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9月14日

 さあ、走行と日曜日午後、間瀬のピットでヘルメットを袋から取り出して中をのぞいて思わず「きゃあ」と叫んじゃった。

 ヘルメットの中身がカビまみれ。そういえばこの夏、放置しっぱなしだったっけ。レースから帰ってきて、干した記憶もないから、かびて当たり前か。すでに走行時間は始まっていたから、あわてて中を手で払って、息を止めてかぶる。かびの臭気が立ちこめる。

 相棒のべいべとともに間瀬で練習。8月の1カ月はまったく車のことも考えずに仕事していたから、リハビリしなくては、と気合いを入れて臨むが、一枠目は雨上がりのヘビーウエットで、しかも赤旗も出て不発に終わる。2枠目の最後でようやくドライになり、べいべがそこそこのタイムを出す。3枠目、べいべの助言を元にセッティングをいじったら、どうも裏目だったらしく、いまいちなタイムで終了。走り、というよりはセッティングがいまいちな感じだったので、気を取り直す。

 4枠目、再びセッティングを変えたらべいべ、まあまあのタイム。まだ改善の余地がありそう。地道にセッティングとるべ。

 そして今日、月曜日。出勤前にかびたGP-5Sを洗ってみる。ヘルメットの中身は取り外せないみたいだったので、洗濯機に水を張って洗剤を入れて、どぼんと放り込んで、そのままでは強力な浮力で浮いてくるから一緒に洗面器を放り込んでふたを閉め、完全に沈んだ状態でつけ置き洗い。

 お昼に時間があったので、家に戻ってまずはヘルメットを洗濯機から取り出して、洗剤臭いのもいやなので、流し台で流水にさらしてすすぎをする。もう良いだろうと取り出して、中身のスポンジを何度も何度も絞るのだが、いくらでも水がしたたってくる。

 時間もないのであきらめて、流し台の上につるして、除湿器を近くに持ってきて、風が当たるようにセット。うまいこと乾いてくれないかしらん。

9月11日

 7時から飲みに行くぞ、と突然、ボスに言われたので、けっこう仕事量があったけれども、ばっさばっさとこなして何とか間に合うように居酒屋にいくぞ!と取り組もうとしたら、やはり前日にやった深夜麻雀の後遺症で県庁のいすで意識を失っている時間もあり、時間ぎりぎりで県庁を出て、走って居酒屋に向かった。

 釣り好きな人がやっている居酒屋で、釣り好きなボスにとってはたまらないわけだ。僕にとっては、金曜日ビール半額!がたまらなかったので、席に着いた途端、かぱかぱとビールを飲む。選挙関係の仕事も一段落して、内閣ができるまでのつかの間の休息タイムをまったり過ごす。

 ボスはこちらがうっかりしていると、過去の仕事の自慢話がトップギアに入ってしまうので、適切に今の話題や趣味の話を振って有意義な時間とした。ものすごい勢いで飲んだので1時間ちょっともすればほろ酔い気分。総曲輪のショットバーにも寄って、早い時間に切り上げて、家に帰って意識を失った。

 で、早朝の中途半端な時間に目が覚めて、こんなくだらない文章を書いている僕。ようやくこの土日に連休が取れるので、次のレースに向けて本格始動だ。T.O.Racing
Factory
の協力を得て、準備に抜かりはない。次も勝利を目指して、持てる能力と時間と(お金もね)を駆使して、準備をやり尽くしてグリッドに並ぶのだ。

T.O.Racing
Factory

9月10日

 同業他社の人が選挙の打ち上げで飲みに行こう、というので、夜の新富町に繰り出した。

 紅ズワイガニとサンマの刺身でも食べようかね、ととびっきり新鮮な刺身をお得な値段で出してくれる安居酒屋へ向かったのだが、満員。木曜日なのに、なんだか街に人が多くて富山じゃないみたい。

