7月9日

 水に落としたことを良い口実に、携帯を変えることにした。

 ドコモのポイントが12000ちょっとたまっていたので、このまま失効するのはもったいないので、景品と交代することにした。色とバックライトが不調で、なかなかおしゃれな画面のSO506iCを操作して、何がもらえるのかを検索。欲しいものはあんまりないので、グルメコースでばばんと10000ポイントを使うことにした。9000ポイントと3000ポイントの景品と交代すれば、きれいに使うことができるのだが、つまらないものをもらっても意味がないので、ばばんと。1万円分のグルメコースのはずなので、けっこうすごいと期待している。期待料だけでもお得感いっぱい。

 江南市内の携帯ショップに行き、軽井沢ミーティングで数人から「おらおらいいだろう」と見せつけられたGzOneを注文する。んが、携帯屋のおねいさん「GzOneはもう製造中止で在庫もなくなって、入りません」。にわかに信じ難かったのだが、見せてもらったモックアップのでかさに若干引いたのと、CASIOから出た新機種もウオータープルーフ装備で水に濡れても平気だということで、素直に新機種を選んだ。

 で買ったのが、W52CA。色は、直感的に茶色を選ぶ。機種選択までに10秒ぐらいしかかからなかった。代金は、MNP手数料とドコモの解約手数料の計6000円弱ほど。

 10年近く使ったdocomoとおさらばしてauに変更。さっそくワンセグを受信してみたりして楽しむ。けっこうきちんと見ることができるもんだ。お昼のニュースを見るのには便利かもしれない。

7月7日

 夜勤だったのだが、職場の上司の「ちょっと行こうか」の誘いにしっぽを振って付いていった。

 近くの居酒屋で生ビールをがぶ飲みし、ほろ酔い気分になったところで、ドイツビール屋へ。断っておくが、いちおう夜勤中である。

 一応定時に事件警戒だけは必要なので、抜け出して外で電話。携帯をしまいつつ、トイレへ行って扉を閉めると、ふとした拍子に携帯が胸のポケットから落ちて見事に便器の中へ落ちた。使っているのは、いまやどんどん通話エリアが狭くなっている感じのドコモのMOVA、SO506iCである。

 酔っぱらっているので、水の中でも液晶が光っている様子を見て「あ、水の中でもちゃんと動いているな」としばらく呆然と見つめる。次の瞬間、「うわっと」と、われに返って慌てて便器に手を突っ込んで携帯を拾う。用を足す前で良かった。

 ぶんぶん振って水気を切り、ちょっと操作してみると、意外に普通に動いている。電池を外して、再びぶんぶん振って様子を見ているうちに、電源が入らなくなった。

 しばらくして電源を入れてみると何とか動くが、液晶の表示が怪しい感じ。職場の上司に電話をかけてもらったら、着信はするが音が聞こえない。

 まあ、いいかと飲み続けてその店を後にし、職場に戻ってきてどうやって乾かすか考える。電気ストーブが出しっぱなしだったので、スイッチを入れて、ストーブの前にぶら下げてやった。

 しばらく、加熱してやると、液晶の画面が裏から曇ってかなり怪しげなのだが、通話やメールなどは普通にできる。が、液晶の表示がエラー。バックライトも点滅状態。完璧に乾いたら、直るのだろうか。

 一つ、失敗。電気ストーブの前にぶら下げていたものだから、電話の側面が溶けかけて変形してしまった。キーロックスイッチがある側が溶けたので、スイッチもろとも変形。SO506iCは、キーロックをしないでポケットに入れておくと、勝手に電話がかかってしまうことがあるので、このスイッチは絶対必要。ドライバーでこじるように動かしたら、スイッチ自体は機能するみたいだが、ドライバーを持ち歩いてこじりながら使うわけにもいくまい。

 いい加減、ドコモの携帯にもうんざりしていたので、乗り換えようかしら。

7月6日

 昨日、仕事場の後輩が誕生日だというので、飲み屋に行き、31アイスの鍛造誕生ケーキでお祝い。昨日中にやらねばならない仕事があったのだが、まあ、こういうときぐらいはやっぱり精一杯お祝いしてあげないといけない。

鍛造

 ふらふらに酔っぱらって、深夜。ようやく、仕事場で独りになり、さあ、仕事をやるぞとノートパソコンをいじっていたら意識を失う。ソファで横になりながら仕事をしようとしてたんだから、当然の報いである。

