9月6日

 夜に富山へ行くので本当はいけないのだが、ロードスターで仕事をした。朝から大雨が降っており、気圧も違うだろうからエンジンの調子が悪くなるんじゃないかと不安だったのであるが、まったく問題なく1発始動。問題があるとしたら、配線部分がむき出しで防水処理していないということぐらいだ。ウオッシャータンクの横の高い位置だし、水が飛んでもエキマニの熱で蒸発するだろうという甘い希望的観測のもと、そのまま走った。

 やはり車で移動すると、どうしてもセッティングしたくなるもので、市場へ寄った後、当然のごとくノートパソコンを広げて、仕事そっちのけでセッティングをした。ちょいと低回転でぎくしゃくするのとアイドリングが若干ぶれるのが気に入らなかったのだが、何をどういじれば改善できるかも分からない。適当に数値を変えてみたところで、変化は分かりやしない。

 とりあえず、まだまだ空燃比が安定しないのでレギュラーガスであることもあり、点火時期は大幅に遅らしてある。低回転でアクセルをあおるとカリっとノッキング音がするので、がしがしと点火時期を遅らせていく。いろいろいじってみたのであるが、走り出してもほとんど変化は分からない。

 さて、明日は待望のサーキット走行会である。今は午後5時半。仕事をちゃちゃっと片づけて富山に向かい、阿鼻叫喚の飲み会に突入ダ。

9月5日

 いやあ、ASDL快適。

 自分のぺージがちゃんと更新されているのかを調べるのでさえ、恐ろしく速い。今までは、しばらく時間を置いてから更新されているかどうかを確かめて、しかも、のろのろとした表示しかされていなかったのが、あっという間に終わってしまう。

 どこかのベンチマークサイトで調べてみると、800kbps出ているらしい。電話局から3キロ以上も離れていて、雑音も多いから数値的には悪いのだろうけれど、体感的にはあまり違わないんじゃないかなあ。

 インターネットであるサイトから情報を得るために、たくさんのネットワークを経由して「パケット」がたどり着く。だから、いくらプロバイダーまで8Mbpsで接続していようが、見たいサイトまでにそれより遅い速度でしかパケットがやりとりできなければ、そこがボトルネックになる。まだまだ、何メガの帯域を生かせるほどのインフラが整備されていないんじゃないか、と思うのは、たぶん自分が遅い速度でしかつながらない現実から逃避したいと、潜在意識が叫んでいるんだろう。

 重いファイルをやりとりする機会など一月に1、2度だから、これ以上の速度はいらない気がする。これも負け惜しみな気がするが、現に、ダウンロードしたいファイルがないのだから、今の速度でさえ宝の持ち腐れともいえる。

 最初だからこんなに調子のよさそうなことを言っているが、そのうち、物足りなくなって、光通信のBフレッツに切り替わったりして…。

9月4日

 今は「ぶろーどばんど」の時代だそうで、とてつもないスピードでインターネットに接続している人が多いらしい。何でもDSLで12Mbps、光通信だと100Mbpsも出るんだとか。そんなに速いネットワークなんて、現実離れしていて、付いていけない。

 インターネットに初めて触れたのが1994年だったと思われる。当時は通信と言えばテキストベースのパソコン通信。Niftyserveではフォーラムやパティオといってある特定の話題ごとにメンバーが集まって、話題を交換していた。ファイルのダウンロードもできたけれど、BPLUSだとかZMODEMだとか訳の分からないプロトコルを使い、200Kbもあれば巨大なファイルであった。もちろんログの整理にはフロッピーディスクを使っていた。

 そんな時代だったから、ブラウザの「MOSAIC」を使って整形された文章と画像が出てくるインターネットの世界はとっても衝撃的であった。電子メールもまだまだ一般的ではなく、NiftyserveとかPC-VANの閉じられたネットワークの会員同士で会話する仕組みであった。それが、インターネットを通じて、他のネットワークに所属している人にもメールが送れるようになり、さらにWindows95やブラウザの進化で添付ファイルが手軽に付けられるようになったのも僕にとっては衝撃的な出来事であった。当時は、インターネットを経由してメールを送ると、到着するのに15時間かかることもあった。

