全社一斉休みの日だったのに、朝から仕事。2つ仕事をして、家に帰ってきて昼飯のチャーハンを作ろうと、冷凍ご飯を解凍したりしていたら、上司から電話。仕事を言い渡されてしまう。いつもならブルーな気分になっちゃうのだが、今日はどうせ仕事をしていたのだし、呼び出しの手当が付いて出勤日になるので、ちゃちゃっとチャーハン調理セットを片づけて、るんるん気分で出発した。
午後10時半頃に一宮の仕事場に上がると、半田のボスが酔っぱらってソファに座っていたので、いやな予感がした。いや、顔を見た瞬間、あきらめたと言った方が正確かもしれない。
日中は仏のように人格者なのだが、アルコールが入ると、しつこい酔っぱらいに豹変することで有名な人。酔っぱらって行方不明になったとか、寝過ごして終点まで到達を一日3度繰り返したとか、武勇伝には事欠かない。
名古屋の本社で会議があって、その後の懇親会と称する飲み会でさんざんはしごして浴びるほど飲んだに違いないのである。普通だったらそこで「じゃ」と軽くあいさつして家に帰るのが正しい人間なのだが、わざわざ正反対方向の一宮までやってきて、にこにこしてソファに座っているのだから、名古屋での飲みで酔っぱらいモードのスイッチが入ったに決まっている。もう逃れることはできない。
夕方に突発的な仕事が入り、ばたばたと過ごして疲れてようやく引き上げたところで、やらなければいけない仕事を深夜までかかってやろうとしていたところなので、このまま飲みに行ったら大変なことになってしまうことは明白。が、逃れられるものでもないので、きっぱりあきらめて、後は明日考えることにする。
市役所近くの洋酒屋に行ってジャンクな朝昼晩兼用食とともにビール。12時半に追い出されて、向かいのビール屋へ。ここも1時半に追い出され、ようやく仕事場に戻ってきた。僕もかなり良い気分になっている。
半田のボスとの飲みにも参加せずに仕事をしていた後輩が捕まった。「仕事場の人と飲みに行くのはあまり好きじゃない」と今時の若者らしい後輩も、あっという間に攻略され、なぜか僕もしっぽを振ってついて行き、再び夜の街へ。本町通りのバーで再びビールをがぶ飲みする。
午前4時前にようやく解放された。
ラジオで、名鉄犬山線が岩倉市内の事故で止まっているという情報を聞き、警察に場所を聞いて現場へ行く。どっかの刑事映画の「事件は現場で起きているんだ!」の台詞の通り、どんな仕事であってもまず現場である。
踏切という踏切の遮断機が下りたままになっていて、事故現場近辺はちょっとした混乱が起きていた。裏道を駆使して近づくと、赤い列車が止まっているのが目に入る。
車を止めて歩いて現場に近づく。飛び込みだった。
……、、、。なんと言うか、行くんじゃなかった。
以後、なんとなく貧血気味な今日一日。
携帯電話の番号持ち運び制度が始まった今、8年ぐらいつかってきた殿様商売Docomoを捨てて、auに乗り換えたい。が、それが仕事上の理由でできない。この理不尽さ。
今の部署にいると、昔のパソコン通信でつかっていたプロトコルを使わなければ仕事結果を上司に送ることができない。パソコン通信時代のプロトコル「Microcom
Networking Protocol」(略称MNP)が使えるmovaのデジタル通信カードを使わなければならないのである。略すとMNP。MNPと聞くと今は持ち運び制度だが、僕はこちらの方を思い浮かべてしまう。
携帯電話での通信速度は9600bpsだ。2400bpsが標準だった時代、携帯電話での通信は高速通信の部類だったのだが、そんな時代は12、3年前に終わってしまった。徐々に進化していく回線速度に取り残されてしまっている形。基本的にテキストデータを送るだけだから9600bpsで十分なんだけれど。
普段、上司が使っている機械を最新型にしてもらえれば、インターネットにさえつながればFTPで仕事結果を送ることができるようになるのである。会社が経費をケチって地方の仕事場に新機械を導入しない。以前なら、携帯電話は会社所有でまったく費用負担がなかったので問題なかったのだが、ちょっと前から個人所有にされて通話料を請求する形になっている。個人所有になったのに、自由に端末を選べないこの理不尽さ。AirHでMNPの通信はできないのかと試行錯誤してみたが無理みたい。