 仕方がないので、老舗居酒屋が最近出した別館のおしゃれ居酒屋へ行くも、こちらも断られた。仕方がないから普通の居酒屋へ行き、刺身盛りと焼いた紅ズワイでビールを大量に摂取する。そこは富山、普通の居酒屋とはいえ、刺身もカニもとてもうまい。

 さあ、そろそろお開き、という時間になって、麻雀のお誘いがあり、メンツが足りないというので仕方がないなあ、と参戦することに。午後11時半ぐらいから3半チャンをこなして午前2時半。勝負といえば、倍満をリーチして上がったら、実はリーチ後の捨て牌に当たり牌があったというチョンボで上がれなかったのと罰金で-24000点を奪われたためにちょっと負けた。ま、大勝ちするよりは、ちょこっと負けているぐらいの方が気が楽で良い。

 金曜日ももちろん出勤なので、早く寝なきゃと焦る午前3時半。

9月9日

 ロードスター20周年ミーティング。もはや、申し込み期限が終わっていたのね。

 選挙も終わったことだし、5連休がらみだから参加しようと思えばできた。んが、やはり今、一番の優先事項は10月4日の間瀬耐久。時間が余っているならば、すべてそちらに振り向けたいので、今回は見送った。30周年ミーティングへの参加を目指そうかしら。

 とりあえずくだらない仕事のことなんかはそっちのけにして(いつもか)、走りまくるのだ。

9月8日

 この1カ月、滅私奉公、自分の持てる能力をフルに使って、衆院選挙の仕事に打ち込んだ。ま、スーパーマンならばもっと素晴らしい仕事をしたに違いないのだが、自分の持ちごまを考え、そんなにない能力を使い切って、最大限のパフォーマンスを発揮させてきたつもり。人員がより多い他社と比べても、まあ、そこそこ闘ったかなという自負はある。人員がわらわらといる地元社にはかなわないけれど。

 そもそも、ただでさえ我が社の富山県内は経験不足な人員ばかりだったのに、そこそこ仕事ができるようになった人間を選挙前の8月1日付で2人も異動させて、中間管理職(この業界ではデスクと呼ばれる)も変えちゃった。なので、僕が下働きから中堅、管理職の仕事まで一手に引き受けざるを得なくなって、一般的なサラリーマンであればそこまでしないと思うけれど、1日12時間以上は働いて休みもなくすべての仕事をこなしたのである。

 普通なら、いくら大赤字の地域だって、商品のクオリティーを下げるようなことは避けるべきなのに、やってしまった会社。そんな現場無視のやり口をクオリティーを上げることであらがった僕。いや、まだ闘争は続いていて、代わりを引き受ける人材もいないまま、根性を出して仕事をこなしているのだ。

 で、今日は休日だったけれども、やるべきことがあったので、モチベーションが低いながらも、やっつけで仕事をこなして、夕方から休暇モードに入った。そうしたら、日付が変わるころになって、ばたばたとあれこれ難癖を付ける電話がかかってきて、本来ならば運命共同体として、どう解決に向かわせるかを一緒に考えるべきなのに、ひたすら現場に責任を押しつけようとする語り口についに僕の中で、何かが切れた。わーっと切れて暴れるような切れ方じゃないことは確かだが、堪忍袋がずたぼろになっちゃった。

 別に小役人的な電話の主への恨み言を書いているわけでは、ない。

 そもそも、この仕事自体にも疑問を感じるここ数年。普通の仕事よりも人間関係を深く築いて物事の本質に迫ることが求められるのだけれど、半面、ずっと同じ場所にいると癒着みたいになって、厳しいことが言えなくなるから、2、3年おきに転勤する。せっかく築いた人間関係も、距離が離れれば疎遠になるもので、なんとなく深く人間関係を築いて置いて、それを使い捨てにしている感じがして罪悪感を覚えてしまうのだ。

 どうも、僕の心情としては、同じ場所に根を張って、コミュニティーにも貢献したいし、いろいろな活動にも顔を出したい。が、異動が前提になれば、刹那の貢献はできても根を張った貢献はできない。

