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9月12日

 あまりロードスターのメンテナンスにもお金を掛けなくなったのだが、この間点火プラグを見てみたら電極がぼろぼろになりかけていたので、さすがにまずいと思い、カー用品店&ホームセンター巡りを始めたのである。

 やっぱり高回転仕様のエンジンに、普通の点火プラグを付けるのも気が引けるので、きちんとしたものが欲しい。やっぱりプラグといえば、DENSOよりもNGK。さんざん使ったイリジウム電極のやつが欲しい。一応、圧縮比も高めだし、ハイカムだし、焼け具合もちょうど良いので7番が良い。6番だと電極がぼろぼろになっちゃった覚えがある。昔、粋がってIRIWAY8番のプラグを付けていたこともあるのだが、冬の始動性が滅茶苦茶悪くなるので、サーキットに持ち込むことがない今、7番がちょうど良いのである。

 で、仕事中にさぼったりして、いろいろなお店を回ったのだが、イリジウム電極のプラグは6番までしかない。7番、8番になってくるとIRIWAYを探すしかないみたい。

 あるオートバックスにはIRIWAY7が2本あったが、4本なければ意味がない。岐阜のスーパーオートバックスにもIRIWAYは見あたらない。CHAMPIONだとか、HKSだとか、TRDだとかNISMOだとか、いろいろなメーカーのプラグはあるのだが、製造元のメーカーが分からない以上、なんとなく信用できないから買わない。

 松本ではホームセンターで普通にIRIWAYが売っていた気がするのだが、こちらのホームセンターでは売っている気配すらない。まあ、松本のホームセンターは、足回りのバネだとかスプリングコンプレッサーだとか変な物も売っていたおかしなお店だったんだけれど。こちらのホームセンターは、燃料タンクに入れると燃費が向上する針金を編んだようなおかしなグッズだとか、バッテリーに取り付けるおかしなグッズだとかはちゃんと在庫しているのだが、まともなものは一切置いていない。時代の違いなのかも。

 仕方ないから昨日、ヤフオクをのぞいてみた。IRIWAYで検索すると、ちゃんと出てくる。なんと、1本当たり、1000円+消費税! 普通のお店では1本2000円なので、半額である。送料を入れたって、大幅に安い。ここまで安いとは知らなかった。

 4本4200円の希望価格で出していた業者のを落札。1時間後ぐらいに、仕事の合間の時間を見つけてAirH”でメールチェックすると、早くも業者からメールが来たので、すぐさま郵送代240円を加えて4440円をネットバンキングで振り込む。

 で、今日の午前中に4本が届いた。落札から24時間以内に手に入るこの素早さ。恐ろしい時代だ。

 真新しいプラグを取り付けるとき、ガスケットがつぶれていく感触が好き。明日にでも取り付けてみよう。

9月10日

 土曜日の夜、夜勤なのに居酒屋に行き、ビールをがぶ飲みしたら案の定、眠くなり、仕事場のソファで横になっていたらいつの間にか3時半。付けっぱなしになっていたテレビでウルトラマン7が始まったので、見入ってしまう。基地とか戦闘シーンとか、ミニチュアであることがモロばれなのは置いておいて、とても40年近く前の映像とは思えない。走っている車がかっこいい。

 そういえば、中部ミーティングの日だったと思い出した。だれか行く人がいないかしら、とあちこちの掲示板を見ると、果たして富山の某氏が出かけるという。彼の所属するクラブは最近、耐久レースに打ち込んでいるので、極端に出不精というか、ほかのことに目がいかない状態なので、寂しいに違いないと勝手に心配して行くことを決心。仕事のスケジュールを見てみると、まあ、無視しても良いような内容だったので、丸1日休みを取ることにして、6時半に出発する。

 スキー場のホワイトピア高鷲が会場。岐阜県境にある今の住所からはかなり近い。幌を開けて、走り出す。

 愛知県と岐阜県をつなぐ愛岐大橋を抜けて快適に走り出したら、対向車がパッシングをしてきたので、スキール音が鳴るほどのハードブレーキ。後続車もパッシングをしてきた。のろのろと制限速度で走ると、果たして、警察がねずみ取りをやっていた。午前6時台の極悪取り締まりである。ありがとう、対向車。どこのだれかが分かったら、菓子折持ってお礼に行きたいところである。つかまっていたら、間違いなく泣きながら帰っていた。

