富山で最後とでも言うべき仕事を終えて、ビールを飲んでまったりとしている午前3時前。例年2人でやっている仕事を1人でやったからそれなりに疲れた。富山での仕事はずっとこんな感じで徒労感が大きい。
先週の日曜日に次に住むアパートを探しに行った。知り合いがいることや家賃が安いことから、名古屋市ではなくて、北隣の北名古屋市(べたな名だ)のアパートを確保。引っ越しに向けた準備が着々と進んでいる。実は、一宮インターが近くて富山までのアクセスが良いからというのが本当のところなんだけれど。
富山で最後とでも言うべき仕事を終えて、ビールを飲んでまったりとしている午前3時前。例年2人でやっている仕事を1人でやったからそれなりに疲れた。富山での仕事はずっとこんな感じで徒労感が大きい。
先週の日曜日に次に住むアパートを探しに行った。知り合いがいることや家賃が安いことから、名古屋市ではなくて、北隣の北名古屋市(べたな名だ)のアパートを確保。引っ越しに向けた準備が着々と進んでいる。実は、一宮インターが近くて富山までのアクセスが良いからというのが本当のところなんだけれど。
今年4回目のスキー。野沢温泉の泊まりがけスキーを2回と数えているから、正確には4日目のスキーだ。
妙高高原の妙高杉ノ原スキー場。雪質は一度雨が降ったような感じのザラメ&アイスバーンといった感じ。これが、今までで一番滑って、それほど急斜面なコースではないのだが、スピードが上がって怖かった。平らなところでは、ストックだけで前に進む感じだったので楽だったけれども。
先日、高岡駅地下で営業を始めたつけ麺屋「まるかん」(月、木、金営業!)に食べに行ったとき、スキーのインストラクターもやっているというマスターから「スキーは車のサスペンションに例えると、説明しやすい!」というアドバイスを受けていて、僕はようやくキャスターが適正化したところだな、というイメージを得ていた。斜面に対して直角に立つ、という基本がなんとなくわかった感じ。言葉だけで聞いたイメージをどれだけ実践できるか、と挑んだ今回のスキーだったけれど、結果から言えば、惨敗といった感じ。
最大でも中級という斜面もあって、何の躊躇もなく滑ることができるのだけれども、「決まった」という感じは全然つかめない。外から見たら下手丸出しだよな、という感じの姿勢がいろいろ試してみても最後まで直らなかった気がする。
スクールでも申し込んで、1度、ちゃんと習った方が早いのかな、と思った次第。
午後になって雪がひどくなってきて、斜面にだんだんと雪が積もって雪質が柔らかくなった。雪質が柔らかくなった感じ。が、中途半端な降り方だったので、ところどころアイスバーンがむき出しで、いきなり板がすっぽ抜けて、左右の足で違う方向を目指して転んだことも。いよいよ雪がひどいので、4時前に切り上げて、ちょっと時間が早かったので、富山でご飯を食べることにして、雪の高速を走る。富山がけっこうひどくて、朝が早くて意識が飛びそうだし、車も飛びそうだしと、苦労してようやく午後6時半すぎに帰ってきたら、不吉な電話が。
急な事件発生、ということで、突然仕事をすることに。締め切りに間に合わないかも、とスキーウエアのまま仕事に行って、10時すぎになんとか仕事を終えたら、上司が気を利かせて夕ご飯に焼き鳥を買ってくれた。じゃあ、ビールは飲むでしょうと、焼き鳥ビールをしていたら、気がついたら日付が変わっていた。
ふらふらだったので、家に戻ってふとんに倒れ込んで意識を失った。
突然ですが、名古屋に行くことになりました! 3月から。
名古屋に行くことになりました!
