7月15日

 なぜか朝から長野で仕事をしていた。16日午前零時で知事でなくなる予定だった田中康夫の顔も見た。また帰ってくる可能性が今のところ高い。帰ってこない方が良いな、と思った人は、僕のほかにもたくさんいたはずだ。

 彼を見ていてだめだと思うのが、問題のすり替えを巧みに使うことと、公私の区別が付いていない感覚。あとは謀略説を公人のくせに平気で口にすること。結局、評論家の感覚のまま仕事をしているだけで、知事としての仕事に真摯に取り組んでいない点か。名付けるならば「自己満足ボランティア知事」。

 使命感だけ先走っても有効なボランティア活動はできない。阪神大震災では、そんなボランティアたちが現場を大いに混乱させた。ボランティアには冷徹な目で、「今力を合わせて何をしたらベストか」を考える視点が必要だ。自分勝手に現場に出向いて精一杯活動したところで限られた効果しか生まれない。

 彼が神戸でやったボランティアはまさにこの「自己満足ボランティア」。その延長線上で県政を考えているのは、評論家として生活の切実さをしらない彼の甘さ、か。政治センスは大いに認めるけれども、実務ができなければ夢のような理念も実現には向かわない。

 何のことやら分からない文章を並べてしまった。それぞれを説明していたら、数百行の文章になってしまうし、今日は疲れて眠いのでこれくらいにしておこう。

7月14日

 午前1時すぎまで飲んでいたと思う。富山の車屋さんの家にお邪魔してビールを飲みながら語らい、とても楽しい時を過ごす。昼過ぎからだから、10時間は宴会をやっていたことになる。途中、ぶっ倒れて意識を失っていたけれど。

 ついに力つきて床に倒れて意識を失う。親切に毛布を掛けてもらったところで記憶がとぎれ、夢の中で機動戦士ガンダムのさまざまな音楽が出ては消えてゆく。同じ部屋で、徹夜でPS2のゲームをやっていた変人がいたからだ。

 午前5時に携帯のアラームで目が覚めると、変人はまだドムを操縦していた。この時点で4、5時間同じゲームをやっていたことになる。変態だ。

 松本に向かう。道はとってもすいていてかなり走りやすかったのだが、心配だったのはガソリンの量だ。富山を出発した時点で残量はメーター読みで4分の3のところを少し切っていた。残り15L前後といったところか。

 富山から松本までは130kmぐらい。富山の国道41号沿いで入れていこうと思っていたのだが、ガソリンスタンドは朝早すぎてどこも営業していない。平地なら十分足りるのだが、標高1500m付近を走る道。登りばかりなのだから、少々不安だ。

 スピードを抑えていたら、何とか松本までたどり着いた。松本インターそばのスタンドで入れると、43.5L入った。NA6CEのタンク容量は45Lである。実際はもう少し入るのだろうが、残り3Lは確実に切っていたに違いない。

 家に行き、荷物を下ろして午前8時前。女神湖ミーティングの集合時間は9時である。

 あわててビーナスライン経由で向かう。標高1600mぐらいから雲に突入し、濃い霧の中を走行することに。霧ヶ峰からは交通量も増え、時速30キロぐらいののろのろ運転。時間が迫っていたので焦るも、濃い霧のため、間違っても追い抜きはできない。あきらめて、のろのろと走って白樺湖へ。

 芝生の上に40台ほどのロードスターを円形に並べるこのミーティングはなかなか趣深い。サーキット走行後のハードな飲み会のせいで、体調が悪く、最初は立っているだけでやっとの状態。「うげ」とか「ああ」とかうめき声を上げていたら、冷たい視線を浴びてしまった。

 最初のイベントは愛車自慢である。さすがにミーティングに訪れるだけあって、さまざまな仕様のロードスターが並ぶ。そんな中だと、僕のノーマル然とした相棒は、当然目立つことはない。