という小難しい理由を先に書いちゃったが、もっとも乗り換えたいのは、いま住んでいるところで電波状態が悪いからである。仕事の電話がかかってくると、慌てて窓際まで走らないときちんと通話ができない。PHSのように室内アンテナを設置できないものかとDocomoに聞いたことがあるが、アンテナはあることはあるのだけれど「携帯電話までの間が有線になります」だって。問題外。
だから、早く乗り換えたい。
乗り換えるなら、選択するのはauであって決してSoftbankではない。Softbankほど、消費者問題を数多く引き起こす企業も珍しい。利益優先というか、血が通っていないというか、何もかもが急ごしらえというか。Yahoo!BBのモデム配布商法が各地の街角で横行していた数年前、あまりにもひどいと苦情が多く寄せられたので、東京の本社の広報担当者に話を聞きに行ったことがある。何度かそんなことをやったのに、やっぱり体質が変わらないようなので、一消費者としては絶対に選択はしたくはない。
パソコン本体のモデムで固定電話の回線をつかっても仕事結果を送ることはできるので、普段なら携帯電話から送れなくても支障はないのだけれど、「いざ」ということがおこってしまったとき、近くに固定電話の回線があるとは限らない。電話がかかった途端に窓際めがけて走らなければならない、なんとも情けない状態はしばらく続きそうである。
突然、温泉にはまってしまった。
引き金を引いたのが草津温泉。半月前、友人を乗せたでたらめドライブで立ち寄り、ホテルの温泉施設につかった。とても酸性が強い湯で、やはり名湯として名高いだけあって、入っている段階で「効いている」という実感があった。
何が「効いた」かといえば、荒れ放題に荒れた手の平。ここ最近のストレスのためか、手荒れがこれまでで一番やばい状態。ひどいところは皮膚が硬くなってしまい、あか切れ状態になってしまう。いつまでも悪い状態が続くので、「なにかの感染症かしら」と、病院に行かなきゃ、とも思ったが、行く時間ももったいないので、皮膚がこわばる症状を少しでも抑えようと薬局でステロイド入りの軟膏を買って付けていた。とはいっても、ステロイドは怖いから、2、3日おきだけれども。塗った翌日はなんとなく症状が改善したことは確か。
それほど悩んでいた手荒れ。草津の湯に入っているときは、酸性の強い湯が皮膚の傷ついたところに浸みてけっこう痛みがあった。「手荒れがひどくなるのでは」と心配したぐらいの痛みだったのだが、入ってから1週間後ぐらいに、手荒れは劇的に改善してしまった。悪かった部分が硬くなり、その部分が生え替わったらきれいになってしまったのである。完全に治った訳じゃないけれど、悩みが一つ、減ったことは確か。
現代医療の一つの代表であるステロイドを凌駕した温泉の湯。母なる大地の力、科学ではまだ説明しきれないパワーを実感し、完全にはまったのである。
これまで温泉はあまり好きじゃなかった。入れば気持ちよいから、「好きじゃない」ということではないのだが、松本に住んでいたとき、独りで温泉施設に行ったことは皆無。温泉天国の信州に住んでいながら、独りでは1度たりとも行ったことがない。松本市の北東部に住居を構え、その気になれば歩いて浅間温泉と美ヶ原温泉に行けたにもかかわらず、である。
なんというか、せっかちな性格なので、風呂とか映画とか、じっとしていなければならない状況になるのが嫌いなのである。ほかの人と一緒ならば問題ないのだけれど。ツーリングに行ったときでも、独りだとひたすら距離を稼ぐべく走りまくるだけのクレージー。
それが打って変わって温泉好きに。皮膚に効く、という効能がある温泉を選び入りに行く。先週は、岐阜県御嵩町にある「バーデン八千代」というところに行った。ひなびた健康センターという風情だが、お湯はなかなか。昨日は、半田の「ごんぎつねの湯」というところへ。海に近いだけあって、海水のようなお湯。
