4月8日

 東京往復で疲れていたみたいで、朝の目覚めが悪く、仕事場には寄らずに直接仕事先にロードスターで行くことに決めてぼちぼちっと朝を過ごした。

 で、遅れそうになってあわてて名古屋高速に乗ったりして散財する。基本的にいまの仕事場では自家用車での仕事は認められないので、車関係の経費はすべて自腹だ。

 余裕があれば駐車場に止めるのだが、時間ぎりぎりだったので、最小限の時間で戻ってくることにして、路上駐車をして仕事先へ。ロードスター1台が止めてあったって迷惑がかかるような場所じゃないのだが、エンジンをかけたままにする。短時間で去るのだ!

 が、お茶を出されたりしてなかなか戻れない。やばいやばい、と思いつつもお茶菓子を食べたりして、それでもやっぱりエンジンかけたままの車を放置するのも気が引けて、切り上げて、さようならっと仕事先を後にする。

 階段を駆け下りて、扉を開けると、なんと放置車両確認事務の民間委託を受けた事業者のユニホームを着た2人が僕の車を見ている。やばっ、と思いつつ車に駆け乗ると、「おとがめなしよ〜」みたいな感じで手を挙げて行かせてくれた。危ない。

 主要な交差点に警官が立っていて、信号が切り替わるときにホイッスルを吹いていた。そうだ、交通安全運動の期間中だ。

4月7日

 仕事場にも寄らずに名古屋駅に行き、新幹線に乗る。新幹線で東京なんて5年ぶりぐらいで、かなり久しぶりなはずなのだが、あまり懐かしさみたいなものは感じなかった。さんざん、仕事で乗りまくった時期があったので、車窓を流れる景色もちょっと変わったところがあるかな、といったぐらいで、あまり感動がない。

 昼過ぎに品川へ。山手線で新橋。地下連絡道を歩いて汐留方面へ。

 高ーいビルディングの中にある某携帯業者の24階へ行って、納得いかない商法についてあれこれ話を聞く。納得いく説明がほしかったのだけれども、あまり納得いかないまま後にする。

 すぐに名古屋に引き返して仕事場にてだらだら時を過ごし、終電近くで帰宅。

4月6日

 とっても歩きまくった1日だった。

 熱田区で仕事があったので、普通ならばタクシーか地下鉄を使うところ、ここ2、3日、激肩こりに悩んでいるので、歩いて仕事へ行って、途中にマッサージ屋でもあれば入ろう、と丸の内にある仕事場からEOS5Dをぶら下げてとことこと伏見通りを歩き出す。

 ところが、伏見を越えても金山に至っても、お店がない。あったかもしれないが目に入らなかったし、見つけていたとしても歩き出したのがお昼時だったからすぐには入れなかったかもしれない。

 八熊通りまで真っ直ぐ4.3キロ南下。そこから1キロ弱歩いて中央卸売市場に到着したので、ランチをレース好きな魚屋さんと一緒に食べようかと思って電話したら外出中だった。市場の中の侍というラーメン屋に入る。狙っている味は嫌いではないのだけれど、脂っこさが舌に残る感じがちょっと気になった。

 そこから1.5キロほど歩いて仕事先へ。1時間余りで仕事を終えて、再び歩く。次に向かうのは自宅である。台所のシングルレバーな蛇口の具合が良くなかったので、水道屋さんを呼んだら午後4時半に来る、というから立ち会わなければならない。

 家のある西春駅まではやっぱり名鉄に乗るのが楽ということで、神宮前駅に向かって歩く。さすがにタクシーでも拾おうかと思ったけれど、歩けそうな時間があったのでとことこっと。熱田神宮を横切って、3キロほど歩いて、電車に乗る。ここまでで10キロぐらい歩いた計算。

 水道屋さんに蛇口を直してもらい、次の予定は前任地である江南市の人との飲み会である。午後7時の集合時間まではまだ余裕があったけれど、何となく西春駅から歩いて江南駅へ。

 2年半の間にどれぐらい街が変わったかを見ようと、再び歩くことに。江南駅東口から市役所へ向かって、街の中をぐるぐる。再び江南駅に戻ってこれまで2キロ。古知野の寂れた街並みを見たくて再び歩く。やっぱり古知野の街は寂れていて、でも変化はそんなになくて安心した。飲み会までまだまだ時間があるので、あちこちぐるぐる歩いて、再び駅前に戻ったりして、時間をつぶす。すでに足が棒のようになっていて、足首から痛みも。歩くのも休み休みにしろ、と思うのだけれども、腰を落ち着ける気が利いた喫茶店なんかもなくて結局3.5キロほど。