 北の空はどんよりと重たそうな雲がかかっていて、ミーティング会場は間違いなく雨が降っていそう。国道156号を郡上八幡(あ、今は郡上市八幡町)に差し掛かると、ぽつぽつと降り出す。しばらくは開幌状態で走っていたのだが、市街地に差し掛かる直前で大降りになってきたのでオープンを断念。路肩に車を止めて屋根を閉める。

 傘がないことに気づき、ローソンに寄ってビニール傘を購入。大和町から県道や農道を走って会場に到着。

 8時半すぎに富山、金沢の某氏と合流。会場はけっこうな雨が降っているし、友人の顔を見たからもう満足、帰っちゃおうかと思ったが、ゲートで払った2000円がそれを思いとどまらせる。

 大雨の途中、やむ場面もある、という天候。天気が良ければ、いすを出して座ってうだうだと過ごすのだが、雨になるといる場所がない。立っているしかなくて疲れてしまう。こればかりは致し方ない。

 電動屋根のロードスターを初めて見た。なかなかうまく出来ている。ロックを1カ所外してボタンを押すだけ。簡単に屋根が開く。開け閉め実験を見物していたら、突然の大雨。運転席の人があわてふためいていたが、あっさりと屋根が閉まる。けっこうかっちりした出来栄えで、高速道路が快適そう。

 ショップを回るが、めぼしいものは発見できず。さすがにファンネルソックスは出店には売っていない。

 明宝のフランクがおいしかった。五平餅もなかなか。

 雨でテンションが最低レベルだったこともあって、ロードスター関連のことは、あまり印象が残っていない。あとは、子どもって成長が早いなあ、ということぐらいか。

 2時前には会場を後にする。北陸組とは会場出口でお別れ。下道を走り、せっかくだから岐阜のオートバックスの中古屋と、スーパーオートバックスに寄ってみる。中古屋にはなぜかオリーブボールの車高調DOGTOOTHの中古があった。安かったら買っていたかもしれない。タイヤ類は新古品が多く、これといって良い出物はなさそうだった。スーパーオートバックスもぐるりと店内を一周回って出る。

 あまり寝ていなかったこともあって、帰ったらすぐ意識を失った。起きたらちょうどF1が終わる時間。歴史的瞬間を見損なった。

8月14日

 世間はお盆で連休中らしいのだが、いつも通り問答無用でお仕事。それでも世間が休みだとあまり仕事がない。午前中いっぱいをごろごろして過ごし、昨日のツーリングの疲れを癒やす。僕が経営者なら、こんなぐうたら社員はクビにする。

 北朝鮮産のアサリを中国産として売っていた会社の社長らが逮捕された。いま北朝鮮といえばテポドン発射試験だが、やっぱりこのニュースもテポドンに関連しているという。

 ミサイル発射実験を受けた北朝鮮への嫌がらせで、市場にも圧力がかかっているという。北朝鮮からはカニや松茸が入ってくるのだが、北朝鮮への風当たりが強くなった最近は、中国を経由して「中国産」と偽って売っているらしい。例えば輸出を禁止している中国の木炭が大量に日本に入ってきているのだが、あまりうるさく規制された話は聞かない。市場の魚屋さん曰く、北朝鮮産だけ正しく表示するよう指導があるらしい。「自分の扱った商品で変なことを言われるといやだから扱わない」と魚屋さん。

 ちゃんとした業者は圧力がかかれば手を引くのだが、中小の業者は儲け時、このときばかりとがんばる。今回は正しく表示するよう求めた指導を無視したから逮捕されたという。すると、同じようにやっていた業者はこれはやばい、と手を引くことになる。1回の逮捕でしばらくは北朝鮮産の物産の市場からの駆逐が成功する。ま、良いか悪いかは別にして、公の権力の一端をかいま見ることはできる。