今日も休み。二日連続で温泉に行くことにする。昼過ぎまで寝ていて、ネットで検索して、岐阜の池田温泉に決定。連休の中日なので、込んでいるに決まっているから、夜に行くことに。
とりあえず、ロードスターのオイル交換。デミオの左フェンダーに付いた傷も修復する。いつものことだが、スプレーの塗装って難しい。何度もやり直して、結局一からやり直すことになってしまった。
暗くなった午後6時すぎに開幌状態にして出発。木曽川の堤防から大垣方面へ。揖斐川の堤防道路を北上し、頃合いを見て橋を渡る。地図も見ずに当てずっぽうで走ったが、すんなり到着した。
ぬるぬる系の温泉。なにも考えずに1時間、出たり入ったりしながらゆっくりとつかる。休日のためか子どもが多くて暴れてうるさかったが、500円という低価格でなかなか素晴らしい施設であった。
「たこ焼きパーティー」をやるということで、職場のボスの家で宴会をすることになった。ボスの家、といっても職場の2つ上の階である。否応なしに仕事とプライベートが限りなく一体化される、いやな仕事だ。
職場の後輩が結婚式に出席し、最近はやりの「カタログで選ぶ引き出物」をもらってきた。経験者が値踏みするに、たぶん2500円から3000円ぐらいの相場のものである。時計やらシェーバーやら器やら、生活用品を中心に200点ぐらいのカタログの中から、後輩は「たこ焼き器」を選んだ。「自分では絶対に買わない物」というのがその理由。いや、僕がはがきに「たこ焼き器」とペンで書き込んじゃったからかもしれない。
1週間もしないうちにたこ焼き器が職場に届いた。住所に職場を書いたからである。なんとなく間抜けな器具が職場にさらされることになった。自然に「たこ焼きを焼こうか?」という話になる。そしてボスの号令の下「たこ焼きパーティー」が敢行されることになった。
1回に18個焼けるのだが、いかにも安っぽくてちゃちな代物である。火力が弱く、焼き上がりまでに時間がかかるに決まっている。ボスの大号令の下に開かれるパーティーだから、関係の職場から9人ほどが集まる。15分に1回焼けるとして、15分に2個ずつしか口に入らない。1時間に8個分配されるだけでは、たぶんみんな機嫌が悪くなって非常に気まずい雰囲気になってしまうことは目に見えていた。
ちょっと考えを巡らせればたこ焼きが焼ける量が少ないことは分かる。だったら秋の味覚のサケでも買ってきて、汗を流しながらたこ焼きを焼く後輩を尻目にちゃんちゃん焼きでもつくって舌鼓を打とうかしら、と意地悪なことを考えていた。ボスも同じことを考えていて、キムチ鍋が作りたいという。
魚介類を使うパーティーになれば、中央市場の魚屋さんに協力をお願いするしかない。とりあえず、たこ焼きを焼くのでタコと、キムチ鍋に入れるとうまい魚介類、そしてボスからのリクエストのカニを用意してもらうように電話で伝え、快く引き受けてもらう。
仕事をさぼってロードスターに乗り換え、名古屋高速経由で日比野の中央市場まで行き、ブツを渡してもらう。「手間がかからないようにさばいておいたから」と魚屋さん、おもむろにトロ箱を取り出してきて、ふたを開けるとタラが1匹まるっと横たわっていた。その下には秋鮭が、これまたまるっと1匹横たわっていて、鮭のお腹から取り出された筋子がビニール袋に入っていた。うまそう。
たこ焼き用のタコなのだから、足が2、3本あればよかったのだが、こちらもたこ1匹、丸ごとのボイルが用意されていた。
これだけでお腹が一杯だよ、と眺めていたら魚屋さん、さらに2つのトロ箱を出してきた。1つを開けると、1キロ以上はあるタラバガニが横たわっていた。軽率に、魚屋さんに「カニが食べたい」などとリクエストしてはいけない、と反省する。
「パーティーは演出が必要。みんなが集まったところでコレをみんなに見せれば、それだけで勝ちだぜ」と魚屋さん。確かに、巨大なカニ2匹を見たら、みんな度肝を抜くに違いない。
ロードスターの助手席にうず高くトロ箱を載せて、一宮へ。仕事をちゃちゃっと終わらせて、とりあえず、筋子を食べられるようにする。バラして洗って醤油と日本酒と塩で漬けておく。