 なんだかんだと16キロぐらいの歩行をしたことになる。早歩きで時速4キロってことはないから歩き移動に費やした時間は4時間よりは若干短いぐらいだと思うけれど、よく歩いた。仕事をちゃんとしろ、という真っ当な指摘については、街を見るのも仕事の一環だと言い張って聞かなかったことにする。b

4月5日

 Freedomセットアップ用に使っていたノートパソコンのLet’snote CF-B5を工場に寄贈してしまったので、仕事用のノートパソコンにUSBをシリアルに変換するケーブルをかましてセッティングをしようと思ったら、どうも相性が悪かったらしく、1、2分でFCSSがフリーズする。数千円出して別のケーブルを買って、また相性で動かなかったら馬鹿らしいので、安いノートパソコンを買おうと思い大須のパソコン屋を回るも、中古で出回っているノートってけっこう新しくてシリアルポートなんて付いていない。てか、高い。

 いろいろ調べてみるに、CF-B5ってコンパクトな上にレガシーなポートもきちんと付いていて、XPも動くし、Freedomな用途にはとても具合が良いことを知った。なので、ヤフオクを探してOSも補償も付いていないCF-B5を落札してしまった。ついでに、間瀬耐久で車載カメラ用に使っていたカメラも、2年以上にわたるあまりにもハードな環境での使用に耐えられなくなってきたらしく、映像が撮れていないこともあったので、また同じものを買った。そもそも、壊れるのを覚悟で安いデジカメを準備した経緯があり、それでも2年、20時間以上は車載映像を撮れたのだから、とその耐久性を半ば買った形。パソコンもデジカメも数千円だから安いものだ。

 で、この土日はやっぱり富山行き。もう遠いなんて感覚はなくて、何らためらいもなく車を走らせて土曜日の夕方に工場に到着する。おもむろに、新しく購入したCF-B5をばらしてハードディスクを摘出。工場に置いてあったCF-B5にUSB経由でつないでハードディスクのコピーを作る。届いたCF-B5にOSを入れようと思ったのだが、手持ちのUSBフロッピーやらUSBDVDドライブやらを認識してくれなかったので、最後の手段の荒技である。たかだか10ギガのハードディスクを丸ごとコピーしただけなのだが、えらく時間がかかった。

 夜は高岡駅前の焼鳥屋「秋吉」でたらふく鶏肉を喰らってビールも喰らって意識を失う。

 日曜日。なぜか所有しているNA8Cを洗車する。問い合わせがある、ということだったので、いつでも引き渡せるようにと。

 洗車してボディーのシミのようなものが気になったが、業務用カーシャンプーで磨いたらきれいに落ちた。磨いたら消える程度の小キズはあるけれど、本当にきれいなボディ。ノーマルホイールもぴかぴかにして、室内もふいて、エンジンルームやら普段は見えない場所やらをいろいろ磨いて完了。ホイールのスタッドボルトすらさびていないぐらいの程度の良さで、下回りもきれい。カーオーディオを変えただけの本当のどノーマル。15年も経過した車にはとても見えない。

 売れるかどうかはまだ決まっていないが、売れればロードスター3台に足車のインプレッサという訳の分からない所有車も、Vスペシャル2台にまで絞られてだいぶすっきりするなあ。 

3月31日

 この世に発生した日だ! しかし、この歳になってめでたいことは何もない、と思っていたら、そうだ、3月中ずっとやっていた電話番が今日で解放になる、ということでちょっぴりうれしい日ではあった。

 夜は仕事場で花見に行こうということで、4人で集まっておもむろに歩き出す。名古屋は今、桜が満開。とはいえ、なぜか満開の木と3分咲きぐらいの桜が隣合っていたりしてちょっと奇妙な感じ。咲く時期に冷え込んだから日当たりの影響が出ているのかもしれない。

 花の下で宴会か、というと、やっぱり寒いし、屋台のご飯やお酒は高いしで、にぎやかな場所(年度末の日からか、意外なほど人は少なかった)は素通りして、「世界の山ちゃん」へ。4人なのに5人分の手羽先を注文してわしわしっと食らう。

 正しい名古屋な夜を過ごして、帰ってきてビールを飲んで、こんなくだらない文章を書いている発生日の夜。

3月25日

 名古屋に移って突如、ファーストカーに返り咲いた我がロードスター・雅号。ノーマルエンジンにノーマル形状の足の「スーパーチョコバナナ」、ノーマルマフラーで、ありふれたロードスターとなっている。