もともといた部署へ出戻り。10月下旬にそんなような情報を察知していたので、びっくりはしないけれども、決定までは動けないわけで、決まったとなるとばたばたと忙しくなる。忙しい時期でもあるから。
2007年8月に富山に来たときから、いるのは3年がマックスだと思っていた。なので、間瀬耐久レースに勝つためにはフル参戦で2シーズンできれば良いところ。その時間で、勝つためにはとりあえず、最初の年の最終戦は出なくてはならないわけで、富山に来て速攻ですたげさんからVスペシャルを買って仕事をさぼって雅久号を仕上げて参戦したのであった。
レースって参戦するからには目標は勝利に置かないと意味がない。最初は心構えが悪くておおとろ監督に本気で怒られたこともあったけれど、何とか日々どうやったら速くなれるかを考えて、車を作って走らせて、ベストの状態でレースに臨んできたつもり。耐久レースは他の2人と一緒に走る競技なので、ドライバーたちの休みと間瀬の走行枠がなかなか合わなくて毎回、ドライバー的にも車的にも微妙に準備不足だったことは否めないのだけれども、まあ、与えられた条件の中でやれることはやり切ったと思う。
結果、フル参戦2シーズン目で年間チャンプを獲得。速さではライバルチームに大きく遅れを取ってしまったけれども、運もあって結果を残すことができた。3ヒート走りきってポイントが上回った方が勝ち、なのだから、間違いなく勝ちなんだけれども、まだやり残した感はたっぷりある。まあ、例えトップの速さだったとしても、やり残した感はあるに違いない。それが、モータースポーツだし、最初から見えていたら、やる意味もない。
とにかく、足の動きが気に入らなかったらその都度、ショックの減衰変更をかけたし、バネやそのほかもろもろのパーツは必要なら投入した。タイヤはバンバン使い捨てた。とにかく、お金は使うことにして、制約ではなくした。こんなこと書くと、トロフィーをお金で買っているみたいで嫌な感じに受け取られるかもしれないけれど、モータースポーツはそういうところがある。金を出せないやつが悪い、みたいな。それは、鈴鹿のFJ参戦で嫌と言うほど実感した。ただ、お金を掛けたからといって、速くなれるわけでも勝てるわけでもないけれど。
少なくとも、トップの速さでもうまさでもなかったので、カップをいただけたのは勝負運と結論づけるしかないけれども、とにかく参戦して結果が出たことは良かった。15インチにGTウイングにと、2009年シーズンの枠組みで完璧に車をつくり切れていなかったのでやり残した感はとてもある。今の車の悪いところをなくすべく、バランスを最適化したとして、ライバルチームのタイムには届かないと思うから、勝負するにはナンバーを切るしかないな、なんて思ってみたり。
車検が通る仕様で自走して参戦するのがNゼロだと思うし、事実それで勝ったのが、格好良いなあ、と自己陶酔してみる。
と、こうつらつら書いてくると、名古屋に引っ越しして、いよいよ車遊びからは卒業か、と思われるかもしれないが、それは間違い。名古屋から富山って、家の近くのコンビニに缶コーヒーを買いに行く程度の距離にしか感じない。ま、工場まで20分だったのが3時間に離れるけれども、その分、早く寝て早起きすれば良いだけ。
2010年シーズンの間瀬耐久に参戦しようかどうか、まだ迷っているところ。車のメンテをある程度してくれるドライバー、募集中(笑)。
土曜日。雪よかし(除雪)しようかと工場に来たら、「水路に水が流れてないから無理」とのこと。確かに、雪を捨てる場所がないと、あっという間に限界が来てしまう。なので、あきらめて下ろしてあったチューニングエンジンをばらすことに。
インパクトレンチを使いながらばらばらとばらしていく。リッター1000キロのオイル消費があって下ろしたエンジン。予想では腰下がかなりやばい状態なんじゃないかな、と思ったのだが、それほどひどい状態じゃない。というか、まだまだ使えそうな状態だった。
オイルが下がっている形跡もそんなにないのだけれど、排気側のバルブにオイルが付いていたところを見ると、どうも下がっているっぽい。
ピストンを見ると、どうも、2番、3番がヘッドとかすかに接触していたっぽい。どうしても真ん中の方が振れが出やすいから高回転まで回したときにでも、当たったんでしょう。最後に回したときにも、工場への到着寸前でぶん回したから痕跡が残ったのかも。
何が問題かっていうと、当たっていた場所的には副燃焼室ができちゃう感じだったこと。「なんで?」って思うほど点火時期が進められなかったのはここにあるのかもしれない。マーレーのピストンと比べてみたら、やっぱりマーレーの方が良い形をしていた。圧縮を上げたいのかもしれないけれど、やりすぎ。粘土で調べたんだけれど、経験がないのでそこまで分からなかった。
夜はもつ鍋をさくっと作って食べてビールを大いに飲んで意識を失う。
日曜日。朝、のろのろ起き出して、水路に水が流れているようだったので、黙々と雪よかし。本当にね、暖かければ消えるものをわざわざスコップでどけている意味が良く分からないのだが、そんなことを考えていても仕方がないので、筋トレと思って黙々と進める。そこそこきれいになった。
で、ようやく雅久号が動くようになったので、工場に入れてブレーキを外す。ばらして洗浄して、リフトに上げたついでに足回りをいじって完了。終わったころにはすでに真っ暗で、気温もたぶん氷点下。よかし残した雪がばりばりと凍っていた。
で、前日に引き続き、ビールを大量摂取して、こんなくだらない文章を書いて、今、意識を失う寸前。
とっても行きたいと思った「ロドまつ」に行けなかった。だって、朝4時まで麻雀打ったし(やはり負けた)、大雪で富山が埋まっていたから、無理! けれども、知人がこのイベントでサーキットに初挑戦したようだったので、アドバイスを記した。それが下記の通り。
まさ 雪で埋もれていて、行けませんでしたわ。だったら、ブレーキでもオーバーホールしようかと思ったら、車が雪で埋まっていたので、無理。ぶるぶるふるえながら、自分で組んだチューニングエンジンをばらしていました。
走りは、最初から最後までブレーキングです。まずはね、どかんとブレーキ踏んで、ロックさせて煙りあげながら止まる。それを覚えたら、今度は煙が上がらないように調整して止まる。それができたら、すでに中級者ですぜ!