たこ焼きパーティーが始まり、案の定、後輩どもはたこ焼きを焼くのに四苦八苦。こちらは大量のタラと野菜をキムチ汁が煮立った鍋にぶち込み、ビールを飲んで良い気分である。
仕事を終えた面子がそろって来る。遅々として焼き上がらないたこ焼きはないも同然。宴会の中心は、イクラにタラなのである。新鮮なイクラがあまりにもおいしかったらしく、後輩が「ごはんに載せて食べたい」と、米を買ってきた。仕方がないからといで炊飯器にセットしてやる。
面子がそろってきたころ、ようやくたこ焼きが焼き上がり始めた。後輩どもも要領を覚えてかなりまともな仕上がり。雰囲気はなんとなくたこ焼きパーティーに傾いていく。
そこでメインゲストの登場。ベランダに待機させていた巨大タラバガニを、おもむろに2匹重ね、「じゃーん」とみんなの目の前に出した。「ひょえ〜」と全員が歓声を上げる。「演出が大事」という魚屋さんの言葉通りである。
食材を用意した者の責任として、巨大タラバガニをばらさなければならない。キッチンばさみを駆使して、じょきじょき足を外していく。登場した途端にバラされていくメインゲスト。そのままだと食べにくいので、殻を包丁で切って身を露出させておく。
「うめー」とカニをむさぼり喰らう後輩ども。もはやたこ焼きは眼中にない。独りほくそ笑みながら、カニをばらし続ける。ボディーは丸ごと煮てから分解する。タラバガニのみそは食い物ではないらしい。
結局、カニは食べきることができず、鮭もまるごと手つかず。冷凍することに。次は粕汁パーティーか。
たこ焼きを食うつもりで来たのに、記憶に残ったのはイクラとタラとカニである。「宴会ジャック」大成功。
飲酒運転の後部座席に乗った。しかも、警察官の目の前で。普通なら、修羅場の状況だが、きわめてわきあいあいの雰囲気であった。
飲酒運転が問題としてクローズアップされた今日この頃、僕ももし飲酒運転で検挙されるとクビにされかねない勢いである。特に、飲酒運転の車に同乗しているだけでも咎が及ぶのだから、警察官の前で酔っぱらい運転の後部座席に乗っているというシチュエーションは、本来ならとってもやばい状況のはずだ。
が、僕は交通課長がいる横で、飲酒運転の車に「乗ります!」と手を挙げて車に駆け寄っていき乗り込んだ。
江南の自動車学校が主催した、飲酒運転体験テストにおじゃましたのである。
まず、しらふの状態で運転シミュレーターとコース上の運転を体験してもらう。教習車に教官付きで乗り込み、自動車学校が携帯電話を貸し出して、運転中にかけちゃうというおまけ付き。普段、やっちゃあいけないことを、堂々とやっているところを見てしまうと、何となくわくわくしちゃうものである。
運転能力などを計測して、そのまま宴会に突入。警察官が見ている前で、ピザなどをつまみに、ビールや日本酒、ウイスキーに焼酎。自動車学校の校内で、普段は教官を務めて「飲酒運転は絶対ダメです」と話している人が、酒を勧めるのだから面白い。それまで、なんとなく遠慮がちで堅い雰囲気だったのが、酒の力で一気に宴会酔っぱらいモードに突入した。
交通課の警官がおもむろに取り出したのが飲酒検知器。さすがに飲酒検問でひっかかったことはないから、間近で見るのは初めてである。アルコールを検知するガラス管の両端を割って検知器にセットし、酒臭い息を吹き込んだビニール袋をセット。真空引きをして2分間、ガラス管の中の試薬の色の変化を見る。端から徐々に赤色がアルコール分によって白色に変化していく。2分後、ガス抜きをすると、さらに反応が進む。どこまで白色に変わったかで、呼気の中のアルコール濃度が分かる仕組み。
「あんたはもう検挙」「おまえは逮捕だ」などと、飲酒検知器を前に盛り上がる酔っぱらいたち。いよいよメーンイベントである。
顔の赤い集団が、教習車に乗り込み、次々と走り出していく。コース内のクランクなどを普通に走っていき、最後に飛び出してきた障害物にぶつからないように急制動を掛けるテストと、スラロームテストをやる。