 初めてWindows3.1のパソコンからインターネットにつないだときのモデムは14400bps。2400bpsがまだまだ主流で、高速モデムはとても高かった。それがあっという間に28800bpsとなり56kと移り変わっていた。4年前に松本に行ったときは、奮発してISDNのダイアルアップルーターを買い、その高速さにこれまた驚いたものである。これが64k。昨日まで使っていたのだけれど。メガ単位、なんてどんな速度なんだろう。

 前置きが長くなったが、要するにフレッツADSLを引いたのである。それが5日から使えるようになる。今は4日の午後11時30分だから、あと30分で接続可能になるのだ。それまでは、この文章もアップできないんだけれど。

 ISDNでも特に不便はないのだけれど、最近、時代の変化を感じたのが、ビデオをやりとりできることになったことだ。自分の走っている姿を撮ってもらって、映像がネット経由でもらえるとなれば、欲しくなるに決まっている。ファイルの大きさが数十メガになると、やはりISDNでは役不足。実家に引っ越してきたついでに「ぶろーどばんど」を引こうと考えた。

 調べてみると、名古屋市まで歩いて3分のくせに、フレッツADSLぐらいしか来ていなかった。しかも、電話局から3キロちょっとも離れているし34デシベルも雑音が入っていた。ダメで元々8Mで申請をだしたのだが、NTTの人に1.5Mにしてくれ、と断られてしまった。

 レンタルしたモデムが先に届き、今日は工事日である。だいたい箱を開けて中をみれば、どんな配線が必要なのかが分かる。スプリッターという名前の通りの働きをする回路に、ちょいちょいとつなぐだけ。ADSLの工事も、外にある電話回路のスイッチを切り替えるだけであった。簡単に接続が完了した。

 ここで工事のお兄さんに衝撃の事実を聞いたのである。「尾張旭だったら、9月からBフレッツの提供地域になっていますよ」。確かに、調べてみると、8月には提供していない、とされていたBフレッツが開通可になっていた。なんだか悔しい。

 1月で2倍強のコストがかかるから、まだお値打ちではない。しばらくADSLでいいやと、独り、無意味に強がってみせるものの、使う前からなんだか嫌な気分になっちゃった。

 家族もネットを使えるように、とルーターも買ってきた。無線LAN対応である! さくさくっと配線したらあっという間に無線ネットワークが完成してしまった。面倒なネットワークの設定を自動でやってくれるルーターは楽でよろしい。

 さあ、あと30分。楽しみだなあ。

9月3日

 長野県知事選挙の市町村別得票数を眺めているとなかなか面白い。マニアックでつまらない話で恐縮なので、興味がない人は読み飛ばしてください。

 一番関心があったのが、松本市の得票数だ。田中康夫が対抗馬の3倍ちょっと票数を取っていた。これは、対抗馬の関係者にとってはショックな数字なのである。今回は、選挙にめっぽう強い有賀正市長の後援会がものすごい運動をやったはずなのに、惨敗してしまったのだから。負けず嫌いな市長のことだから、田中康夫のことを「人気取りばかり」とでもののしって、負けを認めないのだろうけれど。が、市民会館建設問題でしつこく住民の反対運動が起こったりしているから、もう70を超えたことだし、次の市長選には出ないかもしれない。どんな顔をしているのか見てみたい。

 前回の選挙では、田中康夫は市町村のうち「市」ではほぼ対抗馬を抑えていたのだけれど、町村になると分が悪かった。都市に住む人と、少し離れて住んでいる人とで明確に投票の仕方に差があったのだ。けれども、今回は対抗馬が勝ったのは本当に山奥の村だけ。組織選挙が批判されていたから、地元県会議員や首長が住民にお願いしてもあまり聞かれなかったこともあるけれど、それだけじゃない。やっぱり田中康夫に対する期待感が見え隠れする。

 それが明確に分かるのが木曽郡だ。岐阜県の中津川へ抜ける谷なのだけれど、幹線道路である国道19号しか交通手段がない。生活道路にもなっていて、ここにトラックがびゅんびゅん走っているから、地元の人たちは、木曽川の反対側に道路を造って欲しい、というのが悲願なのだ。これまでの知事はあまり乗り気ではなかったのだが、田中康夫は「住民の命と安全を守るため道路はぜひ必要だ」とやった。だから、同じ人口規模の他の町村と比べて、田中の得票率が高い。

