3月10日

 8日土曜日は2週連続のコソ連。

 午前も午後も走れた先週と違い、今回は午前中の2時間のみ。何人かで乗るからアタックは2回ぐらいのもの。集中して走らないと間瀬まで足を伸ばして練習に行く意味がない。

 この10年というもの、仕事で夜型生活が染みついてしまっていて、朝は激しく調子が悪い毎日。営業開始が10時ぐらいからだし。お昼を過ぎてようやく暖機が終わる。こうやって書いていて思い出したが、以前、鈴鹿を走ったときにも「おまえは午前がだめだ」とレース屋さんに怒られたことがある。

 前回は飲み過ぎもあって最後の走行までまったくふるわなかった。今回もそうなると午前しか走ることができないだけに朝いちから体調をベストに持って行かないとまずい。これはレース時にも言えることだ。

 とうことで、仕事を終えてすぐに帰る。それでも11時前。ビールを飲んで疲れをほぐしたいと思ったが、ここは我慢をしてとりあえず寝る。寝付きは激しく悪い。横になっているだけでも違うと信じてごろごろと。寝ついたかどうかよく分からない状態で起きる時間を迎えた。

 朝飯を抜くのもまずいと、コンビニでバナナとおにぎりを買って出かける。頭はやっぱりぼーっとしているが、酒抜きなので、その分、調子は良い。

 午前9時半ぐらいに間瀬に到着したら、すでに走行開始をしていた。スタート10時のはずなのに、けっこういい加減。あわててジャッキアップして触媒を抜く。1週間前はストレートパイプを忘れて触媒付きで走ったら6500から上が吹けなかった。ホームストレートでけっこう気になる。

 コースイン。エンジンは明らかに吹けるようになった。4周目ぐらいからそこそこのタイム。どうやら、体調管理はうまくいったみたい。コーナーの進入とブレーキ、アクセルの操作を課題に走っていたのだが、平凡なタイムが続く。どうしたものか、とふと考えて、コーナーの一部分にこだわりすぎているのだと思い立った。自分のリズムで走ってみたら、ノルマタイムがポンと出て、次の周に先週のベストよりもコンマ1秒良いタイムが出た。先週のタイムは引っ張ってもらったタイム。今回は自力だから、進歩したと確認してピットインする。2人で車をシェアしているから、だらだら走っているわけにもいけない。

 間瀬で走り込んでいて、今年スターレットで参戦するドライバーに雅久号に乗ってもらう。4周目でポンとすごいタイムが出た。「まだまだ行けるよ」とのこと。苦労して造った車に戦闘力があることが分かってうれしいのだが、いとも簡単に1秒ちぎられて自分の遅さが証明されてしまい、なんとも複雑な気分。

 ステアリングの切り方、裏ストレートなど先週の課題はこなしたと思う。自分のドライビングの映像を見て、激しく突っ込まれると正直へこんでしまうが、明らかに悪いところは早く直してしまった方が良い。

 シケインも何となく感覚をつかみかけてきた。開幕までにあとコンマ5秒ぐらいタイムが出ると、レースを楽しむ余裕が出てくるのだが。

3月7日

 危うく、東京へ出張させられるところだった。

 明日、土曜日は今度はスターレット号が積載車で間瀬へ練習走行に出かける。ナンバー付きの雅久号は、まったく縛りがないので、みんなが行くんなら、んじゃ僕もというぐらいの軽い気持ちで練習に行ける。

 が、行く決心は軽くても、走るときはきちっと気合を入れなければお金をどぶに捨てているようなもったいない話になるので、今回はちゃんと体調を整える努力をすることにしよう。

 もし、東京に行くことになったら、練習をキャンセルするかもしれなかった。だって、オイル交換ができないんだもん。ちゃっかり仕事を抜け出してエンジン&デフオイルを交換して再び仕事に戻った。忙しい。

 ちなみに日曜日は鈴鹿のクラブマンレース第1戦のFJ1600を観戦しに行く。粘り強く走り続けるDさんを応援するのだ。今回は若い(若すぎたりして)女性2人も連れて行くので、Dさんは鼻血が出るほどモチベーションが高まるに違いない。たぶん。