 仕事にやりがいがないわけではないけれど、少なくとも最弱地域の一つの富山にいる今は、ロードスターをさんざんいじってレースできるぐらいの給料が定期的にもらえるということだけ。でもね、お金だけを目的に人生を送りたくはないのだ。

 富山にいるのもだだをこねなければあと1年以内。おっさんに差し掛かった時期でもあるし、いくらこなしてものれんに手押しな仕事もそこそこにしておいて、今後の身の振り方を考えてみよう。

9月7日

 日曜日に、ようやく休暇を取ることができた。7月最後の土曜日に休んで、8月は16日の1日のみ。さらに半月たって、ようやく仕事も一段落して本当の意味での休暇となった。

 土曜日の夕方に仕事から解放されたので、気分転換に金沢に向かう。とりあえず、仕事から離れるには土地から離れるのが一番だ。けっこうおいしいご飯を食べて、スーパー銭湯の温泉につかり、こりまくった全身をマッサージでほぐしてもらった。で、あっという間に日曜日を迎える。

 とりあえず、昼まで寝て、部屋の片付け。2年分たまった新聞紙をビニールひもでからげて、70リットルのゴミ袋2つ分までため込んだビール缶を持って、呉羽の資源ゴミステーションに出掛け、部屋にたまっていたゴミをはき出す。ステーションを守るおじさん曰く「若い人は飲むねえ」だと。いや、ため込んじゃったんですよ、と頭をかくが、やっぱり量も多かったし、なおかつそれをため込んでしまったのだ。

 家にとんぼ返りして、再び新聞紙をビニールひもでからげる。到底1回で終わる量じゃなかったし、「そんなにためてたのか」とステーションおじさんにあきれられるのが嫌だったので2回に分けた。手が込んでいて、2回目は別のステーションに捨てに行くのである。

 午後3時まで営業の山室のステーションに2時55分ぐらいに到着したら、同じように時間ぎりぎりにゴミ捨てに来ていた人でごった返していた。みんな考えることは一緒だ。大量の新聞紙と、引っ越し以来ためこんでいた段ボールをからげたのをはき出す。

 久しぶりに工場で雅久号に触れて、仕事をまったく忘れて作業に没頭する。夜はビールを大量に摂取して意識を失う。

 休みがなくて凝り固まった頭と体をなんとかほぐすことができた休日でした。

9月4日

 北陸のロードスター乗りならば、おわらと言えばおわらサーキットのこと。が、全国的には民謡行事の「おわら風の盆」ということらしい。

 とにかく、知名度が上がってきて、全国から人が来るようになったものだから、その混雑ぶりも有名になってしまった。9月1日から3日間の行事に、20万人以上が訪れるという。八尾の街中の狭い通りを使って踊っているのに、ギャラリーが万単位で訪れればどんなことになるのかは想像に難くない。とにかく、車で行こうものなら渋滞で駐車場にたどり着くまでに大変な思いをし、駐車場から町まで歩くのに大変な思いをし、たどり着いてからも細長い町は意外に懐が深く、坂道を歩き回らねばならない。とにかく大変で、気軽に見に行こうというものではないのだ。

 そんな感じで、ことしも行けないな、と思っていたのだけれど、ふと考えると、来年9月に富山に住んでいるかは分からないのだ。仕事が終わってふらりと行く、ということはできなくなるのだから、無理をしてでも行ってみようと、車で向かう。

 到着した3日午後11時は、ちょうど公式には行事が終わる時間。が、観光客でごった返す中の踊りで飽き足らない人たちは、夜中に自発的に出てきて踊っていて、それこそ風情があるという。次の日も仕事なので深夜までいるわけにはいかないが、それぐらいの時間に行けばまだ踊っているだろうし、観光客も引けてきているだろうしと期待して八尾の街中にたどり着くと、なんのまだまだ観光客でごった返していた。