 諏訪湖から流れ出した天竜川が浜松に向かって流れていく天竜峡も同じである。県庁から200キロ近くも離れているからこれまでの知事はあまり訪れなかった。ここも本当に小さな村ばかりで、対抗馬の地元にも近いから組織型の対抗馬の得票が集まりそうなのだが、田中康夫はことあるごとにここら辺の恵まれない道路環境を引き合いに出して語っていたし、今回、バンザイの時に乾杯したお茶もここで作られた物。ここまで気を使っているとやはり住民も応えるようで、南信濃村という村の得票率は松本市並みで、圧勝であった。

 一方で、まったく反対側、新潟の糸魚川に抜ける谷にある小谷村。ここは大地の裂け目のような地形で、いつでも土砂災害が起こる場所である。治山、治水の公共事業で膨大なお金が使われているところでもある。田中康夫はうっかりか知らないけれど「無駄な公共事業を見た」と発言して、それがマスコミに報じられてしまった。今回の選挙ではやはり対抗馬が勝っている。

 個々人の考えは多様だけれど、市町村単位でざっくり切ってみると、その地域の人が田中康夫のことをどんなふうに思っているのかが見え隠れして面白い。

9月2日

 田中康夫の独裁政権が誕生してしまったようである。

 一連の流れを見ていると田中康夫の政治センスには感服するしかない。県議会の議員を挑発してあえて不信任案を出させて、失職を選んで選挙で当選する。これは、最初から彼の描いたシナリオ通りである。

 170万の有権者がいる一つの県が一つの選挙区となるような知事選だとこのご時世、候補のイメージをいかに作るのかで勝負が決まる。当選のバンザイを朝日村のスキー場でやったことからも分かるように彼のメディア操作、というかいかにイメージを作り出すか、という才能は舌を巻くばかり。改革の騎手vs守旧派というイメージをマスコミを通じて見事に有権者に植え込み、取った票は80万。立候補を受け付けるときに冗談で言いふらしていたのだが、彼に勝つなら田中真紀子をつれてきて「田中対決」をさせるぐらいしか手はなかった気がする。真紀子さんが「あんな男はダメ!」と言い切ってしまえばもう少し善戦できたんじゃないかなあ。さすがに真紀子さんが今更出てくるわけがないから、ただの馬鹿話でしかないのだけれど。

 いくら共産党の組織票が10万票近く転がり込んだとはいえ、得票率6割強、対立候補の倍を獲得してしまったのだから、もう県議会の皆さんは彼に何も言うことができない。「民意我にあり」の一言で、いくら文句があろうとも黙っているほか無いのである。少なくとも来年4月の統一地方選で県議が選挙で選ばれるまでは、何も言うことができない。これを独裁政治と言わずに、何と表現すればよいのか。

 彼の独善的な手法のまずさは、きちんと地元新聞などを通じてウオッチしていればいくらでも知ることができ、それこそボロがぼろぼろ出てくるのだけれど、普通の人は、彼が知事としてなにをしていようがまったく利害関係もなし、知ったことではないのである。それが、ダム中止だの不信任案だの、失職だの、節目ごとにテレビや全国紙の1面社会面が騒ぐ。節目にはだいたい中央のキー局の「敏腕」記者がやってきて、まさに「改革の騎手vs守旧派」という安易な構図で、彼にまつわる問題をとらえていく。彼の思惑通りの像ができあがってゆく。

 昔のように差し迫って困ったことはなく政治が何とかしなければならないことも少ないから、知事選なんて一つのエンターテイメント。有権者にマスコミを通じてイメージを植え付けた者の勝ちなのだ。

 政治家として票を取る、という能力には本当に感心するけれど、長野県の行く末を考えると、これでよいのかな、という思いもある。何せ、あと2年半で任期が終わっていたのに、4年になってしまった。彼は「破壊者」だ。壊すだけ壊しておいて、何にも創り出さないのではないか、という不安がある。目新しいことをやっているように見えるけれど、彼が新しく打ち出した政策って、どこかで始まっていることの焼き直しが多いんだよね。