まさ アクセルもね、それなりに大事でね。車を運転する多くの人が、例えば時速60キロで走ろうと思ったら、アクセルを踏んで、離して、踏んで、離してを繰り返すんです。で、離すときにはぱっと乱暴に離すの。
どんなときでもアクセルをそっと踏む。そっと離す。一定のスピードで走るときはアクセル開度は一定。それができたら、すでに中級者ですぜ!
つぶやいていたら仕事にならないね。
masa_na6ce: 小沢さんの問題をめぐるA紙の伝え方がすごかった。検察側がどう見込みを持って捜査にあたり、どうして小沢さんまで伸びることができなかったか、つぶさに書いてある。逆に言えばそれだけ。
2010年2月5日、10:40:46
masa_na6ce: M紙は検察の強大な権力の行使のあり方をちょこっと批判しているのと比べると「?」が付く。Y紙は小沢さんまで伸びられなかったという事実が淡々と書いてある。
2010年2月5日、10:44:12
masa_na6ce: たぶんA紙は相当この問題で力を入れていて人もつぎ込んだし、他紙を先行していたんだろう(マスコミの基準で)。で、これまでの集大成を時系列に整理して載せた、と。そこまで食い込んで検察側の意図を書けちゃうのはスゴイ、といえばスゴイ。
2010年2月5日、10:46:58
masa_na6ce: けれども、小沢さんの権力が強大ならば、検察も強大。「国策捜査」と揶揄されたみたいに、そのときどきをときめいている人たちを社会的に殺してきた歴史を見れば、検察側にも釘をさす記事がほしいところ。
2010年2月5日、10:49:27
masa_na6ce: 結局ね、検察は社会部だし、民主党は政治部だしとセクショナリズムがあってなかなかバランスの取れた記事ってできにくい。普段は社内でお互いが競い合っている面もあるので、なかなか一致協力して見識のある紙面にしよう、とはなかなかならない。日々の締め切りもあるし。
2010年2月5日、10:55:01
masa_na6ce: それに、小沢担当であればそれこそ1日中付いて回るし、検察担当ならば、夜討ち朝駆けをしていて、仕事のほとんどの時間を接する形になる。マスコミの記者はだいたいが、担当しているところに甘くなる傾向がある。悩みとか内幕を知っているし、一緒にご飯とか食べていたら仲良くなるじゃん。
2010年2月5日、10:57:27
masa_na6ce: どちらかと言えば仲良くなっておこぼれ頂戴、という下心があるから、なおさらのこと甘くなる。厳しいことを書くと「出入り禁止」も喰らうから、手なずけられている面も。
2010年2月5日、10:59:14
masa_na6ce: 政権交代で記者会見のオープン化が進んで、フリーのジャーナリストでも国の中枢にアクセスできるようになってきた。これまでできなかったのか、といえば、記者クラブという壁があってアクセスできなかったのね。大臣クラスに単独インタビューとか、クラブの了承がなければできなかった。
2010年2月5日、11:02:36
masa_na6ce: それこそ、twitterで記者会見の内容がリアルタイムで出るような時代になると、マスコミの優位性の一角は崩れることになる。
2010年2月5日、11:06:24
masa_na6ce: 時間はちょっとかかるけれど、今は国とか県レベルであれば、トップが記者会見すると内容が公開されるから便利な時代になった。
2010年2月5日、11:08:20
masa_na6ce: 便利な時代にはなったけれども、記者会見っていうのは公式の場であってそこで出る発言は表向きの「建前」みたいなところがあって、本音はなかなか出にくい場なのね。OFFの場のぶら下がりで本音まで取材して、それを勘案してバランスのある記事を書いていた面がある。
2010年2月5日、11:13:03
masa_na6ce: オープン化は進めるべきだけれども、それ以外の取材は答えない、本音は言わない、ってことに事態が進むと、「建前」社会にならないか、ちょっと怖く思う。
2010年2月5日、11:15:28
masa_na6ce: 「法令に違反した」「基準に合致していなかった」とか、形式上だけで物事をとらえて、「悪い」と決めつけてしまう。不当にだますとかもうけるとか、そういう意図はさらさらないのに形式だけが一人歩きしちゃう。
2010年2月5日、11:19:58