 片道200キロちょっとの間瀬にでかけて、富山に帰ってきてからデミオに乗り換えて名古屋に向かう、というちょっと強行軍な感じだが、気持ち悪くなるぐらい走るのは今に始まったことではないので、淡々と行くのだ。

3月5日

 コソ練だったはずなのだが、「隠れていくのだ!」と音頭を取った人がカミングアウトしてしまったのだから、もう書いても良いよね。

 間瀬サーキットのオフシーズンの走行会に出かけてきた。天気予報では毎日雪マークだったから、まさか新潟県で走れるとは思っていなかったのだが、前日に電話をすると大丈夫とのこと。まあ、雨やみぞれが降ってもウエットの練習と割り切れば良いよね、と雅久号とオレンジ号で出かけた。

 あっさりと出かけた、と書いたが、午前5時半前には出発する予定が夜中まで車談義が終わらなかったので、思いっきり寝坊。いや、ちゃんと起こしてもらったのだが数秒覚醒して再び意識を失った。

 がばっと起きたときには積載車のオレンジ号はとっくに出発した後。相棒のべいべーとともにSタイヤを履いた雅久号で出かける。あ、スタッドレスね。

 雨は降っていないが路面はウエット。ちょっととばし気味に走ったら、ウエットではなくフローズンだったらしく、けっこうなスピードなときにリアが流れ出して目が覚めた。高速道路に乗ってしばらくで積載車に追いつく。

 日が昇って見えた新潟の空は海沿いが晴れていたので、これは期待できると思った。が、寝不足、二日酔いで気分は高揚してこない。これはまずいと思った。

 天候はすばらしい晴れ。風もなく、ドライ。3月に入ったばかりの間瀬としてはこれ以上ないコンディション。9時に走行開始する予定が寝坊した影響で9時45分のコースインとなった。(実はスタートが10時からだったのは後日気がついた)

 この日は、富山軍団2台のロードスターと、ぺりぺりうるさい爆音SA22RX7、RX8、180SXぐらいで、がらがら。貸し切り状態でピットやコースを自由に使う。

 体調がどうにもすぐれないので、コースイン1番乗りはパス。頭がすっきりしないので、水をもらってがぶ飲みする。順番が回ってきて仕方なく乗るも、モチベーションが上がらず、集中力がないのでタイムはさっぱり。ちょっとやばいな、と息切れする感じで攻めて午前中は1周だけ目標を上回ることができた。まったく良いところはなし。そんなことをしているうち、今年からロードスターに乗る2人はさっそくトップクラスのタイムを出してしまった。どちらともロードスター乗りとはいえ、初めての車できちんとタイムを削っていく様を見て、もっともっとがんばらねば、と思う。が、当たり前のように受け止めただけで、気が引き締まらない。なんなんだ、これは。

 お昼ご飯を食べたらさらに体調が悪くなってきて、午後1番の走行はホームストレートやバックストレートの一番奥でスピードが怖くなる始末。これはだめだと数周で戻って体調と集中力を整えることにする。

 時間は残り1時間を切る。せっかく春に近づいて走れるのに、このままでは帰れない。ぼさっとしていた頭も少しはまともになってきたので、気持ちを新たにシートに座る。

 課題はシケインとZコーナー進入。シケインはブレーキをつめるとあっという間に曲がりきれなくなる一方、速度が遅くなってしまうとその後のソックスまでの立ち上がりがだめだめになってしまってかなりタイムをロスする。他チームはかなりえぐい縁石の乗り方をするみたいだが、そういうトライは最後にすることにして、優先すべきは裏ストレート。

 1ヘアピンからの立ち上がりで裏ストレートの速度が全然変わってくることと、Zコーナー手前でゆるく右に曲がっている辺りで、どこまでアクセルを踏んでいけるか。これは下手をすると外側にスピンしてしまってそのまま草むら、タイヤ、畑転落というフルコースが待ちかまえているだけに、踏んでいくととても怖い。