で、一番勢いの良さそうな人の後部座席に乗り込んだ。「普段とまったく変わらないよ」とおにいさん。そんな言葉、信じるわけがない。
それでも車は普通に走り出し、コース内を順調に回る。クランクとかも体が覚えているためか非常にスムーズ。ところが、点滅信号の前では、必要以上に慎重に一時停止をして左右を確認する。こうしたオーバーアクションが飲酒の一つの影響なんだろう。
そして、最後の急制動とクランク。教官の「40キロまで加速して。アクセルを踏み込まないと速度が上がらないよ」との言葉を真に受けて、フルスロットルをくれるおにいさん。うなりを上げるエンジン。目の前のデジタルスピードメーターは軽く40キロを超えて50キロ近くまで上がる。やばい、と思ったら、前方にグローブが放り投げられて「あっ!」というおにいさんの声とともにスキール音。グローブが投げられた位置よりも5、6メートルは先に進んだ。「投げるのが遅せえよ」と声を荒げるおにいさん。が、向こうはパイロンを目印にして正確に投げているのだから、反応が遅かったのである。
ちょっと怒りが入った酔っぱらいの運転で外周を回る。同乗者がいるときにはあり得ない突っ込みでコーナリング。こっちはもう、ドアにしがみついているしかない。
いよいよパイロンスラローム。「できるだけ早くクリアしてね」との教官をまたまた変に理解して、アクセルを踏み込むおにいさん。急アクセル、急ハンドルのものすごい挙動で、パイロンタッチはしなかったものの、タイムなんて出るわけがない。案の定、高齢者検定のお年寄りよりも遅いタイム。気が大きくなっているのか、いちいちオーバーアクションな運転になる。
と、身をもって飲酒運転の危険性を体験したひとときであった。が、そんな危険状態に身をゆだねながらも、「ミニサーキットみたいで楽しそうだな」と久々に訪れた教習所をロードスターで激走してみたいと考えていたことは、内緒にしておこう。
尾張北部は中途半端に名古屋に近いせいか、なんとなく街に活気がない。「ガチャ万」といって、織物の機会が1回、「ガチャン」と鳴れると1万円がもうかるというぐらい生産性の高い繊維産業のおかげで、一時はとても盛ったはずなのだが、繊維産業からちゃんと精密機械へと乗り換えていった長野と違い、未だに繊維に固執している一宮は繊維産業と同じく元気がない。繊維が斜陽化したときに、繊維工場の跡地でも使って大学を誘致していれば、それなりに文化が生まれたと思うのだが。
本町商店街を歩いても、あまり面白くないなあ、と残念に思っていたのだが、最近、面白いお店を見つけた。真清田神社の近くにあるお店である。
夜中、ラーメン屋を探して歩いていると、そのお店があった。口の中がラーメンになっていたので、心惹かれつつも入らなかったのだが、店の前に置いてあったチラシを1枚もらっていった。
チラシを見ると、なんと、お茶漬け専門店。6、7人でいっぱいになるぐらいの狭い店舗なのに、お茶漬けだけで249種類もあるという。で、お茶漬け以外にもメニューがあって、けっこう本格的なイタリアンが味わえるというのである。
お茶漬けとイタリアン? 混乱する頭をさらに混乱させたのがお店の名前。その名も「ニューヨーク」。名前にちなんで茶漬けを249種も用意したというわけだ。
日本とイタリアとドイツなら戦前の三国同盟なのだが、日本とイタリアとアメリカではまったく脈絡がない。
無意識でお茶漬けとイタリアンのお店に「ニューヨーク」という名前を付けたのなら、そのお店はちょっと続けていくことは難しいかもしれないが、ちぐはぐさを狙って付けたとしたらかなりのセンス。
行きたくて仕方がないのだが、なかなか機会がないのが残念。
昨日と今日とでシートの革の張り替え作業をしていた。もちろん、平日で仕事なんだけれど、1階の事務所に居れば仕事だろう、と事務所スペースをフルに散らかして作業。作業の合間に仕事。
張り替えといったって、Vスペシャルのシートをオークションで買って、ばらして、ぼろぼろになった運転席側のシート革と交換しただけなんだけれど。
どんな感じの作業をしたかは、また書こうかしら。新コーナー立ち上げかな?