 これから松茸、カニのシーズンを迎える。カニなんかはロシア産よりは質が良かったらしい。例年より高かったら、もしかすると、テポドンのせいかもしれない。一見、自分には関係のないと思っているニュースでも意外なところで影響が出るのである。

8月13日

 久しぶりにフルに休める1日。もちろん、昼過ぎまで寝ていたことは言うまでもない。それからもぞもぞ起き出して、飯を作って喰らい、まだ見ていなかったHot
Versionを見ていたら夕方。

 久しぶりにでたらめツーリングに行きたくなって、午後5時前に出発する。夏は日が出る前の早朝か夕方から夜にかけてのツーリングが気持ちよい。昼間は地獄。

 ロードスターには満タンの燃料が入っている。どこにでも行けちゃう気分。とりあえず、ぐにゃぐにゃしたワインディングをぶっ飛ばしたかったので、岐阜方面へ。

 岐阜から福井、金沢まで通じている国道157号は、通行止めで通れないらしい。途中、国道なのに道路の上に川が流れているぐらいの秘境らしいので、果たしてロードスターで完走できるかは疑問だが、一度は走ってみたい道である。

 いかんせん通行止めなので、国道303号に向かってみる。岐阜から滋賀県木之本町まで行くことができる道である。

 もらったMP3カーステでローリングストーンズをかけてぶっ飛ばす。愛岐大橋を通って、関市から西へ。山県市を抜けて本巣市。国道303号に入ると「通行止め」の電光掲示が。この前の大雨で崩れたのかもしれない。通り抜け不可である。

 気を取り直して進路を南に取り、池田町へ。池田山の山麓をぐるっと回るように走る良い道を発見。標高100メートルほどの良い眺望がある道を回り込んで、21号のバイパスへ。伊吹山ドライブウエイの前を通過すると国道365号になる。このあたりですでに日没を迎えているので、引き返しても良いが、何となく琵琶湖を見てみたい気分。

 長浜市へ。長浜というか、黒壁スクエアになんとなく引っかかる気持ちがあるので、市街地を通らないようにそのまま365号を走る。途中、適当に曲がって虎姫町から国道8号へ。北上すると暗闇に街の光を反射する琵琶湖が見えた。国道303号へ。地図で見る限りでは素晴らしい眺望がありそうな奥琵琶湖パークウエイも通行止めの表示。仕方がないから、そのまま303号をひた走り、国道161号へ。

 湖周道路をところどころ経由しながら、琵琶湖西岸を南下する。お盆休みらしく、湖岸では花火で遊ぶ人たちが多かった。高島市をすぎた辺りで、大渋滞に巻き込まれる。レジャーを楽しんで、京都大阪方面に帰る人たちだろうか。

 30分ほど渋滞に巻き込まれる。こりゃかなわん、と、湖沿いの県道を発見して細い道をひた走る。再び国道161号に入るとスムーズに流れていた。大津市内ではやっぱり県庁所在地ということもあって交通量が多く、国道1号に至るまでにかなりの時間を費やした。

 おとなしく国道1号を走って帰るわけがない。琵琶湖を離れて、信楽へ向かう県道へ。細いワインディングだが、信号もなくスムーズに走れるだろうと判断。んが、前に軽自動車がいて、詰まってしまう。後ろのMR-Sもいらいらしているみたいなので抜くことに。

 ストレートに差し掛かり、抜きにかかるとここでトラブル発生!

トラブル発生!

 2速にたたき込んで対向車線に出、軽自動車に並び掛けたところで7500回転ぐらい。シフトアップしようと思ったそのとき、異変が。「しゅご」っと変な音がして、シフトアップするも、回転落ちが悪く、アクセルもなんだか軽い。後ろのMR-Sも、同時に追い越しにかかったので、ぴったりと後ろに付いてくる。

しゅご

 とりあえず、ハザードランプを点灯させて、様子を見る。とはいえ、2速を回しきって3速に入れたスピード領域なので、安全なスピードではない。

 なんだか3気筒になったばらつきがしたから「ああ、ブローしたな」とあきらめた。1年近く放置していたし、エンジンオイルも交換してから3000キロ。オイルが減る傾向があるのに、最近はオイルの量もチェックしていない。「チューニングエンジンなのに、5万キロ近くも走ってまだまだ回るなあ、などと考えながら走っていたので、頭の中では山道のまっただ中で不動になったロードスターをどう持ち帰ろうかと、いろんな思考がぐるぐると巡ったのである。