 起きたら午前6時ぐらい。うとうととしばらくソファで寝そべっていたらあっという間に午前8時。やばい、このままでは上司が仕事場に来ちゃう、ということで、慌てて荷物をまとめてデミオで帰宅する。

 帰宅したらやっぱり緊張がゆるむわけで再び意識を失う。ようやく起きたのが昼前。やばい、午後すぎぐらいには提出しないといけない仕事があるのだ。

 慌てたところで良い仕事ができるわけもなく、あれこれほかごとをしながらようやく提出したのが午後3時すぎ。ようやく、できたと再び横になって意識を失う。気付いたら午後6時。

 実は、今日は休みだったのだが、結局、丸一日をつぶしてしまった。

7月2日

 明け方まで飲んで寝不足だった土曜日の夜に出発。目指すは耐久レースが開催される間瀬サーキット。富山の仲間と行くので、富山経由で。

 下道で行くのに慣れてしまっているので、なんの迷いもなく国道156号、せせらぎ街道、国道41号で富山入りする。上がったバッテリーは何とか機能しているが、FCSSの画面を見ると電源電圧が13.7ボルトぐらい。ちょっと低いから交換時期かも。そういえば、10万キロぐらいで1回交換した覚えがあるが、すでに21万キロなんだから、交換した方が良いかもしれない。

 午前1時半に到着し、スターレット号の積載車の助手席に乗り、北陸道で間瀬へ。午前6時前、ゲートオープン直前に到着。

 15分でテントなどを設営して居住スペースを確保。あれこれやっているうちに午前8時の予選を迎える。

 今回から、間瀬がP-LAPとかLAP-SHOTに対応したから、タイムの記録は機械がやってくれる。紙に書き取ったり、ストップウオッチを握ったりする必要がなくなって、楽になった。その分、ドライバーにはトップからのタイム差だとか、いろいろな情報を伝えることができる。サーキットのタイム記録システムも更新されて稼働が始まったから、第1戦のときみたいに、順位が分からなくなることもない。

 予選は相変わらずレベルが高い。1分14秒台に入れないと、勝負にならない。

 60分の耐久というかスプリントレースを3本やって順位を決めるのだが、去年の成績から、ロードスターは1時間の間にドライバーを2回する必要がある。ピットレーンを走って一時停止し、ドライバー交代に20秒弱かかる。まるまる1分のハンデがあり、1周分も違うのだから、1分13秒台に入れてしまうシビック軍団に勝てるわけがない。ロードスターはRS工場すたげさんが出した1分14秒前半がベスト。

 無意味なハンデでロードスターには勝機がなく、展開としてはつまらないレースになってしまったが、そのレギュレーションの最大限に生かしたのが、オオミチスターレット号。1.5リッタークラスの車で争っている中、1.3リッターのハイメカツインカムで戦うのだが、これがあなどれない。なにせ600キロ台の車重なのだから。レース中、ロードスターと互角のタイムを出して張り合い、3ヒートの結果では、シビックに次いで2位と大金星を飾った。

 「お買い物車」でスポーツカーと張り合う爽快さ。もうすでに耐久を6戦ぐらい戦っているのだけれど、まったく壊れる気配もない。みんな「壊れないねえ」と驚いている。安く楽しむのに、良い車かもしれない。

 表彰式が午後3時半ぐらいに済み、富山に戻る。すでに寝不足は限界に達していて、積載車の助手席なのに、糸魚川からのトンネル区間で意識を失う。富山県境付近まで寝てしまった。

 レース反省会をしながら、ビールを飲みまくる。途中、意識がとぎれつつも日付が変わる直前まで飲んで就寝。

 午前4時半に起きて出勤。路面はウエット状態。高山までは調子よく走ったのだが、せせらぎ街道はヘビーウエット状態。路面を見て、水がたまっていないところにタイヤを乗せて相変わらずのペースで走り続ける。白線を踏んだり、川があったりするたびにタイヤがハイドロを起こして非常に危ないが、通勤途中なのだからペースを落とすわけにはいかない。慎重なハンドルさばきとアクセル&ブレーキングワークで。郡上八幡にさしかかるころには大雨。超ウルトラヘビーウエット路面には、超ウルトラアーリーブレーキングで対応する。国道156号は通勤で込むから高速に乗った。

 金曜からまともな睡眠を取っていないのでさすがに疲れたらしく、仕事をさぼって昼寝をしたのであった。

6月30日

 普段はとってもジェントルな人なのだが、お酒が入った途端に目がらんらんと輝き、赤鬼のように変貌する別の部署の人が一宮に会議に来た。顔を見た途端、あきらめの境地である。