来た道を引き返す形で、軽井沢から千曲ビューラインへ。あたりはもう暗い。
軽井沢ミーティングでは、ノーマルに和田峠を通って岡谷インターへ行ったが、独りで走っているのであれば、やはりアブノーマルな道を行くしかない。
千曲ビューラインの旧北御牧村から立科町方面へ抜ける道に行く。なじんできた自治体名がかなり変わった。かなりの数の町村が消えている。
白樺湖へ向かう県道へ。白樺湖からビーナスラインを経由して諏訪市内に下る。トラックが多い和田峠だとどうしてもペースが落ちてしまうから、あまり交通量が多くない方を選択する。走って面白い道でもある。
と、車がいないことを期待したのだが、和田峠が有料道路なこともあって、トラックが走っていた。しばらく後ろで我慢して、登坂車線に行ったところで追い越す。
白樺湖畔からビーナスラインへ。ルート選択の失敗を悟る。濃霧、いや、斜面にぶつかってきた雨雲で前がまったく見えない。数メートル先の路面のラインを見ながらノロノロと走る。崖から落ちたらしばらく見つけてもらえないだろう。
諏訪市内に入り、国道20号を岡谷方面へ。普通の人なら迷わず高速道路なのだろうが、アブノーマルな僕は下道直行である。塩尻から国道19号ルートに向かう。
が、予想外の事態が発生。「通行止め」の表示が。中央道の中津川と飯田間で事故が発生したらしい。
迂回路と言えば、国道19号しかない。ただでさえ、トラックばかりで怖い国道なのに、迂回してきたトラックで交通量が増えているとなればデンジャラスが危ない。排ガスでむせ返ったようになるのもいやなので、塩尻への坂を上り始めたところでUターン。伊那谷から帰ることにする。
雨脚がかなり強くて、前もなかなか見られない状態。ほかの車ものろのろ運転。こういうときはやはり、車があまり走っていないアブノーマルな道を選択するしかない。
天竜川の左岸に飯田まで通じている県道がある。曲がりくねっていて、途中、幅が2メートルぐらいで落ちそうな部分があるので、ほとんど車が走っていない。
快調に飛ばしていたら道路の真ん中にきらりと2つの光が見えたので、急ブレーキ。タヌキだ。向こうもこっちにびっくりして金縛りになり、そのまま道を横切れば良いのに来た方向に引き返すので、さらに危ない。
駒ケ根市に差し掛かり、道幅2メートル区間へ。左は崖、右はガードレール&ところどころ崩れかけた路肩という非常にスリリングな場所である。対向車はライトで分かるので、落石と水たまりだけに注意してかっ飛ばす。
気分はラリー。前日からすでに500キロ以上走っている疲れもあって、ランナーズハイ。というか、もう憑きものでも付いたかのようなトランス状態。
途中、立派な角を持った鹿が道路の真ん中にたたずんでいた。こちらが近づくと路肩によけたが、左前足になにか網のようなものが絡まっていてひきずっていた。かわいそうに思うが、野生動物に近づけるわけもなく、そのまま通り過ぎる。
順調に飯田まで到着。給油をして、再スタート。まだ通行止めは解除になっていない。
国道153号はほとんど車もおらず、順調にかっ飛ばす。すでに5時間は走り続けているのだが、憑きものに突き動かされてひたすら走りまくる。疲れると集中力が切れ、さらに大雨が降っているとなると、それほどとばせないのだが、なぜか疲れも知らず愛知県内へ。瀬戸市の街に出るまで、息つく間もなく、ガソリンスタンドで買ったコーヒーを飲むこともなく一心不乱に走り続けてしまった。
行きから帰りまで750キロの行程。うち高速は行きに使った60キロちょっと。久しぶりに心行くまで走りまくった。