ああ、ブローしたな

 が、アクセルをあおると、変な回り方だが回転が上がる。クラッチをつないでみると、駆動力が伝わる。トラブルを起こしながらも、エンジンはまだ何とか生きている。

 もしかして、このまま走って人里まで行けるかしら、と一瞬思ったのだが、3回目ぐらいのブレーキで再び異変。タッチが突然堅くなり、ブレーキブースターの死亡を確信する。

 ブレーキがまとも利かないんじゃ危ないので街灯がある交差点に力一杯ブレーキを踏んでなんとか停車させる。

 停車させたロードスター、エンジンがそのまま死亡するかと思ったら、なんと、まだアイドリングしている。ブローしたにしては、白煙も上がらない。「ぼろぼろぼろ」といよいよ3気筒の音がしてトラブルが起きているのは明らか。エンジンフードを開いて確認してみると、一目瞭然だった。FCSSの画面を見てみると、吸気圧が大気圧に近い数字を示している。やはり。

 3番気筒のエアクリーナーのてっぺん部分がなくなっていたのである。古くなって崩壊したエアクリーナーのスポンジを、吸気ポートに吸い込んじゃった。スロットルが完全に閉まらないから負圧が発生せず、ブレーキブースターも作動しなかったということか。それにしても、スロポジ制御だからしぶとくエンジンが回るが、Dジェだったら、すぐにかぶってエンストし、MR-Sに突っ込まれたかもしれない。

 携帯電話の光で照らして確認すると、果たしてスロットルの奥の方にエアクリーナーの残骸が。

 エンジンを止めてファンネルを外し、手でつまんで引っ張り出すと、なくなっていた部分が丸ごと出てきた。エンジン内部には吸い込まなかったらしい。不幸中の幸い。ほかの気筒のエアクリーナーもちぎるようにすべて外してエンジンを掛けると普通にアイドリングした。ブローはブローでも、エンジンではなく、エアクリーナーであった。確か3万キロぐらい使いっ放しである。スポンジが堅くなって限界に近いことは分かっていたのだけれど、もったいない(いや、お金がない)からそのまま使っていた。というか、ファンネルからはずすと崩壊しそうだったから、あまりいじらないようにしていたのである。

 ファンネルにかぶせる形のエアクリーナーは、2万キロごとに1回ぐらいの割合で替えなければならないだろう。触れば劣化がわかる。

 エアクリがなくなったエンジン、とっても調子が良くなった。何より、音がちょっとレーシーに。アイドリングも抵抗がなくなって200回転ぐらい上がったこともあり、圧倒的に失火が少なくなって安定し、パワーとレスポンスも感じ取れるぐらいアップ(いや、音がでかくなって錯覚しているだけか?)。触媒&ノーマルマフラーで最盛期の2割近くパワーが落ちているはずだったがエアクリでもけっこうな損失らしい。排気系がきちんとしていれば相当なパワーが出そう。

 国道307号に至り、日野町から国道477号へ。鈴鹿スカイラインをぶっ飛ばす。タイトなコーナー以外は上り坂にもかかわらず、3速で十分なパワー感があり、2速に入れなくてもけっこう走る。容量アップラジエーター&石井自動車のでかオイルクーラーの効果もあって、ワインディングのきつい登りにもかかわらず、水温は95度、油温90度。安心しきって峠を越え、三重県菰野町。国道306号を北上し、国道421号。県道などを駆使し立田大橋へ。愛西市のたんぼ道を北上し、東海大橋たもとから木曽川堤防道路へ。江南の自宅に戻ったのが午前1時すぎ。