 「ご自慢のポイントは?」

 「昨日ミニサーキットを走って汚れたホイールでしょうか」

 「はあ。なぜBBSのホイールキャップが付いていないんですか」

 「タイヤを良く外すので脱着が面倒くさいからです」

 「はあ。ドリフトでもされているから面倒くさいんですか」

 「いや、そんなことはないんですがね(足回りが決まっていないのサ)」

 「はあ。ほかにアピールポイントは?」

 「石井自動車のど〜だバーぐらいかな」

 「しっかりした補強ですね。ありがとうございました」

といった具合に、至極平和に終了した。事前にメールしておいたプロフィールには「手塩にかけてエンジン交換」としてあったし、参加カードには自己PRとして「メカヲタク」と書いてあったから、そこを突けば1時間ぐらい長々と変更点やら、こだわりを話したのかもしれないが、別に今の仕様はノーマルに近くておもしろくはないし、変態だとばれるのがいやだったので黙っておいた。

 寝ていないのが一番効いていたのか、とってもだるかった。本当はミーティングは出会いの場としてとっても素晴らしい機会なのだが、知らない人と話すエネルギーもわかずに、うだうだしていたら、いつの間にやら終了の時間に。少々もったいなかったかも。

 ちなみに元諏訪、現在板橋のびー氏がRoad&Ster誌の取材を受けていた。ワンオフで付けたフォグランプが目を引くこのNBである。

 フォグはファッションでなく、暗い信州の夜と、諏訪の濃いの対策のための実用部品である。なかなか良いね。

7月13日

 ある発表があったので、夜9時に仕事を終えて、職場の人と飲みに行く。正しい居酒屋で生ビールを数杯。翌日は、午前7時30分から富山のサーキットの走行会があるので、早く帰りたかったのだが、いつものショットバーで前飲んだときに借りた傘を返さないといけなかったので、軽く飲むと決めて午後11時ごろ、仕方なく向かう。

 いつの間にやら午前1時半。ショットバーを出て、ラーメン屋でラーメンとみそ餃子。さらに瓶ビールを注文する。

 帰宅はたぶん2時すぎ。布団に倒れ込むようにして意識を失ったと思ったら、午前4時30分にセットしてあった携帯のアラームで起こされた。体調悪い。遅れるといけないので、5時すぎにサーキットへ向けて走り出す。

 何とか間に合い、午前中、激しくサーキット走行。ノーマルビルシュタインは激しくロールするものの、とてもコントローラブルで走りやすい。タイムを出すならバネを固くしなくてはならないかもしれないが、走りを研究するには最適の足回りであることを確信する。

 とっても暑いこともあり、タイムはのびない。これまでで一番悪いタイムであったのだが、ドライビングではこれまでの走りより、一歩良くなった気がする。

 富山の車屋さんの家で昼過ぎから宴会。明日は女神湖ミーティングに参戦するから、朝5時に起きて富山を出発するのだ。はあ。

7月11日

 なぜか仕事場に届いたNikonのD1を触った。

 デジカメは基本的に信用していない。ある瞬間を撮らねばならないときh、デジカメの持つタイムラグが致命的なのだ。時間にしてコンマ何秒の世界だが、失敗が許されない場合、これが異常に長い時間に感じられる。しかも、オートフォーカスや露出に手間取って、なかなかシャッターが下りないことがある。今使っているNikonE5000の場合、スイッチを入れて数秒待たねばならない。これは問題外。あ、この瞬間と思ってカメラを構えたのに、ジーと数秒間待たねばならないのは、何とも間抜けである。

 デジカメは画面で確認できるから、便利じゃないか、と言うかもしれない。けれども、NikonF90xで写真を撮った場合、「あのカットは使える」という手応えがある。何百枚も何千枚も撮影した経験があるから、手応えを感じてそのカットが使えないことは、ほとんどない。逆に、「使えるカットがない」という手応えを感じることもあるけれど。

 NikonE5000で暗い場所だったりすると、なぜかシャッターを押しても切れないことがある。この場合、AE、AFロックを駆使するんだろうか。けれども、1眼レフであれば、オートフォーカスさえマニュアル(悲劇的に使えないので使っていない)にしていれば、何も考えずに押したその瞬間にシャッターが切れる。少々ピントが甘かろうがその瞬間が写っていることが重要なのだ。E5000の場合、マニュアルのピントは距離でだいたい合わせるしかないので、これも問題外。