masa_na6ce: 一時期あった食品回収騒ぎもそうだったし、今回の朝青龍の事件だって、「知人」ってどんなやつだよと思う。真実が良く分からないのに、本人も訳が分からないまま引退が決まっちゃった。
2010年2月5日、11:21:49
masa_na6ce: 社会全体でみれば損失な気がする。だいいち、品格品格というけれど、品格ある生活を送っている人がどれだけいるんだよ、と。
2010年2月5日、11:23:29
masa_na6ce: コンプライアンスなんて言葉が出てきたころから、社会が変わってきたのかも。法令とかの形式を守ることは大切だけれども、形式は往々にして時代遅れなわけで。どういう背景でそういう問題が起こったのか、実質はどんな事件だったのか、というところを一生懸命追求しないままの報道や謝罪が多い。
2010年2月5日、11:28:15
masa_na6ce: ネットで報道がリアルタイムで出ていることも影響しているかな。デスクから「おい、あちらでこんな記事が出ているぞ」と怒られてあわてた記者が、事実を確認しただけで記事化。結果、メディア全体が同じ論調になってしまう。(反省)
2010年2月5日、11:36:19
masa_na6ce: コンプライアンス社会は記者の仕事の仕方にも影響を与えていて、どちらかといえば「夜」とか「裏」の仕事こそ、特ダネを書くために必要だったのだけれども、表向きの記事を垂れ流して終わっている人が多いんじゃないかなあ。
2010年2月5日、11:39:13
今日は仕事なので、松本から出勤。松本から富山だと、国道158号から安房トンネルを通って神岡へ抜けるのが距離的には短い。高速だと長野道で長野へ抜け、上越から北陸道、とまるまる北アルプスを迂回する形になって距離がほぼ倍になる。
以前ならば当然のように下道で帰ったのだけれど、今は土日高速1000円。下道で帰ると安房トンネルで750円払うことになって、なにやら訳の分からない感じになるので、時間が完全に読める高速で帰ることにする。ガソリン代は倍になるけれども、まあ、会社に負担してもらおう。
富山の雪はほとんど解けてしまったのだが、長野もそうみたいで、ほぼ雪はない感じ。中野ぐらいから残雪が増え始めて、飯山ぐらいになると、普通に路肩の斜面が白い。そして、飯山からトンネルを抜けて妙高高原側に抜けると、突然雪国になるのだからびっくりする。上越から妙高へかけては本当に雪国って趣で、路肩にはうず高く雪の壁がある感じ。
標高で言えば長野が高いし、日本海側ということならば富山もそう。地形なのだろうか、ちょこっとした加減でえらく雪の降り方が違うものだな、と実感する。
びゅーんと帰って、ちょこっと時間があったのでT.O.R.F.へ寄ってゲームをやって、仕方がないから仕事をこなした。
初任地の松本で大変世話になった人が実に36年!の勤めを終えて退職されるというので、慰労会に顔を出した。お酒を飲むに決まっているのだから、定宿の駅前エースインに宿を取り、午後4時半からの開始のところ、ちょこっと前に松本の街に繰り出す。
駅前の繁華街から伊勢町へ。大名町から松本城へ、と歩きかけて、六九商店街がどうなっているかが気になって、そちらの方向へ。長野銀行のでっかいビルが建ってなんとなく新しい街になっている感じなのだけれど、僕の知っている六九商店街はアーケードがあって、音楽スタジオがあって、昭和の香りを感じる場所だったのだけれども、まったく面影がなくなっていて、ショックを受けた。
傷心のまま、西堀方面へ。ふれあい通り?だったか、そんな優しい感じの名前が付いていて、まったくイメージチェンジしていた。いかがわしい飲み屋街だったのだけれどもメーンストリートからは少なくとも面影が見えず。ちょこっと横道にそれると、昭和どころか「大正?」という感じの通りが現れるのだけれども。僕が松本にいるとき、大火事があって、大分いかがわしい街並みの「力」が失われてしまった。
縄手通りを歩いて、そこから路地を通って会場の松本ホテル花月へ。
飲みまくって2次会へ。駅前で再び飲みまくって(拘束されて)ようやく駅前のバッカスへ。元上司と、本気の仕事話を繰り広げる。
で、戻ってきてこんなくだらない日常を書いていたりして。全く内容がなくてすみませんでした。
JR富山港線というのが、4年ほど前まで走っていた。富山駅を起点に、神通川右岸をほぼ北進し、岩瀬浜まで結んでいた。が、車社会の到来で利用客が低迷し、儲からないから運行本数を減らし、さらに利用者が低迷するという悪循環。富山ライトレールに生まれ変わる直前は、1時間に1本の運行。
