。軽量化のため、もあるけれど、もう一つ重要なのは、タイヤを運ばなければならないのだ。

 一年に1度走れるか走れないか、の筑波サーキットである。晴れの舞台なのだから、きちんとおめかししていかねばならぬ。おしゃれは足下から、ということでアルミホイールを新調した。マクラーレンと同じデザインのものを新品で購入してあった。それに合わせてタイヤも新しくしてある。ニューネオバの強力グリップと比べてどうであるかは、まだ走ったことがないから分からない。もったいないから、筑波で付け替える。だから、助手席を外さないと4本タイヤが詰めないのだ。

 4本並べてぱちり。ぴかぴかのホイールは気持ちがよろしい。

10月14日

 「じゃあ、金曜日に来てください」

との電話の向こうの声に、頭から血の気が引いていったのである。筑波決戦に集中したいのに、前後にたくさん仕事が入ってしまって困っちゃった。

 筑波決戦は土曜日午前6時から。金曜日は毎週、市場へ行く仕事があって、それが終わればそのまま帰ってしまってもかまわないので、ロードスターで出勤して午後6時ぐらいに終わり、そのまま東名で筑波に向かうスケジュールを立てていた。車の中で1、2時間寝るぐらいが精一杯だが、仕方があるまい。ちなみに土曜日は午後に都内で仕事があるので、走行会後もゆっくりできない。それでも、スケジュールはなんとななるはずであった。

 が、明日か明後日に東京で会おうと考えていた人が、金曜日しか時間がない、という。月曜までに仕上げなければならない仕事なので、なんとしても今週中に会わねばならない。金曜日は市場の仕事があるので、金曜なら物理的に夕方にしか会うことができない。

 「木曜日に何とかなりませんかね」

と、交渉したが、時間がなくて無理、との返事。どうしよう。受話器を抱えたまま、わずか1秒足らずの間にあれこれ計算が頭を駆けめぐったのである。

 仕事を優先すれば、筑波決戦をあきらめる。が、僕は車人間であって、仕事人間じゃないから、この選択肢はあり得ない。じゃあ、東京まで行っておきながら、新幹線でダッシュで名古屋まで戻り、ロードスターに乗ってまた筑波までとんぼ返りする。これなら、何とかなる。が、かなり体力的にはキツイ。なにより、土曜日の仕事に差し障るかもしれない。

 一番良いのが、市場で仕事した後、東京へロードスターで向かうことだが、ちょっと時間がタイトすぎだし、運転していたら金曜日の仕事ができない。困った。

 が、体力と時間を犠牲にすれば何とかなる作戦を考えついて、金曜日午後4時から会う約束にした。

 作戦とは、前日にロードスターを都内に置いておくことである。練馬に住んでいる友人Kの実家に前日に行ってロードスターを置いておき、金曜日は泊めてもらう。そして、朝早く起きて筑波入りする、という体力勝負の案である。電話しながら直感で思いつき、それしかない、と確信した。

前日にロードスターを都内に置いておく

 ちなみに、今日の昼、大阪で仕事をしていたら、ある人から電話があり、「日曜日午後1時半に東海市に来てくれない?」とのこと。

今日の昼、大阪で仕事をしていたら

 さらに! 東名高速が集中工事であるとの情報が入った! 名古屋−東京間が7時間近くかかるという。中央道経由に決定。ちょうど、友人Kが松本で用事がある、ということなので、木曜日夕方、諏訪辺りで落ち合って一緒に都内入りすることとなった。土曜日は先日お世話になった新婚宅で再び泊めてもらう。

 滅茶苦茶で頭がこんがらがってしまう。以下に整理してみる。

15日(水)

 午前中に仕事をさぼって車の準備をしておく。午後仕事(飲みにいくかもしれない)。深夜帰宅。

16日(木)

 午前7時すぎにロードスターで市場に行って仕事をし、それから仕事場でいろいろ片づけてから、午後3時には仕事を切り上げ、中央道へ。諏訪のサービスエリアで友人Kと落ち合い、練馬区入り。最終近くの新幹線で名古屋に戻る。午前1時ごろ帰宅。

17日(金)

 午前9時ごろから市場で仕事し、昼ごろ新幹線で東京に向かう。新幹線の中でこの日の分の仕事をして、午後4時から人に会う。夜、友人K宅に泊めてもらう。

18日(土)決戦当日

 午前4時ぐらいに起きて、友人K宅の家人を起こさないように出発(爆音だからどうしよう)。筑波入り。午前中走行会。午後3時ごろから都内で仕事。それから、中板橋の新婚宅に転がり込む。

19日(日)

 集中工事も終わっているので、東名で名古屋に向かう。午後1時すぎから東海市で仕事。

 おお、完ぺきなスケジュールだ。

10月13日

 2日間、車三昧ですごしてしまったのだから、今日ぐらいは仕事をせねば、と朝早く家を出る。視界が悪くなるぐらいのかなりの大雨で、助手席側や天井の穴から思いっきり雨漏りする。

 向かったのはいつもの市場の近く。国道1号沿い。何しろ、雨漏りがひどいので、そのままにしておくわけにもいかず、新幹線のガード下で雨宿りして、対策を講じる。といっても、幌回りのゴムを引っ張ったりして調整するぐらいだが。

 2時間ぐらい仕事をして、それでは、と挨拶したころには雨はほとんど止んでいた。建物から出てロードスターのドアを開けて絶句。エスケレートの座面が池になっていた。調整した助手席側の浸水はなかったのだが、今度は運転席側から激しく水が入ったらしい。

 トランクの中のぼろ切れで必死に吸い取って池はなくなったのだが、まだぐちょぐちょの状態。その上にスーツ姿で座らねばならない。とほほと思い、覚悟を決めて乗り込む。さすがにもろに座る気にはならず、足と背中で踏ん張って、お尻を浮かしたまま走り出した。

 が、そんな体勢危ないに決まっている。なにかないか、と思いあちこち引っかき回したら、コンビニ袋を発見! シートに敷いてなんとか走り出すことができた。

 そろそろ幌が限界かもしれない。