 さてD1である。今はD1xという後継機が出ているので、型落ちに当たるが、これが本当に素晴らしかった。F90xと遜色がないどころか、すべてに置いて上回っているかもしれない。レンズの焦点距離にして1.5倍程度画角が狂うのが気になるけれど、それ以外は本当に使いやすい。撮影のために必要な設定はほとんどがダイヤルやスイッチで変えることができる。その使いやすさも秀逸。1眼レフ最高峰のF5をベースにしているから、当たり前と言えば当たり前なのだが、手に取ってその操作感を味わってしまうと、がぜん欲しくなってしまった。

 けれどもカメラ屋さんで50万弱というこの価格。中古のNA6CEより高いなんて。

7月10日

 月曜日は大町で飲んだくれた。飲屋街、というにはあまりにも寂しい街の、寂れた感じのスナックで、マンツーマンでとことん。2軒目行ってカウンターに座り、バーボンを1本入れてしまった。記憶が途中から怪しくなっている。もしかしたら、ボトル1本、干しちゃったのかも知れない。

 翌朝、白馬村へ。仕事をこなすも、はあはあと息が荒く、脂汗を流した怪しい男に、周囲の人は恐怖を感じていたに違いない。

 仕事自体は大したことはなく、あっという間に終わる。大町に引き上げようと、車に乗ったら、無性にラーメンが食いたくなってきた。正しい男の子の行動のような気がする。まだ午前9時台。ラーメン屋なんて開いていないので、ローソンに寄ってカップラーメンを買い、お湯をもらって、ジムニーの中で喰らっていたら、さすがに自分の馬鹿さ加減が身に染みた。

 夜になって、松本の仕事場に戻る。体調はすぐれない。今日はさっさと帰って部屋の中のエンジンパーツでも片付けようかな、と考えていた。

 なのに、仕事場の人がおもしろくないことがあったらしく、「酒飲みに行こうぜ光線」を発してきた。「勘弁して」とも思ったが、人にはやはり、とことん飲みたいときが、ある。それに付き合わないなんて、人間として、ヒトとして間違っている、という訳の分からない理屈によって、2晩連続のハードドリンクで、ドランクな僕なのであった。

7月8日

 本格的な夏のような日差しであった。松本で最高気温が34.2度だったようである。抜けるような青空。真っ白い入道雲が美ヶ原高原にかかり、梅雨が明けてもう真夏になったようだった。

 この時期は太陽の光線の色からして違う。白くて明るく、その上透き通っている感じ。街並みや、行き交う車、街路樹、路面といったすべてのものが明るく見え、気分がうきうきしてくる。暑さが何とかなれば楽しいだけなのに。8月のお盆をすぎるとこの光線の様子も変わってくるから、この時期から8月半ばまでが夏本番と言っても良いかもしれない。最近、本格的に海で泳いでいないので、無性に行きたくなっている僕はミーハー野郎だ。

 同じ30度オーバーでも湿度の低い松本ではやはり感じ方が違って、風の通る室内では何とか冷房がなくても過ごしていられるくらい。夕方、一気に気温が下がるのも特徴か。夜に寝苦しいことはほとんどない。窓を開けて寝ると風邪を引くぐらいである。

 うきうきしてくるこの日差しも、オープンカーにとってはつらいもので、昼間は高原に行かない限り、間違っても開幌できない。この時期、乗るなら朝だ。夏は朝が一番良い。東の空がだんだんと白み、鳥のさえずりが聞こえはじめたころ、幌を開けて走りはじめる。高原も楽しいが、海岸線はさらに良い。早朝はまだ道もすいているので快適に飛ばすことができる。少々湿った風も夜は不快だが、早朝だとなぜか気持ちがいい。

 気温が上がりはじめる午前8時ぐらいまで、浜のにおいを感じながら走ると、日頃のストレスも一気に解消である。しかし、気温が上がりはじめると開幌もただの苦痛になるので、おとなしく幌を閉め、窓とリアスクリーンを開けて走る。それでも耐えられなければ、エアコンの風を体に当てれば大抵はしのげる。窓から進入してくる重苦しい熱風を感じながら走るのは体力がいるけれど、趣がある。

 人は暑さもなんとかしのげるものの、車は気温が30度を越えるとなんともならない。NA6CEノーマルの場合、この時期、街乗りだと、油温が110度、水温も下手をすると100度に達する。オイルクーラーがなければスポーツ走行なんてする気にもならない。