 午後10時半ぐらいから、今日で研修が終わった新人に飯を食わせていたら、零時ぐらいにやっぱり電話がかかってきた。もう5時間は飲んでいるはずなのに、赤鬼ぶりは衰えるところを知らず、元気いっぱい。はち切れんばかりの笑顔見て、覚悟を決めた。今日は朝帰り。

 本町通りのバーでビールなど。帰りのタクシーに乗ったころにはすでに明るかった。ふとんで意識を失う。

 デミオは一宮に置いてきたので、ロードスターで仕事に出ようとさっそうとキーをひねったら、うんともすんとも言わない。見事にバッテリー上がり。仕方がないので、再びタクシーで一宮に行き、デミオを取ってきて、仕事をこなす。

 下道1300キロと、自分でも気持ち悪くなるぐらいロードスターに乗った後はやっぱり反動があって、まったく乗っていなかった。バッテリー上がりはたぶん、付けっぱなしにしてあったインバーターのせい。前もやった。

 明日は、間瀬の耐久レース。今回も富山経由で間瀬入りである。月曜日は仕事なので、午前9時までには戻らねばならぬ。何かおかしい。寝る時間がどこにもない。

6月28日

 会社の研修ということで、4月に入社したばかりの若者を1週間交代で受け入れて、あれこれと教えることになった。どんな仕事でも、手取足取りのマニュアル人間は役立たないのであって、本当は何も言わないでも学んでいって、行動して欲しいのだが、そこは業務、仕方がないから一緒に行動してあれこれ教えるしかないのである。

 このサイトを始めたのが6年前なので、自ずと入社したての人たちとはちょっと年齢が離れていることはバレバレである。いつまでも駆け出し気分で責任も感じず働いていたかったのだが、そうは問屋は卸ろさないらしい。もらっている給料はあまり変化がないのに。

 どんな業界でもそうだと思うのだけれど、やっぱりいっぱしに稼ぐことができる仕事って、基本は人間関係なのだから、人それぞれでなかなか教えにくい。僕ができることと言えば、度胸を付けるぐらいのこと。なので、緊張する相手とお話をする機会をつくろうと、江南市の副市長に頼んで一席、設けてもらった。

 江南市の幹部とともに、新人を攻めて攻めて攻めまくって浴びるように飲ませてふらふらにしてやった。翌朝も早い時間の仕事を押しつけてやる。僕は仕事をすっぽかしてホテルで寝ていると予想して、それぐらいのことをする奴の方が大物だと思ったのだが、ちゃんと時間通り起きたらしく、そつなく仕事をこなしてくれていた。羽目を外してくれた方が面白いのに。物足りない。

 何だかんだとジェネレーションギャップを感じている自分がいる。

6月26日

 デミオの車高が後ろ下がり。

 車庫の整理第2弾をこの日曜日に敢行し、いらないものはことごとく叩き捨てた。最後に残ったものと言えば、ロードスター関連部品。エアコンのコンプレッサーとか壊れたオルタネーター、点火コイルなどなどが転がっている。あると思っていたデフはだれかにあげたのか、見あたらなかった。どこにやったのか、まったく記憶がない。

 部品を残して行くと、せっかく片づけたのに意味がなくなってしまうので、とりあえずデミオに積み、どこかの業者に持ち込むことに。NA8Cのトランスミッションは、この先に使うことがあるかもしれないので、車庫の一角に立てて置かせてもらう。

 B6エンジンのシリンダーブロックは、3年も放置したものなので、次期エンジンを作るにしても、たぶん使うことはないでしょうと捨てることにしてデミオに積み込む。なぜか、テンパータイヤが1本、余分にあったのも、いらないので捨てる。

 いらない諸々のパーツを積んだデミオの車高は見事後ろ下がりに。ガソリンが高くなったこのご時世に、燃費が悪いのはかなわないから、早いところどこかに持ち込まねばならない。が、あまり時間がない。

6月16日

 車庫のがらくたを片づけに実家へ。

 息子2人が出て行った実家なのだが、車庫の荷物は放置されたまま。親父と合わせて男の子3人が好き放題趣味をして、やりっ放しにしてあるものだから、ひどい有様になっていた。母親も、どれを捨てて良いのかも分からず、途方に暮れて放置しているしだい。必要なものなんてほとんどないのだけれど。