 とりあえず裏ストレートを克服するべく走る。その他のコーナーもそれぞれに目標を決めて、課題をこなしつつ走る感じで。

 どうも、うまくいかないな、と考えていたら、ホームストレートを立ち上がるときにオレンジ号がピットアウトしてきた。ヘルメットを見るとオオミチさんである。

 間瀬の攻め方について、いつも言葉で話し合っているのだが、言葉でイメージを交わしていても、コースには幅があるのでどこまで攻めるのか、というのはなかなか分からない。特に裏ストレートなかは映像を見ても画角もあって実際に見るのとは違い、車1台分ぐらいの微妙な進入ラインが分からない。

 とりあえず抜いてもらって、ここで学ばないと今シーズンが終わる、ぐらいの気合で集中力を高めて追いかける。が、前のオレンジ号、ブリジストンの新タイヤRE11を履いているせいか、なんか挙動がおかしい。まあ、あり得ないところでリアが流れているぐらいのことなので、見ないふりをしてブレーキポイントやラインを学ぶ。ここら辺でスイッチが入ったらしく、何とかついて行くことができ、この日のベストタイムを出すことができた。

 オレンジ号はすぐにピットインしてしまい、その後、再び平凡なタイムに落ちる。これはいかん、と気合いを入れて攻める。裏ストレートが攻められるようになってくると、それまでちょっと怖かったシケインなどコース上で怖いところはなくなり、さらにモチベーションが上がる。1度ガス欠症状が出てピットアウトして、目標のタイムが何度か出たぐらいのところでタイムアウト。走行終了。

 11月のレースより1秒とまでは行かなかったが、それに近いぐらいのベスト。が、引っ張ってもらって出たタイムなので、次の目標はコンスタントにこれぐらいのタイムで走れるようになることかな。

 今回の収穫は、裏ストレートがなんとなく走れるようになったことと、最悪のコンディションから集中力を高めていって何とか結果が出たことだろうか。一人でだらだら走っていたのではだめで、目標を精一杯追いかけて集中を高める、その精神的な効果を思い知った。頭を切り換える方法の引き出しが増えた気がする。

2月27日

 相変わらずこんこんと雪が降りやがる。今日も、夜の2時間ぐらいに8センチぐらい積もった。

 週末の休みに走りに行こうと思っていたのだが、天気予報を見ると雪マークが付いている。天気になることを期待しているのだけれど、どうもだめっぽい。

 なかなか走りに行けずにフラストレーションがたまる、今日この頃。

2月26日

 ついつい油断して、しくじってしまった。

 普段、この「日常」を書いているパソコンは会社から支給してもらったThinkpadX32。激しく私物化して使っているものの、さすがに怪しげでやばいチャレンジとかはできないのでもう1つ、ホビー用にデスクトップパソコンを使っている。1年前ぐらいに買ったパソコンショップブランドのパソコンである。

 Vistaがインストールされた状態で買ったのだがVistaのあまりの重さ(せっかく新品パソコンを買ったのに、速さが感じられない)と、バグっぽい挙動に嫌気が差して、速攻でXPをぶちこんで、至極快適に使用していた。

 で、最近、インターネットエクスプローラー7が自動更新の対象になったらしく「更新の準備ができました」とのメッセージが現れるように。ちなみに、ホビー用のパソコンはあまり設定らしい設定はしていないから、自動更新がオンになっていたみたい。大切なデータを扱うパソコンでは手動の方が吉かと。

 タブブラウザにも対応したらしい、新しいインターネットエクスプローラーを使ってみるのもよいかな、とインストールにOKをしてしまった。これがすべての間違いのもと。

 インストール作業を終えて、再起動したら「なになにからこういうのが見つかりません」という意味不明なエラーを出して、起動しなくなった。壁紙は表示するのだが、画面にはマウスポインタだけ。タスクマネージャーを呼び出してexplorerを起動しようとすると同じエラーが出る。

 実は、一度、アプリケーションの登録と削除を呼び出して、インターネットエクスプローラー7を削除したら元に戻ったのだが、何を思ったのか再びインストールしてみたら同じ症状が現れて、さらに削除もできなくなり、何ともならなくなった。個々のアプリケーションを呼び出していくつかは使うことはできるけれど、explorerに関係するとエラーが出てプログラムが落ちる。