 本気で走るなら、秋を待つしかないか。

7月7日

 今日も休みであったので、午前中にパソコンの車関係のあるソフトをぱちぱちいじってあれこれ思いを巡らせ、雲が多い天気であったので足回りを交換した。ディーラーの店長が工場の裏に隠しておいた純正ビルシュタインである。

 数日前、夜の7時ぐらいにディーラーにおもむく。いつもながら忙しそうな店長をつかまえ、「速いですね!」と挨拶した。今年から筑波で始まったNR-Aのパーティーレースの2番目のカテゴリーである「エンブレムクラス」で、2位だったのだ。

 予選2位。佐藤琢磨ばりのスタートダッシュでトップに出るも、CG誌のロードスターに抜かれて、予選順位のままゴールしたという。この抜いた人がなかなかきついガードをするらしく、ラインをブロックするのはいいのだが、そのままコース外にまで追いやられてしまったという。あの道幅がある筑波サーキットで。F1なら非難ごうごうだ。CG誌を見せてもらうと、店長がシャンパンを振っていた。すごい。

 この日の目的は、工場に落ちている純正の足をもらうことだ。最近、下手な僕には純正の足で上等ということを悟ったので、落ちていないか聞いてみたら、店長が使うためにとっておいたSスペビルシュタインがあるという。

下手な僕には純正の足で上等

 「月曜日にFISCOで使おうと思っていたのになあ」とのこと。しかし、組み替えいている時間がないだろう、と貸してもらえることになった。工場の裏に行くと、雨ざらしになったビルシュタインが…。ダストブーツもぼろぼろになって見た目はぼろぼろだが、抜けてはない、とのこと。喜んで貸してもらった。

 その後、店長が手に入れたというノーマルロードスターに乗らせてもらった。本当になにもいじっていないノーマルで、店長がエキマニとジャングルジムのようなロールバーを組んだだけという。

 エンジンは悲劇的に吹けない。ノーマルってこんなに吹けなかったのか。改めてROMチューンの威力を知ったのである。乗り心地がとっても良い。パワステとノーマル足のおかげで、とってもきびきびと鼻先が動いてとっても楽しい。僕のロードスターのハンドリングはノーマルとはやはり違ったものになっている。

 そのビルシュタインを、ことし2月末に組んだばかりのKONIと組み替えたのだ。ロードスターでリアはBeatlesのAbbeyRoad1枚分の時間で終わった。フロントは、右フロントのボールジョイントのボルトをはずすのに手こずり、かなりの時間を消費してしまった。

 詳しいバネレートは知らない。そんなことを気にしているより、運転しろというのが、最近の悟りであるので、どうでもよい。けれども、8K6KのKONIとあまり乗り心地が変わらない。さすがに段差が大きい場合は違ってくるが。バンプラバーの関係でごつごつした乗り心地という話は聞いたことがある。ハンドリングは少し軽快感が出た感じ。

 最初はこの足を甘く見る考えも、心の片隅であったのだ。しかし、乗ってみて知らなかった方が良い現実を悟ってしまったのである。それは、、、、、

 

 

 

 そんなに変わらねえ…

そんなに変わらねえ…そんなに変わらねえ…

という受け入れがたい現実だった。8K6Kの足からノーマル相当に変えたのに、そんなに大きな違いを感じられないような未熟なお馬鹿さんだったのね。

 最初は、スピードが出ないタイトなヘアピンでオーバーを出したら、思ったよりリアが流れるのが速くスピンした。右フロントが側溝に落ちそうになった。危ない。けれども、1往復してみると、思ったよりも挙動は安定しているな、と感じた。

 違いを感じたのは、コーナー中のアクセルオンで曲がってくれるということだった。今までは、横Gがかかっているときにアクセルを踏むと外側にふくらんでしまうアンダーステア気味だった。コーナーの出口付近までアクセルを我慢していたので、なんだかとっても気持ちがいい。最初スピンしたのも、前の足の感覚でアクセルを多めに踏んだからかもしれない。

 さすがに、ロール量は大きい。フルブレーキでかなりノーズが下がる。が、いかにも荷重が移動している感じでとってもつかみやすい。足に慣れるために、7往復ぐらいした。いくら、涼しい松本の夜であっても、汗だくになる。