 メーター読みで355キロを走った。4.1ファイナルで5%ほど距離が狂っているから実際は380キロ弱走ったことになる。

 久々のでたらめツーリングでストレス解消。

8月8日

 異動によって、普段の半分の人間で職場を回さなくてはならず、残った人間の中では僕が一番年長なので(みんな非常に若い。といっても4つ違いだか)、これはがんばらなければならないと一生懸命ネタを仕込んで異動発令の8月1日にぶあっと大量放出したら、逆に仕事が余ってしまった上に、若い2人は危機感をまったく感じていないらしく情けない仕事量だったので、なんか僕一人だけが仕事をしているような情けない状況になってしまった今日この頃。山場を乗り切って今日は休み。んが、普通に仕事をしていた。

 世間ではカメダでけんけんがくがくの議論が起こってようやく一段落したところだが、僕にとってのカメダとは、86N2決戦に出場した最強プライベーターの亀田であって、決してボクサーではないのである。

 2002年ぐらいのN2決戦のビデオ、VHS(まだDVD環境がなかった)のテープが伸びるぐらい見たもんだ。その後の決戦よりも圧倒的に映像が作り込んであって面白かった。各車の紹介では、エンジンルームの映像とともにエンジンスペックの紹介とエンジン空ぶかしの様子が収められているのだが、亀田号だけ別格。レーシングカーの音がしていた。見た目は優しそうな好青年なのだが、走ると危なげな走りで車とともに速いプライベーターにぞっこんになったことを懐かしく思い出す。

 あのレスポンスを求めて4スロを組んだのだが、見る影もなくあまりレスポンスが良くないエンジンになってしまった(あ、空ぶかしの話しね)。スロットルの口径、圧縮比、燃焼室とポートの形状などなど、たくさんの要因はあるだろうけれど、素人がいい加減に作ったエンジン、4万キロを超えてもなお回ってるだけでもありがたいと思わなければならないだろう。

 最近亀田号は出場していないが、たぶんお金がかかりすぎるからだろう。がわだけハチロクの化け物マシンが普通になってしまったから(とはいえタイムはそれほど変わっていない)、プライベーターにはきついかもしれない。プライベーターがレースを続けていくにはやっぱり、間瀬の耐久レースぐらいのレギュレーションは最低限必要かもしれない。

8月6日

 61回目のヒロシマ原爆忌に心の中で祈りを捧げつつ、うれしかったことを2つ。

 田中康夫がついに落選した。ようやくか、と思いつつ、きちんとした選択をした長野県民に拍手を送りたい気分である。

 田中康夫が当選した直後、僕は松本にいた。「みずすまし」発言などと言ってももう誰も分からないかもしれないけれど、それまで知事を長い間務めていた吉村
午良さん、というかそれまでの長野県庁に反対する勢力、経済界の人物が中心だった、が、田中康夫をまつり上げた。そして当選。当時は、田中は田中でも田中秀征の間違いで「田中違い」と言われたものである。

 で、圧倒的な支持で選挙を勝った田中康夫だったが、僕は冷ややかな目で見ていたのである。なぜなら、間近で見た田中康夫知事が、とても信頼できる人物に見えなかったから。

 2001年5月22日の「日常」。

> 初めて見たのは昨年の9月ごろか。一目見て、自分とは相容れない
>雰囲気を感じた。人と会ったとき、その人から受ける「印象」というもの
>がある。「におい」といってもいいかもしれない。この人から受ける印象
>は、最悪だった。

> 何とか宣言、だとか、普段言っていることはきわめて「正論」だから、
>余計にしゃくにさわるんだけれど。

 5年前の僕は、直感で田中県政のインチキぶりを感じ取っていたらしい。確かに、話をしている途中に目をうろうろとそらす態度が、「詐欺師」という印象を僕にかなり強く与えていたことを覚えている。その直感は正しかった。

 2001年7月4日の「日常」。

> 昨日の夜、安曇野の某所で田中康夫知事を見た。何度か見ているけ
>れど、同じ話ばかりする。集会に集まってくる住民も見たことのある顔が
>多い。よく飽きないもんだ。僕は飽きました。

 2001年10月21日の「日常」。

> なぜか、今日の午前中はJR長野駅前にいた。長野市は今日から、市
>長選挙に突入したのである。異星人、田中康夫が知事になってしまい、
>ショックを受けた現市長が「オレの時代じゃなくなった」と半年ほど前、突
>然の引退表明をしてしまったから、さあ大変。「しかるべき」人たちを権
>力の座に推していた街の実力者たちは困った。数カ月前から、いや数
>年かけて選挙の準備を進めても、ちょっと有名なやつが直前になって立
>候補すると、一気に逆転されてしまうという悪夢が実際に起こったのだから。