 近い将来、こういうことになるだろうな、と予測して、とにかく移動が楽な仕様にしていた。FunctionXでも良かったのだけれど、12キロ10キロぐらいの足回りになると、高速道路ではけっこうしっかりハンドルを握っていないと怖い。今の仕様では、高速道路では同じスピードでもかなり楽。狙ったラインにきびきび乗せる、というわけにはいかないけれど、ふにゃふにゃでもなく、ストリートでは十分な軽快さを持つバネだ。ここら辺は、絶妙なバランスを狙ったショコラバネの良さを感じる。

 3月に入ってすでに富山とは4往復ぐらいしているが、行き帰りの道中ではそんなに疲れない。オイル食いだったので仕方なく交換した今のノーマルエンジンも、中間ではトルクフルで、過不足ない感じ。上は回らないけれどね。

 同じことを、雅久号でやったら…。考えたくもない。ものすごい肩こりになるし、耳鳴りもするだろう。3速でも2速みたい吹けるから速いは速いんだけれど、そんな領域はストリートではあまり使わない。

 以上、目的に応じてカスタマイズしよう! という話でした。

3月22日

 金曜日夜。雅久号のセットアップを進めたかったので、日曜日にでもおわらに走りに行こうかな、と思っていたら、春の嵐の予報。土曜日はまだ天気が良いみたいだったので、急きょおおとろ監督に電話をかけて、翌朝から走ることに。チームメイトにも声をかけ、1人が参加の方向。突然の思いつきに付き合ってくれるところがチームワーク。

 おわらサーキットまで、片道30分が片道2時間30分以上になってしまったので、早朝に出発する。用事があって実家に泊まったのだが、久しぶりなので親とあれこれ会話をしているうちに時間が過ぎ、ぎりぎり走行開始の9時に間に合うか、間に合わないかぐらいの時間に出発。

 名古屋インターから東海北陸自動車道へ。休日1000円だから交通量がやたら多い。それでも順調に走っていたのだが、高鷲インター前で渋滞6キロ。スキー渋滞と、2車線が1車線になる場所なので、どうしても渋滞してしまう。なぜか下痢ラ活動が活発で、ひるがの高原のサービスエリアまでの道中で死ぬかと思った。

 ふらふらになりながら何とか、10時半前に到着し、雅久号に乗り込む。フロントの動きが疑問だらけだったのだけれど、原因の1つはやはりターボスタビだという結論を得て、ノーマルに交換。ロードスターらしい動きが復活し、ブレーキングからターンインまでの操作を中心に練習。勘を取り戻すのに努めた。成功裏におわら走行は終了。

 走って疲れたからといって、だらだらしているわけにはいかない。なにせ、工場までが遠くなってしまったから、富山にいるうちにできる限りの作業をしておかなくちゃならない。リフトを借りて、とりあえず、昨シーズン頭に買った08ネオバは今回の走行で終了したので、新しいタイヤを装着することにする。

 ちゃちゃっと装着してしまえばよかったのかもしれないが、ホイールはブレーキダストでどろどろ。レース用パッドは利くけれども副作用も大きい。こびりついたダストを取るのに1本30分。

 夕方には作業を終え、夜は高岡で保護者と誕生祝のディナーを食べる。

 日曜日。黄砂で街が黄色かった。春の嵐っぽい感じもあったのだが、やっぱり作業の続きをしなくてはと、朝から工場に行き、タイヤの装着と足回りのセットし直しなど。問題点のひとつの解決のため、部品の簡単な加工もした。いや、正確にはチームメイトのべいべにしてもらった。とりあえず、今できることはやり尽くし、間瀬でのテストを待つのみ。

 夜はおおとろ亭に宿泊。ビールを飲みながら、最終戦の車載映像を見る。いつまでも前の車を追い抜けない情けなさに、これでもかと駄目出しを食らい、涙目になりながら反省し、いつしか意識を失った。

 月曜日。朝から保護者とともに高速で金沢へ。新竪町でとある物品購入の打ち合わせ。製作をお願いして、歩いて片町プレーゴ通りに行きランチを食べる。品格ある街並みの金沢に、ヨーロッパ風の通りをつくるのはいかがなものか、とちょびっと違和感。でも、ランチは安くて値段にしてはおいしかった。

 彼岸だ、墓参りだ、と再び高速で今度は富山インター。花と墓参りセットを購入し、富山ライトレール沿いを走って岩瀬へ。風が強く、富山の太いろうそくにはなかなか火がつかなかったけれども、無事お参り。そのまま高岡の中心街のあるお宅に寄ってコーヒーをいただき、落ち着かないまま次は井波へ。赤ちゃんを見せてもらった。そして、墓参り2カ所目。すでに日が暮れかけていた。