 インターネットエクスプローラーはバージョン3ぐらいから使ってみたことがあるが、ネットスケープに驚異を感じてOSにブラウザを抱き合わせ販売することになってしまったのがWindows98。抱き合わせ販売は独占禁止法の疑いがあるのだが、OSに深く結びつけてしまえば「一体のものです」と強弁できるので、OSと切り離せなくなってしまった。本来はOSの上にインターネットを見るためのブラウザがある形が普通だと思うのだが、そんな経緯で両者を複雑に結びつけてしまったから、ブラウザをアップデートしただけでOSが起動できなくなるという、くだらない事態が発生する。

 XPの上書きインストールを試みたが、ディスク全体をフォーマットすると脅された。サービスパック2から先祖返りするわけだから、なにやら不具合があるらしい。メールや仕事、ホームページ製作はノートパソコンだから、ホビー用パソコンのハードディスクをフォーマットしてしまったところで困らないのだけれど、音楽ファイルやらを待避させる作業が面倒くさいので、血迷ってVistaを入れてみる。

 もうすぐ、サービスパックが出るらしいし、遅いのもバグっぽいのも改善されるだろうと。いちおう、パソコンのスペック的にはまったく問題ない。

 インストール自体は問題なく終了。XPのファイルは「Windows.old」フォルダにまとめて移動されてあった。アップデート作業やアンチウイルスソフトを少々つまずきながら入れていたら、動作が激重になってしまった。

 Vistaになってから、バックグラウンドでいろいろな処理をするようになったらしい。ファイル検索を速くするようにだとか、あらかじめメモリーにプログラムファイルを置いておくだとか。速くするための作業をバックグラウンドでやるのはかまわないのだが、表でやっている作業までストップしてしまうのはいかがなものか、と閉口気味。とにかくハードディスクが盛大に動いていて、動作がぎくしゃくする。

 CPUやメモリー回りが予測通りに進化する中、それを生かそうとOS側が進化しようとする気持ちは、分からないでもない。この10年は、OSの進化とCPUの進化が一体となって2、3年でパソコンを陳腐化させて買い換えさせてきた歴史をたどった。が、完全にハードディスクがボトルネックになってしまっているようで、CPUがばりばりこなす仕事をディスクが受け止められない感じ。

 この5年間でパソコンで何ができるようになったのか。考えてみると、映像や3DCGが手軽に扱えるようになった、ぐらいの進歩ぐらいしかない。多くのユーザーはメールが送れて、ブログが書けて、デジカメの写真が保存、印刷できて、それにビジネスでワープロ、表計算、パワーポイントが使えれば満足だと思うので、OSはXPがあれば十分。Vistaは構造だとかがいろいろ進歩しているんだろうけれど、Vistaにしたからと言って新しくできるようになることって別にない。そこら辺を突き詰めて考えないで、ユーザーに買い換えを迫るようなやり方をしているから、Vistaも不評なんだろう。

 話がそれてしまったが、コントロールパネルを開くだけで10分ぐらいかかるのはどう考えてもおかしかったので、スワップファイル関連がおかしいのだと判断。数十キロから1.5ギガまでフレキシブルにサイズを変えるような設定になっていた。たぶん、クリーンインストールした訳じゃないので、スワップファイルが断片化してしまっているんじゃないかしら、と予測を立てて、最小で1.5ギガ、最大で3ギガの設定にしたらまともに動くようになった。それでも遅いけど。

 バックグラウンドで動くタスクをいくつか削ってだましだまし使ってみることにした。

2月24日

 雪の中を工場へ。すきがあれば走りに行ってしまうのだが、週末になると雪。車も2週間前に準備できているのに、走れない。あきらめるしか、ないけれど。

 仕方がないので、雅久号を作るときに、知り合いから分けてもらったエンジンを分解する。雅久号の元のエンジンが想像以上に状態が悪く、目の前が真っ暗になったとき、電話をかけて「B6ちょうだい」と言ったら、翌週に持ってきてくれた。持つべきものは車仲間である。

 実際は雅久号に使ったエンジンは、問題発覚の翌日に(仕事さぼって)近くの解体屋で調達してしまったので、エンジン1つがまるまる余った形。せっかく提供してもらったのだから、ありがたくレース活動に使わせてもらうとして、そろそろエンジンがやばそうなオレンジ耐久号向けにオーバーホールに取りかかることにした。