2001年12月5日の「日常」。

> 今日は10時にある場所に行かねばならなかった。やっと起きたら10
>時。景色が微妙に揺らいでいた。あわてて10時15分にその場所に行
>く。なぜか田中康夫が阪神大震災のことを話していた。

> 話自体はまともで、もっともなことばかり。酒臭い息を吐きながら聞き、
>終わった後にちょっとだけ話をした。

> 近寄るのさえ、嫌なのに。

2002年5月22日の「日常」。

> 昨日は同期と飲みに行ったものの、ビール4杯に留めて置いたから今
>日の朝はそれほど不快ではなかったのだが、なぜか長野県知事の田中
>康夫の顔を見てしまったから、一日中不快な気分になってしまった。

2002年7月22日の「日常」。

> 田中康夫が去った県庁は平和そのもの。県職員は9月までの平和な
>ひとときを、穏やかな気持ちと表情で過ごすんだろう。田中康夫と彼と
>仲の良いタレントが焼き肉を喰らって信州の農産物をPRするポスター
>がある。これは、県政私物化の象徴のようにも感じたものだったが、主
>なき今、きちんとはがされていた。

> ほかの県知事候補の話も出てくるようになった。なかなかおもしろくな
>りそうなのに、名古屋に引っ越すのは敵前逃亡のようで、少し気が引
>ける。

 田中康夫知事が言っていた政策は正しい部分もあった。机上の空論もたくさんあったけれど。けれども、実践できてこそ、「結果」であり、県議会とがちんこでけんかして、自分の思いがこもった事業をことごとく否決されるようでは、なんにも前進できないのである。「県議会議員って必要なの?」という議論は大切なのだが、地方自治法で定められている以上、その範囲内で自分の夢をいかに実行できるかという能力が求められているのである。田中康夫知事は、夢を実現する能力に欠けていた。所詮、人の発言や行動にちゃちゃを入れる評論家だったということでしょう。

 新しく知事になった村井仁さんは、松本で会ったことがある。前衆院議員で、郵政民営化法案に反対票を投じて、その後の選挙には出馬できなく、政界を引退していた人である。まじめな人で、衆院議員のわりには誠実にいろいろな話を聞いてくれる人だと思う。長野県政に新しい風を吹き込めるか、といったら、そういうことまではできない人だと思うけれど。

 もう一つうれしかったことはF1。ネタばれになるから書かないけれど、感動した。

7月31日

 においが問題になっていた我がロードスター。サージタンクもない4スロ仕様でにおいなんて気にするんじゃないよ、と突っ込まれそうだが、気になるものは気になる。

 で、油温計や水温計、バキューム計を取り付けたときにできた大穴はふさいだのだが、まだ臭う。走り始めは良いのだが、あちこちが暖まり始めると臭ってくる。

 臭いからギアオイル系ということが分かるので、やっぱりミッション周辺でしょう、と考えて、ダストブーツやインシュレーター、ついでにスプリングシートをディーラーで購入。仕事をさぼってちゃちゃっと取り替えてみた。

 センターコンソールを外すとシフトレバーの根本を覆う形のゴム製のインシュレーターが現れる。チェックしてみると、もうゴムがぼろぼろになっていて、穴だらけ。あってもなくても変わらないぐらいの劣化具合であった。この部品で車外と車内が分けられているので、この部品がぼろぼろであれば、車体下回りからの臭いはダイレクトに車内に入ってくることになる。

 ボルト4本を外してインシュレーターを取り外す。その下にダストブーツ。ここのゴムも崩壊していた。ということは、室内にギアオイルがあったと同じことなので臭いはずである。

 ダストブーツを外すとシフトレバーが外れる。本当なら、シフトレバーの根本はギアオイルが満たされているはずなのだが、からっぽ。ダストブーツが崩壊して、ミッションから伝わった熱で暖められたギアオイルが徐々に揮発して車内に侵入していたのだから臭いに決まっている。