 選挙で勝ったのだから、僕がこんな馬鹿げた独り言を書いている方が間違っているのである。何よりも有権者の判断が一番貴い。けれども、割を食うのも有権者であることを忘れちゃいけない。

9月1日

 Freedomの調子がとっても良いので、これならバックアップで純正のECUを付けておくこともなかろうと、純正ECUとFreedomを入れ替えた。空燃比計も隣に置く。電源をきちっとした場所から取り、空燃比の表示パネル以外はすべて見えないところに設置した。炎天下の中でやったから、ものすごい量の汗を噴き出しながらの作業である。Freedomの中に汗が入らないかどきどきしながら作業をした。

 いざというときのために、やはりドライブのときにはエアフロと純正ECUを積んでいくことになるのだろうけれど、配線がすっきりしてとてもよろしくなった。これも、最初から安定してFreedomが動いてくれているからである。ま、セッティングの最中は助手席にパソコンが鎮座することに変わりはないのだけれど。

 5000回転ぐらいから、カムに乗ったようにもりもりとトルクが出る半面、3000回転から5000回転ぐらいのトルクが薄いな、と感じていたら、5000回転以下あたりの目標空燃比が薄い状態であった。ガソリンが少なければ、トルクも出るわけがない。燃費に気を使っているんだろうけれど、純正ECUのときでもこの領域を濃くしてそれほど燃費が悪くなった覚えはないから、出力空燃比にセットした。

 すると、3000回転から8000回転まで、まさにフラットなトルク、というかフラットな吹け上がりが実現してしまった。まだ濃い領域があるからしばらく学習させないといけないけれど、だいたい良いところに来ていると思われる。しかし、かえって段付き加速していた方が「面白い」エンジンのような気がしてしまうのは、やはり車好きの病的なところか。

 昔は今のようにコンピュータをいじって全域で調子を良くするなんて芸当はできなかっただろうから、かえって「カムに乗る」吹け上がりが強調されていたのかもしれない。いわゆる「低速がすかすか」という現象も強く出ていたんだろう。コンピュータさえいじることができれば、ある程度まではフラット吹け上がりを実現することができる。

 しかし、コンピュータをチューンして、調子を良くすれば良くするほど、悪い言葉で言うと「つまらない」エンジンになってしまうこの不条理さ。速い、速くないで言えば、フラットに吹け上がった方が速いに決まっているのだろうけれど、「優等生」なエンジンは、魂に訴えかけてくるものが薄いかも。わざと段付き加速させるようにした方が、乗った者を「その気」にさせてくれるのかもしれない。

 ノーマルコンピュータでハイカムにするよりも、コンピュータをチューンした方が全域で良くなる気がする。ま、ハイカムに合わせて圧縮比を設定して、コンピュータをチューンするのが最適なんだろうけれど。そこまでやると、普通に4、50万かかってしまうから、普通の人間はやはりコストとバランスを考えて妥協するしかないのだろう。

 いつまでもエアクリレスは怖いので、バイク屋の南海部品にキャブレター用のエアクリーナーがないか探しに行った。10年ぐらい前に兄貴に連れられて豊田の南海部品に行ったことがあるから、ドライブがてら豊田に向かう。ところが、豊田にはもう無いらしいことが判明。仕方がないから、バイク雑誌で調べて名古屋市緑区の国道1号近くにあるお店へ向かう。

 キャブレターのファンネルにかぶせるようなエアクリーナーを求めて走ったのだけれど、置いていなかった。仕方がないから、汎用のエアクリー用スポンジを買う。縦横30×20センチほどの四角いスポンジだ。これを、吸気管のところにあてがって、ひもで縛っておいた。なんだか、ものすごく貧乏くさいエアクリである。燃えないかしら。

 こんな作業をあつかましくも南海部品の駐車場でやったのだが、エンジンをかけるとアイドリングしなくなっていた。やはり、吸気管の入り口をふさぐと吸気圧が変わるんだろう。たぶん、これまで使っていなかったマップの領域を読んでしまっていると思われる。設定されている数値が悪く、どうやら、ガソリンが薄すぎてエンストしてしまうらしかった。