 ちょっとずつでも良いので、片づけていく。使いかけのオイル缶やら、いつ使ったかも分からないようなタッチペン、塗料缶などなど。なぜか、廃油処理箱が3箱も置いてあったので、オイル類は未開封でもそのまま処理箱へ。CRCだとかグリスだとか工具だとか、シリンダヘッドのボルトだとか、使えそうなものは確保。中には、昭和40年代ぐらいに製造されたような、床ワックスとかさび止め剤が未開封であった。開封すると、どろりと半ば固形化した内容物が出てきた。全部一気にやると大変なので一角だけ片づけて、また次の機会に回す。

 人のものだろうが容赦なくたたき捨てたのだが、NA6CEのデフとかドライブシャフトとか、アーム類、ミッションなど、一番のがらくたに見えるものは大切に取っておいたのはいうまでもない。

6月15日

 夕方、仕事で貴金属屋さんへ行った。僕の仕事は夕方が一番、忙しいので写真を一枚、撮ってとんぼ返りするつもりだったのだが、仕事を終えて貴金属屋さん、「なに、その眼鏡」と僕の顔を見て真顔で言う。

 「なんか、ゆがんでいるよね」と貴金属屋さん。「ちょっと貸して」というので、その勢いのまま眼鏡を渡す。確かに、僕の眼鏡はフレームがちょっと変わっていて、針金細工のような感じで、着けたまま寝てしまいぐにゃぐにゃと曲がって原形をとどめていなかった。自分で手で曲げて元通りにしたつもりだったのだが、プロから見たら変形しているのが一目瞭然だったらしい。

 「あー、乱視が入っているけれど、こんな状態じゃあ、効いてないね」などといいながら、手でフレームを修正する貴金属屋さん。しばらくいじって、返してくれた眼鏡は、素人目で見てもばっちり元の形に直っていた。すごい。

 「ちょっと2階に来て」と言われるがままに、2階へ。1階は時計や指輪しか置いていないのだが、2階は眼鏡コーナーになっていた。奥に招かれて、「ここに座って。眼鏡を貸して」と貴金属屋さん。眼鏡を機器にセットし、レンズの度を調査。そして、おもむろに眼鏡屋さんが眼鏡を作るときに使う視力検査用の眼鏡にレンズをセットし始めた。

 「これかけて」というので言われるがまま眼鏡をかけ、遠くのスクリーンに映る視力検査用の文字を読む。さまざまな検査をされて、視力や遠近感など目の健康に関するすべてを30分ほどで調べられてしまう。ここまできちっと視力検査をされたことは、ない。

 「じゃあ、こっち来て」とフレームが並べられているコーナーに行き「これなんか、似合うんじゃないか」などと2、3薦められる。「いやあ、まるで仕事ができる人間に見られてしまうと困っちゃうんですよ。僕には今の丸眼鏡を着けてぼーっとしている感じがちょうど良いんです」なーんて言いながら「イメチェンするなら、これぐらいかな」などと答えてしまう僕もいた。結局、眼鏡を買うことになってしまった。僕の度から言うと高いレンズが必要なので全部で52000円。

 使っていた眼鏡の修正から視力検査まで、プロのこだわりを見てしまったので、視力検査が終わったころには新しい眼鏡を作る気になっていた僕。決して、強引に買わされた訳じゃない。きちんとしたコミュニケーションや自らが持つ技をきちんと見せられてしまっては、こちらも納得して買うしかない。どんな仕事にも通じるスキルを見せつけられた気がした。仕事のついでに作ってしまった眼鏡だけれども、なかなか良い買い物をした。

 ということで、次に着ける眼鏡はちょっと冒険をしているのだ。

6月14日

 走りすぎたつけが出てしまったのか、首筋を再び寝違えた。今回は前と様子が違い、首を動かすと痛いのではなく、何をしなくても、どんな姿勢でいても右側の首筋が刺すように痛い。

 がまんできないほどではないのだが、痛みがずっとしていると、集中力もそがれて仕事をする気にすらならない。普段の僕が仕事をする気があるのか、という話は、ここでは置いておく。

 あまりにも痛くてがまんできないので、夕方に温湿布を買って張ってみた。唐辛子成分やら、カンフルやらが入っているらしく、張ってしばらくしたら張った部分の皮膚がまんべんなくひりひりして痛くなってきた。すると、その面積が広く浅い痛みで、肝心の痛みが気にならなくなったので、結果オーライで仕事をこなす。

 草津温泉ハップを入れたぬるめのお風呂で1時間ぐらい、DVDを見て過ごす。何となく、楽になったけれど、問題は朝。再び悪くなっていないことを願うばかり。