 さすがメーカーが走りグレードとして出した足だけあって、なかなか具合がよろしい。店長に返すのが惜しくなってきた(不敵な笑み)。

 あれこれいじりはじめて数年。エンジンにも手を入れた。それが、今はノーマルエンジンに、ビルシュタインとSスペタイロッドエンドで、Sスペノーマルの足。あれこれやって時間と金を使い、結局ノーマルに戻ってくる、という笑えない悲劇は、ロードスター乗りには良くある現象だ。

 もちろん、ノーマルは過程にすぎないのだが。

7月6日

 変態ツーリングへ行って来た。

 ロードスターを使う目的の中で、一番のものが、この変態ツーリングである。信州に来た当初は、目的地もあてもなく、突然走りだして、うろうろといろいろな道を半日ぐらいかけて走るのが何よりのお楽しみであった。なぜ半日か、と言えば、休みの日の午前中には起きられないからである。

 時がたつにつれ、信州の中で知らない道が少なくなってきた。すると、いろいろなルートを組み合わせた、とてつもなく長いツーリングにはまり出す。しかも、車があまりいないところを選び、アベレージ速度を上げて距離を稼ぐのである。

 そんなルートの中で、一番良かったのが昨年8月にやった「信州高原巡り」であった。平地はなるべく避け、山深い高原ばかり選んで走るのである。松本から聖高原を抜けて長野へ至り、善光寺の裏から飯綱高原。そのまま黒姫高原へ向かい、野尻湖の横を通って斑尾高原を通り過ぎ、飯山に下って、野沢温泉村に到達。「奥志賀林道」というマニアックな道をひたすら志賀高原に向け走り、渋峠から群馬県草津。軽井沢へ至り、松本に戻る、とまあ、一気に書けばこんな感じのルートだ。志賀高原から渋峠の間は標高2000mオーバーである。別天地に来たようでとっても気持ちがよいのだ。

 こんなおかしなツーリングに、以前「しごいた」埼玉県の某氏を誘ったら喜んで来た。お互い、変態ですなあ。野尻湖あたりまでは、本当にピクニックのようなコース。楽しく走ることができる。

 それでも100キロちょっと走っているのだから、ちょっとは疲れるはずである。しかし、今日のメインイベントは、奥志賀林道なのである。車同士がやっとすれ違えるぐらいの幅の曲がりくねった道を延々と40キロぐらい走るのだ。

 野沢温泉で「まだルートの半分ですよ」と告げると、期待とは裏腹に目を輝かせて喜んでいた。松本に来るまでに3時間ぐらい走っているわけで、この体力と言ったら舌を巻くしかない。

 今日はとにかく、絶好のツーリング日和であったのだ。雲が高い位置にあって、日差しはなく、それでも北アルプスや黒姫山はきれいに見え、標高が高いところへ言っても雷雲がない、という本当に良い日であった。日が差せば、汗まみれのツーリングになるに決まっている。

 野沢温泉からスキー場を抜け、山にはいるとところどころで山菜採りのおじさんおばさんたちが車を路肩に止めて、一生懸命に草むらに分け入っていた。ある場所では、猿の群が、道路を占拠していた。道路上なのに、人口密度と猿密度がほぼ等しいのである。そんな道を、言えないスピードでぶっ飛ばした。

 佐久で分かれ、8時すぎに松本に戻り、腹が減ったので友人Kと飯を食うことにした。焼き肉を食べようと、豊科町まで遠征したのに、ことごとく満員であったので、40キロぐらい無駄足を踏んだ。

 お腹いっぱいの一日でした。

7月4日

 飲んだくれてばかりいて、ここの更新がお留守になってしまった。カウンターが1でも上がっているのに気が付くと、罪悪感にさいなまれてしまうのである。

 飲んだくれている間に、長野県知事の田中康夫を取り巻く情勢が緊迫の度合いを深めている。全国版ニュースでも取り上げられているから、知っている人も多いと思うが、明日にも県議会から不信任決議をたたきつけられる公算が大きいのである。

 知事の権限は大きい。なんと言っても、1兆にも上る県の予算をにぎっているのである。田中康夫がいやだ、と言えばコンクリートのダムは造ることができない。予算が執行されないからだ。さらに、人事も握っている。知事の気に入らない県職員は、簡単に出先機関に飛ばしてしまえる。