 激しく興ざめだったけれども、それでも胡弓と三味線、太鼓に唄い手と囃子の声の哀愁を帯びたハーモニーに勇壮な男とたおやかな女の踊り手。多くの人が見に来たがるのも分かるなあ、と納得。

 人の家の軒先に寝っ転がってまで夜中の踊りを見たい(撮りたい?)気持ちはあまり分からなかったが、また行きたいと思わせる街並みだった。また、散歩にでも出掛けよう。

9月3日

 フィジコがフェラーリに移籍するなんて、という、遅咲きシンデレラストーリーに胸が高鳴る今日この頃。ジョーダン時代からずっとウオッチしてきたドライバーなので、イタリアンにとって本望なチームで走ることができるというニュースは、とってもうれしくなる一報。シューマッハの復帰にはかなわないけれど、耳目を集めるニュースだ。

 ティフォージからのプレッシャーは大変だと思うけれど、うまく立ち回ってほしい。間違っても事故とかはなしで。

 最近、F1でおっさんが活躍しているニュースを聞くと、うれしくなる自分がいる…。

8月31日

 仕事終わって仕事場でぷしゅっとビールを飲んで、みんなが帰ったのでソファーに寝っ転がって選挙番組からチャンネルを変えたらF1がやっていた。ライコネンをフィジケラが追いかけていて、「ありえねー」と思った次の瞬間には意識を失い、次に意識を取り戻したのは朝。朝までがあまりにも瞬間だったので、あまり寝た気にならなかったけれど、県庁に出掛けたりしてお仕事に没頭。

 期間中の緊張感からは解放されて、なんだかんだと夜まで仕事をしていたけれど、気分的には楽。体はぼろぼろ。

 温泉にでも入りに行くかね。

8月29日

 ぶっ倒れて死ぬんじゃないかしら、なんて思っていたけれど、何とか乗り切ってしまいそうな投票日前日。明日、有権者の皆さんは午後8時までがお仕事。僕らはそれからがお仕事。

 新型インフルエンザの流行まで全国に遅れがちな富山県だけれど、今回は接戦の選挙区が2つもあるためか、あそうさんに、はとやまさんまでが来県した。まさに流行最先端。2人とも演説を聴いて写真を撮った。二大政党のトップだけあって、どちらもさすがだった。

 さて、富山市の選挙と言えば、大臣まで務めた人が、個人演説会で土下座。選挙戦で動きまくってやせて小さくなって、街頭に立ちすぎで日焼けをしているから余計に小さく見えてしまう人が、演説の最後にぺたんと板張りの地べたに土下座して頭を下げる姿は、正直、美しくはない。特に、自民の演説会に動員される人は年寄りばっかりなこともあり、若人ばかりであれば、板張りの床に座らせておけば良いのだけれど、足腰が悪くなった人が主とあらば、会場にはいすが並べられる。いすが並んだ会場の最前列で土下座をすると、はっきり言って、最前列の人は土下座をした人よりも目線がかなり高くなって見下ろす形になってしまってばつが悪いし、2列目以降の人は、土下座した姿が前の人に隠れて見えないしで、果たして土下座する意味あるのかよ、な図になってしまう。とにかく、ここに来て、どぶ板選挙が甚だしくなって、さっき午後11時半ぐらいに城址公園前のセブンイレブンに行ったら、城址公園の角に選挙カーを止めて、その下で大声を出しながらまだその大臣経験者が手を振っていて、かなりどん引きしたのだが、そんな努力も吹き飛ぶ民主の風よ、という結果になりそうである。

 偉い人が土下座をしていると聞くと「そこまでして権力の座に居座りたいのかよ」と思う人がほとんどだと思うけれど、実際に見ている僕としては、たぶん、郷土・富山のために働きたい、という強い思いもあり、周りから「土下座しられよ」と、し向けられていることもあるんだろうと思う。いやいや、代議士のお仕事も本当に大変。

 同情する僕もいて政権変わっちゃえ、という僕もいる。明日の投票所に行き、投票用紙を前にしながら、どちらの名を書くか決断しよう。