(仕事さぼって)

 雅久号のエンジンをオーバーホールしたとき、分解するのも組み立てるのも簡単なのだが、パーツを洗浄して組み立てられる状態にするのにけっこうな手間がかかるものだと痛感した。走行中に怪しげな白煙を吹いているオレンジ耐久号は、もしかすると次のレースまでにエンジンがやばくなる可能性があるので、ばらしてパーツの洗浄までしておこうかと。組むだけならそんなに手間じゃないからエンジン交換するつもりになってからでも間に合うかと。

 来期最強のライバルとなるチームのためにエネルギーを使うという、なんともおかしな状態なのだが、いろいろお世話になっているので、まあ体で払う(つもり)ってことで。

 ヘッドカバーを外したら予想以上にきれいな状態。オイル管理は5000キロぐらいでちゃんとしてあったみたい。雅久号の元エンジンがこんな状態だったらハッピーだったのに。1度もオイル交換していないんじゃないかという状態だったから。前は手当たり次第にボルトを外して床にぶちまけて激しく迷惑を掛けたので、100円ショップで小物入れを調達して整理しながらばらす。

 以前は苦戦していたオイルパンの切り離しも、カッターナイフの刃を犠牲にさくさくっと済ませる。とりあえず、シリンダーの状態を見ると、まだまだ使えそうな感じ。6、7万キロぐらいしか走っていないのかな。

 面倒なバルブ回り以外はばらして、灯油を使ってしこしことパーツ洗浄を始めたらお呼びがかかった。晩ご飯に向け、準備をしなさいと。

 灯油臭い手を何度も洗い、魚を切り分ける。あり得ない量の刺身をつまみに、ビールを大量摂取して、意識を失った。

2月20日

 ここ数日、難しい数字を眺める日々。富山県の年間予算が5200億円ぐらいで、借金は1兆円。年間520万円で暮らす家庭があるとしたら、すでに1000万円ぐらいの借金があり、今年は90万円を返済するけれど、やっぱり80万円ぐらい借りる感じ。利子を考えたら元本は減らない。

 自分は155万円ぐらいしか稼がないのに、親からの仕送りが170万円で、奥さんのアルバイトで60万ちょっとしのぐ。親の仕送りのうち、50万円ちょっとは使い道に注文が付けられている。親も疲弊しているので、「自立しろ」と仕送りが毎年シビアに削られて、悲鳴を上げる今日この頃。普通の家庭なら破産しているよな。悲しいことに、日本で47ある家庭のうち、自ら稼いで食べていけるのは、東京ぐらいで限られていることだ。

 支出では食費が150万ぐらいで最も高く、医療や教育に40万。家の増改築や修繕、家電購入には150万を投入するが、借金も多い。富山県の場合、けっこう食費を削ってるけれど、収入減に追いつかない感じ。

 お役所の予算書って、最低単位が千円だったりする。まあ、これはましで、国の予算書なんかは億単位が普通で最低単位も100万円。担当部署ではもっと細かいかもしれないけれど。

 怖いのが、そういう数字の羅列を見ていると感覚が麻痺してくることだ。

 みんなのお金で自分のものじゃないから、使われ方に無頓着になる。それを見過ごし続けて、だんだん、給料やもうけから引かれる金額が、増えていく。

2月17日

 起きたらひどい二日酔い。地球の自転をものすごく感じた。んが、隣に寝ている仲間が起き出している状況だったので、起きるしかない。

 まったく頭が回らない状況で、そこら辺に転がっていたREVSPEEDを読んでいたら、パンケーキが目の前に出てきたので、ぱくぱく食べる。ミルクティーを飲んだらだいぶ二日酔いもましになってきた。デミオを直さないと帰れないので、つなぎを着て、のろのろと工場へ。

 外は一面の雪。一晩で30センチぐらい降ったらしい。富山の人が「大雪だ」と言うぐらいなので大雪なのだろう。僕が見た最大の大雪は、松本時代にみた1メートルだから、何とか対応できた。