 だからといって、好き放題できる訳じゃない。すべてに「説明責任」が求められ、やることすべてにチェックを受ける。チェックを担当するのが、今回不信任をたたきつける県議さんたちだ。田中康夫がやりたいことは「議案」として議会に提出し、議会で可決してもらわなければならない。保守系の人が多い県議と知事とは、ことあるごとに対立し、文字通り「犬猿の仲」なのである。

 今開かれている県議会では、田中康夫がつくった「ダム検討委員会」の1年ちょっとの話し合いに基づき、2つのダムの建設中止を決めた。今の日本は国のお金で道路や建物を造って地方を潤わす仕組みだから、ダム中止は痛い。それに、治水が悪いとされる地域が放置される結果となってしまう。第一、ダム前提に川を改修しているから、もう一度やり直す結果となり、えらく時間とお金がかかってしまう。

 そして議会では知事vs県議のバトルが繰り広げられたのである。県議が言うことも筋は通っているものだから、田中康夫は防戦一方。逆切れして、答弁とは関係ない自分の考えを、勝手にとうとうと述べてしまった。さらに、議長が「やめなさい」と言っているのに、延々と答弁と続けてしまった。サッカーで言えば、審判のホイッスルにもかかわらず、ボールを離さずに1人だけでプレーしちゃったのと同じ。レッドカードものである。

 県議会の保守系が集まる集団「県政会」は、もともと「けしからん」と思っていたから、ついに堪忍袋の緒が切れた。文字通りレッドカードを意味する「不信任決議案」を提出することに決めたのである。共産党と社民党をのぞく人たちが賛成する見込みだから、明日、ほぼ可決する予定。ちなみに知事不信任決議案の可決は、岐阜県であっただけで、今回が2回目の「珍事」である。

 不信任されちゃった田中康夫には2つの道が残されている。知事をそのまま辞めるか、議会を解散するか。これを10日以内に決める。議会が解散されたら議員さんを選挙で選び直す必要がある。たぶん、同じようなメンツが集まるから、選挙後に再び「不信任決議案」が提出されることになる。すると、田中康夫は無条件で知事を辞めないといけないのだ。もっとも、知事を辞めても再び選挙に出られる。

 4つのケースが考えられる。田中康夫がそのまま知事を「や〜めた」と言って東京に帰るのが1のケース。これはたぶんない。2つ目が、議会解散で県議選をやった後に、再び不信任案が出されて知事選をやるケース。これが、もっとも普通か。3つ目は、議会を解散した後に知事も辞めてダブル選挙をやるケース。理屈っぽい田中康夫にはありそうだ。「県民の信を問う」とかいかにも言いそう。

 4つ目が、知事が辞職して、知事選だけをやるケース。「けんかをしているのに、片方の知事だけが辞めるわけない」と思う人が多いかもしれないが、これも大いにあり得るのである。

 対立候補が明らかではない現状では、知事選をやっても田中康夫が再選される可能性は十分ある。それに、田中康夫を応援している「脱ダム」な人たちには「田中派」の県議をつくろうという動きがある。本当なら県議選は来年4月の予定だったから、準備不足に決まっている。すぐに県議選をやってしまえば現職が有利に決まっているから、いま県議選をやりたくはない。

 知事選だけやって、田中康夫が勝つとどうなるのか。再び県民から選ばれた知事に県議は逆らえなくなってしまう。結果的に、「脱ダム」に県民は賛成した、ということになるからだ。

 個人的にはこれが、もっとも恐ろしい。田中康夫の独裁政治。考えただけでも鳥肌が立つ。さすがに、県議たちも県議選のダブル選挙に打って出るのかな。長野県のためにはその方が良いな。死ぬほど忙しくなるけれど。

 さて、どうなるのか。

7月2日

 いつもなら仕事場にはあまり寄りつかず、夕方以降に寄るだけのはずなのだが、こういうことを続けていると罰が当たるもので、昨日今日は1日中仕事場でお留守番している羽目になってしまった。

 本当に暇。ここにいる限り、さぼって走りに行くこともできない。本屋に立ち寄って車関係の雑誌を読むこともかなわぬ。

 そんなストレスを発散しに、仕事場の人と飲みに行く。罪悪感。