そういう状況の中、持ち上がったのが北陸新幹線に向けた富山駅の高架化計画。JR北陸本線のほかに、高山本線と富山港線が入っている富山駅。高架化するとなると、とりあえず、今走っている線路を別の場所に移しておいて、高架橋を造らなければならない。でも、富山駅の周辺は一応都市でビルが建っている。3本の路線の仮線をつくるとなるとそれなりの土地が必要なわけで、さてどうしようか、という話になる。
普通の人の発想ならば、1時間に1本しか走っていない路線のために高架橋みたいなでかい構造物の規模を大きくするのは馬鹿馬鹿しく感じる。「どうせ利用されていない富山港線は廃線にして、空いた土地を仮線用地にすれば?」というところに落ち着く。廃線跡はバスレーンにでもすれば良い。ごもっとも。使われていない鉄道なんて無用の長物なんだから。
ところが、富山港線は違った。発想の大転換。富山駅が高架駅になるのだから、富山港線も富山駅接続部分は高架化、というのではなく、「駅付近だけ、路面電車にすれば?」と発想した人がいた。駅接続部分を既存の道路に沿った路面電車とすれば、駅付近の富山港線部分は空き地になる。その空き地を活用すれば北陸本線や高山本線の仮線用地をひねり出すこともできるし、富山港線向けに高架橋を造る必要もない。なんと合理的!
富山市がJRから富山港線の施設を払い下げてもらって路面電車部分を整備するという「上下分離方式」(19日付日常見てちょうだい)で、かっこいい車体が初めて富山にお目見えした。


これね。富山ライトレール。愛称ポートラム。市内線の古い路面電車が、ががががが、ぴしぴし、ごーっと走っていくのとは違ってほとんど無音。古い電車は段差がものすごくて、おばあさんがよっこらしょっとよじ登る感じだったのだが、低床車両なので、とことこと乗り込むことができる。
車社会の富山で「どうせ乗る人いないだろう」と見られていたのだが、15分おき(ラッシュ時は10分)に走らせたら便利だということで予想以上の利用者を集め、「公共交通再生の見本」「車から鉄道へ」みたいな感じで喧伝された。
話題になったものだから全国から視察が相次ぐ。我が町にも導入できないかと。しかし、多くの人が、見に来て「うちじゃあだめだ」と首を垂れて帰って行く。
だって、富山港線がもともとあって、最後の1.1キロだけ路面電車にしただけだもの。多くの都市が都心に入るルートを路面電車にしたいわけだけれど、「既存の道路に路面電車を造ったら、余計に渋滞がひどくなる」といった理由で導入できない。
富山の人10人に聞いたらたぶん10人とも「ここは車がないとなにもできん」と答える。車依存が平均以上に激しい県なのだ。その中で、電車に力を入れるのはとても良いことだとは思うけれど、実態以上にもてはやされている面もなくはない。
セントラムにしても、もともとある路面電車に1キロ新たに敷いただけ。しかも単線。もともと路面電車のインフラがあったからできた芸当なのだ。「客寄せパンダ」的な時期が過ぎて、どれだけ利用されるのか。これから正念場を迎える。
北陸新幹線が開通するのが2015年春ぐらい。そして、2、3年かけて、今度は北陸線を高架にしてようやく事業は完了する。そうして、富山駅が完全に橋上駅になったところで、ポートラムとセントラムがこんにちは、をする。そう、駅北、駅南で分断されている路面電車を駅の下をくぐってドッキングしようという構想があるのだ。
最低でも7年後のお話なのだが、これだけめまぐるしく状況が変わる世の中、路面電車の評価はどうなっているんだろうか、と何となく心配。
木曜日に東京で仕事だったので、せっかく行くのであれば、職探し中の友人Kを激励しなければなるまい、と水曜日の最終の飛行機で羽田へ。7時半発の飛行機だったから8時半には到着して9時半には飲み始められると思っていたのだが、「羽田が込んでいる」という理由で飛行機は8時20分前にようやく離陸。9時20分に到着したので、新宿で落ち合ったのが10時半だった。
ラーメンを食べて友人Kがセレクトしたゴールデン街のバー・プラスチック・モデルへ。80年代な雰囲気はホームページを見てもらうことにして、友人Kとマスターが繰り広げる意味不明な会話に耳を傾ける。
映画評論家・町山智浩さんがこのバーに来て、いろいろな話題で語っている様子を600人が見守っていたという。終わったのが朝5時。?????