 雪かきをした後、デミオを修理する。左のドライブシャフトが破れてグリースが飛び散って、異音が出始めてしまった。

 きちんとメンテに気を遣っていれば防げた現象。昨年4月にブレーキパッドを交換したときには、まだ破れていなかった。その後のメンテは、他人まかせだったので、ブーツが破れていたことに気づかなかった。75000円で買った車だから、10万キロ走ったときにタイミングベルトやウオーターポンプ、オイルシールは交換したのだけれど、基本的にお金を使わないようにしている。メンテしている気になっていただけで、気にしていれば防げたトラブルなのでちょっと反省。安く済ませようと思っていたのが裏目に出て、お金がかかってしまう典型的な例かもしれない。

 リフトに載せてチェックしてみると、左のドライブシャフトブーツがちぎれてグリスが飛び散っていた。右側のドラシャもブーツが切れそうになっていたのだが、ブーツよりもドライブシャフトの根本のオイルシールがへたっていて、ATFが漏れていたので、右側も外してオイルシールを交換するしかない。

 すでにデミオは14万キロ超。75000円で買った車を3年間で4万キロ走ったのなら十分ペイしているので、新しい車(別の格安中古ね)を買おうかとも一瞬思ったのだが、別に乗りたいと思う車もない。なので、左側のドライブシャフトのリビルドと、右ドラシャの分割式ブーツ、オイルシール2つを注文する。

 で、デミオの足回りを分解。ロードスターに比べてなんと単純な構造なことか。3本のボルトを外し、ドライブシャフトのボルトをインパクトレンチでばきばきはずせば、ドライブシャフトが抜けてしまう。

 左側は、リビルドを頼んであったので、交換するだけで簡単。右側は、やっぱりブーツが破れそうなので、交換する。分割式を選んだのは、ドライブシャフトを分解する手間を省くため。最近は、分割式でもけっこう、耐久性があるらしいし、安いのでこちらをチョイス。

 分割式ブーツをシャフトにぶち込んで、付属ボンドを接合部に流し込む。たぶん、ゴムを溶かすような強烈なボンド。たっぷり使ったら、溝からあふれ出てしまって拭き取るのに苦労した。

 携帯カイロのお化けで接合部を加熱して接着する。最高100度になるらしいカイロはもくもくと水蒸気を上げて発熱する。しばらく放置して、グリスをぶちこんで、ブーツをバンドで固定。完成したドライブシャフトを取り付けて、デミオの修理完了。

 これで、エアコンが壊れなければ、20万キロ(あと6万キロ)を走破する計画。

2月16日

 木曜日。久しぶりに名古屋の魚屋さんからTEL。ちなみに、魚の現物支給でチーム「まっさGOGO」のスポンサーをしてくれている(いや、応援してくれているので、勝手にステッカーを作製してボンネットに張ったのだけれど)。ちょっと、調べ物をしてほしいということだったので、おやすいご用でちゃちゃっとメールにて調査結果を送信する。電話でのやりとりで魚屋さん「久しぶりに日常読んだんだけどさ、あんた、滅茶苦茶車屋さんにお世話になっているな」。やっぱりそう思うよね。

 「こっちから何か送るぞ」と言ってくれたので、0.32秒で「フグ」と返答した。

 そして今日。名古屋から送られてきたフグ、6匹。毒抜いて、皮をむいた状態で。「保冷剤代わりに入れておいた」というのがイカ中華。イカにピリ辛ごま油風味の味付けがしてある癖になりそうな食い物で、それが3キロ。This
is 市場サイズ。

 オオミチ奥さんがオオミチお母さんと一緒にフグをさばいてくれた。魚がさばけなければ、ぶつ切りにして唐揚げか鍋、というところだけれど、おろしてくれたので、刺身も可能。

 フグ刺身と言えば、皿の模様が透き通るぐらい薄く切って、ポン酢にモミジおろしでいただくのが正しい食べ方。厚く切りすぎるとかみ切れなくて食べにくいらしい。薄く切りやすいように、半分凍らしてあったフグ切り身。手間をかけるのは悪い気がするので、薄切りに挑戦してみる。

 魚屋さんのアドバイス。

 「てっさ」は長いヤナギ刃で根元から刃先にかけて引く。決して押し戻しはしてはいけない 薄く薄く引くのがコツ厚く切ると噛み切れなくなるので注意! 包丁が無い場合はカッターナイフの長い刃が代用になるかも。要は刃が薄くよく切れるものが良い。