 砺波のイタリアンでご飯を食べ、帰路に着く。この日だけで400キロ以上走った。

3月18日

 こちらに来てから、とにかく歩きまくっている。富山にいた2年半弱は、そんなに歩かないというか、県庁に引きこもっていたので、大きな変化である。地方にいるときは、車移動が基本で維持費も出してくれるのだけれど、本社だとタクシー移動が基本。タクシーなんて偉い様の使うような乗り物は慣れないのであって、時間があれば歩くようにしている。

 どのくらい歩いているか、といえば、そんなにたいしたことはないんだけれど、例えば先日は鶴舞から丸の内まで歩いた。じぐざぐ歩くから、直線よりはかなり伸びるだろうけれど、たぶん4、5キロぐらい。信号待ちも含め1時間ちょっとといったところか。

 夜に仕事の一環でドラッグストアに買い物に行く用事があったので、怪しげな街方面を歩くことにした。保険として、購入したものでぱんぱんになったドラッグストアの買い物袋を下げて。ぱっと見で、仕事帰りにちょっと買い物をして家路につく疲れたサラリーマンにしか見えないのだが、なぜか変な場所を歩いているというシチュエーション。

 伏見あたりから、名古屋駅方面へ歩いて、納屋橋近くから堀川左岸を南下する。名古屋を知っている人ならば思い浮かぶと思うが、名古屋駅周辺や栄周辺の開発の狭間でちょっと怪しい部分が残っている場所である。都市伝説もちらほら。

 怪しいサラリーマンが怪しい街を行く。きらびやかなネオンがある場所をずかずかと歩く。呼び込みもいるけれど、でっかい買い物袋を下げている人には声をかけてこない。昼間にはかいま見えない、街の姿を肌で感じることができた。

 新州崎のあたりで寒くなってきたので引き返す。右岸側に移って再び怪しい界隈に突入。別に怖いこともない。

 と思っていたら、1階が駐車場になっている怪しげな施設の近くにさしかかったとき、日本語じゃない若い女性の叫ぶ声がしたと思ったら、かつかつかつかつっと、派手な格好をした日本人っぽくない女性が目の前を逃げるように走って路地へと消えていった。と同時に、後ろから巡回中のパトカーがやってきた。

 ちょこっと怖かった。

3月15日

 相変わらず電話番をして、夕方に、さあこれからまた仕事を進めようと気合を入れたとたんに、元ボスがふらりと仕事場にやってきたので、急いで帰り支度をして雨の名古屋へ。

 名古屋駅のとある普通な感じの居酒屋で、味噌串かつなど、名古屋の味を食べつつ、ビールに日本酒を大量摂取。それじゃ、足りないからと元ボスのなじみの店がある御器所へ地下鉄で。

 スナックみたいなところで、キープしてあったウィスキーを空けてしまう。終電で帰ろうと思ったら、伏見までしかたどり着けず、仕方なくタクシーに乗り込んだ。

3月14日

 金曜日。ボスともう一人の人と伏見の行きつけの安居酒屋へ。仕事の話などしながら、飲む。ボスと2人で錦のショットバーに繰り出してしまい、1軒目とは正反対の値段にびっくりして、タクシーで帰ったのが午前3時ぐらい。

 土曜日。朝起きたら当然、地球の自転を感じるわけで、速攻で富山に行って雅久号いじりでもしようと思っていたのだが、あきらめてとりあえず洗濯。午後に出かけて3時半ごろ到着したら、雅久号にカッティングシートがたくさん張られてかっこよくなっていた。

 リフトに上げて、各部のチェックと、足回りを変えたので、車高を調整など。富山はまだまだ寒くてやる気がなかなか出ない。それでも、準備を終えておおとろ亭にて「かに祭り」に突入。滑川漁港水揚げのズワイガニが衣装ケース!にいっぱい。もったいない食べ方を繰り返し、ビールを大量摂取し、いつしか気を失う。

 日曜日。朝、リビングのソファの上で目を覚ましたら遅刻しそうな時間。あわてて同じく寝過ごしたチームメートのべいべをデコピンで起こして、雅久号に乗り込んで間瀬に向かう。何とか間に合った。

 ただ、いつもの触●外しセレモニーはできなかった。○媒をつけたまま走行。思いのほか良いタイムが出たのだけれど、気温が低いことがその理由。でもフィーリングは全体に良い。

 新チームメートとT氏にも乗ってもらい、問題点が分かった。タイムは使い古しのNEOVAで昨年の同じ時期よりタイムが上がっているので、完璧ではなかったけれど、良い傾向だった。

 昼に間瀬を後にして、夕方工場に戻って、高岡でご飯を食べて、午前様で帰宅。1日の移動距離600キロ超え。