後でいろいろ学んでみて、こういうことか、ということが分かった。町山さんが使ったのがUstreamという仕組みで、iphoneを使って店内で語っている様子をネットにアップ。twitterを使ってライブストリーミングを始めたことを告知して、酒を飲みながらの談義を600人が見守ることになった、と。時代というものは進んでいるのだ。
友人Kの勧めもあって、twitterのアカウントを取ってみた。ただでさえ時間がないのに、そんな時間が取られそうなものを始めたくはない、と思っていたのだが、一連の話を聞いて、とりあえずやってみなければ良く分からない、と思った。
で、友人Kがフォローしていた鳩山首相だとか、ジャーナリストの上杉氏とか、総務大臣とかをフォローする。町山さんも。
今日は朝イチの飛行機で富山に戻ってきて、時間があったのでしばらく眺めていた。すると、みなさん、つぶやくつぶやく。自民党の会議の実況中継だとか。なかなかおもしろい。
そのうち、町山さんがライブストリーミングを始めた。ちなみに、町山さんはアメリカ在住だから向こうからの放送だ。画面の向こうの町山さんは、なぜかピカチュウのレインコートを着て、酒を飲み始める。僕が見た時点で200人ぐらいが見ていたのだが、そのうちだんだんと接続する人が増えていって、300、400人となっていった。
なぜか映像は無音で、そのうちに携帯で電話を始めた。どういうことかな、と友人Kにメールで聞いてみたら、これからTBSラジオに電話出演をするのだという。
富山では聞こえない放送なのだが、ごにょごにょとした手順を踏んでTBSを聞いてみると果たして、町山さんが電話出演している。ネットを介しているから、音と映像が同期しているわけじゃないけれど、ラジオなのに、出演している人が生き生きと語る姿が見えるわけだ。ちなみに町山さん、電話だけなのに、身振り手振りが大きくて実に表情豊かに話している(もちろん、Ustreamを意識しているのだろうけれども)。ラジオを聞いている限り、向こう側の人の姿は想像するしかなかったわけだけれど、ネットのテクノロジーで見えちゃうわけだ。
ストリーミング映像の横には見ている人たちのコメントがずらずらっと流れていく。そのうち、接続者は500人に達した。ラジオと言えば、マスメディアで一方通行(他のメディアよりは受け手の参加している割合が高いけれど)になりがちなメディアなのだが、リアルタイムに参加できるというか、新しいコミュニケーション(みんなつぶやいているだけだから時間の過ごし方か?)の形が目の前で展開されていた。
もちろん、マスメディアの力で名の通って発信力が高い人だから、twitterのフォロワーも増えるということもあり、町山さんに無名の500人がぶら下がっているだけ(双方向でのやりとりは難しい)ではあるのだけれども、目からウロコというか、リアルタイムに大勢がゆるくつながるという新しいコミュニケーションの姿がそこにはあった。
で、つぶやいてみているけれども、友達同士でつぶやき合うとしたら「ふう疲れた、今帰った」というつぶやきに「お帰り」と返信するぐらいのもの。そういう意味ではtwitterって無名の人間よりは、名の通った人の方が効果的に使えるツールなのかもしれないね。