 数年前の走行会の景品としてもらったクスコのLSD用オイルをなみなみと注いでやる。いくら密封状態でも、ちょっと古くなったので、ちょうど良い使い道である。んが、ほとんどが余ってしまった。

 ダストブーツの形状は変更されていたが、きちんと取り付けることができた。ゴム製で、シフトレバーに取り付けるには大変そうな形状をしているのだが、シフトレバーにグリスを塗ったらすぽっと簡単に取り付けることができた。インシュレーターも取り付けてコンソールを戻し、完成。

 しばらく走っているが、やっぱり臭いはあまりしなくなった気がする。走行距離が10万キロを超えているロードスターなら一度、チェックしてみて損はない。ちなみにクスコのオイルのおかげか、シフトがとても軽くなった。シフトフィール悪化で悩んでいる人は、ギア本体のオイルだけでなく、シフト根本の普段替えることのないオイルも替えてみると良いかもしれない。

7月27日

 29日には間瀬の耐久レースがあるので、ぜひともサポートに出かけたいのだが、8月1日付で大規模異動があって同じ管内の4人が対象になってしまい、ということは新しく来る人たちが赴任して仕事に慣れるまでの半月ほどは、その4人分の仕事を残った人数でこなさなければならないということであって、ようするに8月に入れば2、3カ月の間はゆっくり休みさえ取れない状況に追い込まれる。だから、29日はまあ、少しは仕事をしなくてはならないものの、プライベートな時間も少しだけ取ることができる最後のチャンスであるので、10日前に発生したトラブルの後始末に時間を割くのが最優先である今、間瀬の耐久レースをお手伝いすることはできないのだ。非常に残念だが、仕方がない。短い人生、優先されるものごとの順に一つ一つこなしていくほかないのだから。

 で、こんなくそ熱い時期のレースなのだから、波乱が予測される。とりあえず、トラブルさえ起こらなければ、それだけで上位な気がする。とりあえず、ちょっと容量をアップしたラジエーターを取り付けて、エアコンのコンデンサが付いていない状態ならば、水温100度は超えることはないだろうけれど、心配なのがドライバーの熱だれである。最低でも長袖長ズボンが求められるし、前回のレースが中止になった現場を目撃した人であれば安全対策できちんとスーツを着込むはず。GT選手権みたいにクーリングスーツがあれば良いが、アマチュアレベルのレースではそんな装備があるはずもない。灼熱の中で数十分ステアリングを握るのは非常に過酷。乗る前の水分補給だけは忘れないようにしないと、絶対やばい。

 とにもかくにも、全参加車が無事でありますように。

7月16日

 マツダのディーラーに行って、ぶち折れてしまったファンスイッチやシフト回りの部品を注文に行く。夕方、5時ぐらいだったのだが、デミオを止めて部品番号を書いた紙を探してごそごそしていたら、従業員のおねえさまが雨の中を外に出てきて「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。まったくもって儲からない客なので、そこまでしてもらうと恐縮である。それでも、お客をもてなそうとする姿勢に好感を抱いた。

 店員の姿勢が良いからなのかは分からないが、お客さんがけっこういた。MPVが新発売されたからなのか。

 それでもキャッチフレーズのDRIVER’S MPVというのにはちょっと違和感。どうせミニバンに乗るのなら、ちょっとごまかしてクイックにした乗り味より利便性が高い方がうれしい。100メートル走れば違いが分かる、とのことだが、RX-8やロードスターでない限り、普通の人が感じ取れるような違いはないでしょう。感じ取れるとすれば、それはクイック感の演出であって、ごまかしにすぎない。

 木曜日には部品が届くという。支払いは、松本にいたときに作ったMAZDA M’sカードで。カードの支払い、ということじゃなく、カードにたまったポイントで支払うのだ。2万ポイントはたまっているはずなので、今回の部品代ぐらいは簡単に支払えるはず。

 カードを機械に通してピッ、で終わりかと思っていたら甘かった。どうも、建て替え払いをしておいて、ポイントのキャッシュバックを申請して後から振り込まれる形式らしい。ITの時代なのに、めんどくさい。