 「てっさ」は長いヤナギ刃で根元から刃先にかけて引く。決して押し戻しはしてはいけない 薄く薄く引くのがコツ厚く切ると噛み切れなくなるので注意! 包丁が無い場合はカッターナイフの長い刃が代用になるかも。要は刃が薄くよく切れるものが良い。

 刺身用の長い包丁があったのだが、片刃なので左利きの僕にはかなーり使いにくい。なので、両刃の包丁で。さすがに引くだけでは切れないので押し戻してぎこぎこと切る。半分凍っているので、なんとか切れるが、これがけっこう難しい。最初は分厚く切れちゃっていたのだが、だんだんとこつをつかんで薄く切れるように。が、皿の上に花びらのように並んだてっさはさすがに無理で、ぎこぎことぼろ切れのように切った身を適当に並べていく。最初はビジュアルも悪かったが、たくさん並べたらそれなりにおいしそうに見えてきた。


↑↓ロンリーマン氏のmixiから無断転載(笑)


↑↓ロンリーマン氏のmixiから無断転載(笑)

 メインディッシュは鍋で、この日は大量の三重産カキもあったので、カキ鍋とカキフライ、そしてフグ唐揚げもつくる。フグってものすごくだしが出るから、鍋もうまいが、シンプルな唐揚げも滅茶苦茶うまい。

 この日は招集がかかったから何人がおおとろ亭に来たのだろうか。数えていないから分からないが、たぶん15人ぐらい。大量に出された鍋や唐揚げ、カキフライはあっという間に消えていき、僕は大量に摂取したビールのせいでふらふら。おおとろせがれのちゅうとろくんと別の部屋で「たたかい」をしていたらかなり脳みそにアルコールが回ったらしく、ちゅうとろくんの寝顔を確認してからの記憶があまりない。せっかく切ったてっさも、食べた覚えがなかったり。たぶん食べたと思うけれど。

 気がついたら、居間で仲間とともにふとんを敷いて寝ていた。

2月14日

 今年も遠い目になってしまう日が来てしまった。別に言われなければ思い出すこともないのだろうけれど、移動中のカーラジオからはチョコチョコした話がいっぱい流れ出てくるので、いやがおうでも意識してしまう。

 ロンリーな車野郎であることにポリシーを持って突き進んで生きていれば良かったのだが、僕の場合は微妙に寄り道をしたこともあって、遠い目が見ている先がさらに遠く感じられる今日この頃。人生にはリセットボタンがないから、ポリシーがなかろうが、どんな状況も受け止めて生きて行けねばならぬ。

 こう書くと、日々マイナスオーラを噴出させて周りも暗ーくさせて生きているように勘違いされてしまいそうだが、僕はきわめて脳天気に富山ライフを満喫しているのであって、頭はいかに要領よく仕事を片付けて遊ぶかでフル回転していて、ようするに仕事後の飲みか週末の車いじりかで占められているのである。

 で、何となく居心地が悪い日になぜか仕事の会議があった。県内で働く10数人が集まって何が決まった、というわけでもない極めて非生産的な時間を過ごしたのだが、幸運だったのは今日は宿直に当たっていたこと。普通なら、アルコール抜きでお留守番なのだが、ともに働く人たちが勢揃いしているのだから、お留守番よりも、コミュニケーションの方が重要となる。ようするに、飲みに行ける。普段はあまり勧められないことを堂々とできるのって、縁日の日の夜遊びみたいで、うれしいじゃない。

 向川原町の川のほとりの居酒屋へ。酒屋がやっているお店、ということで良いワインを格安で飲めるのだとか。店内もメニューも「正しい居酒屋」なのだが、ワインが豊富なところがちょっぴり粋で良い。

 が、いろいろ飲むと翌日動けなくなるので、もっぱらビールで。いちおう、仕事中だから遠慮しながら飲んでいたのだが、1杯2杯3杯と飲むうちにだんだんどうでも良くなってきた。

 タクシーで1度職場に戻るも、収まりがつかない若い衆たちが再び飲みに行くということだったので、今度は歩いて総曲輪へ。

 気がついたら職場のソファーで朝を迎えていた。