 面倒だったので、そのうち勝手に学習して調子が良くなるだろう、とそのまま家に向かう。アイドリングしない車で街を走るときほど大変なことはない。信号で止まるときも、ブレーキを踏んで、かかとでアクセルをあおっていなければならない。気を抜くとエンストである。止まっているときも常にぶおんぶおんと空ぶかししている車を、周りのドライバーは怪しんだに違いない。

 いつまでたっても調子が良くならないので、噴射量マップを見たら、やはりアイドルで読む領域がずれていて、とっても薄い状態になっていた。手動で濃くしたら何とかアイドルするように。あとは、コンピュータが勝手に学習してどんどん調子が良くなっていく。ああ、素晴らしいぞFreedom+空燃比連動機能。

 本編では、エンジンコントロールのコンピュータのことが何も分からない人にも分かるように上のことを書くつもり。とっても大変な気がするな…。

8月31日

 起きたら曇っていたのでバンザイした。晴れていたらとてもではないが車をいじることができない。来週の走行会に向けて準備をすることにしたのである。

 とりあえず、Freedomで走ることができるかテストしてみる。エアフロは外してしまったから、エアクリーナーも付いていない状態。少々怖いけれど、小石が入らない限り大丈夫だろう。

 スロポジ関係の設定はやはり正しくなく、これまでアクセルをあおるとエンストしそうになっていたのが、正常に吹けるようになった。正常、といっても少々ぎくしゃくしているけれど。

 走れるとあらば、やはり走ってくるしかあるまい。エンストして止まらないだろうか、と少々不安になりつつ、出発する。

 ところが、これがなかなか好調なのである。エアフロとエアクリと取っ払ってあるから、吸気音が豪快ですばらしい。5000回転あたりからのトルク感のフィールはROMチューンより良い。低速のトルクが抜けている気がするけれど、セッティングをまったくしていないのだから、仕方がないだろう。

 よい吹け上がりなのだがどうもノッキングが出ているようである。説明書にはハイオクにしてくれ、と書いてあるから若干高圧縮のハイオク向けに点火時期を指定してあるんだろう。これは調整すれば大丈夫。

 走ったことに満足して、他の作業をすることにした。足回りとオイル交換である。

 まずはフロントの2本。今のところは地面がコンクリート張りだから、ガレージジャッキで一気に上げることができて楽である。足回り交換がおっくうになる一番のネックは、ジャッキアップが面倒ということにつきるので2輪まとめてあげることができて楽ちんなのだ。片輪だけ持ち上げるとスタビライザーに力がかかって大変になるし。

 曇りとは言え、くそ暑い中、汗を垂らしながら交換。前輪をジャッキアップしたついでにオイルを交換しようと思い、おやじが買ったオートマジムニーでエアコンをがんがん効かせながら、怪しいオイルがないか探しに行く。

 マイナー系でディスカウトも系もミックスされているホームセンターを2軒回ったけれど、いずれもカー用品の売り場面積が縮小され、当たり前のオイルしか置いていなかった。しかも高い。1軒の方はその昔、アメリカから直輸入したバルボリンの1リットル弱の容器のものが1本298円で売っていたのに。4本買っても1200円である。今は、日本でも正規に販売しているから、こういった怪しい流通ものはなくなってしまったのか。

 仕方なく、サーキット走行するからせめて100%化学合成、ということでモービルのROADMASTERという銘柄を買った。10w-30で4L4980円。まともな値段で買うととても高い。オイルを捨てる箱も買う。

 家に帰って、ロードスターを前に、しばらく考え込んでしまった。こんなくそ暑い中、コンクリートの上で寝っ転がって、はいずり回って交換するのは嫌だな、と。ところが、ここであることを思い出した。寝板という強い味方があったのである。手作りの特製品をもらったのだった。

 寝板の分、クリアランスが厳しくなるから、もう一段階ジャッキで持ち上げ、おもむろに寝板に乗って足で地面を蹴って、下に潜り込む。こりゃ、楽だ。新聞紙を引いたりしてもあちこちすりむいていたのが、何の苦もなくドレンボルトに到達できた。余裕ができると配慮も行き届くから、1滴もオイルをこぼさなかった。

 リアの足回りの交換が終わった頃にはすでに夕方である。フロント10kリア8kのバネに交換したから、どんな感覚になるのか知りたくて、いても立ってもいられずに、走りだした。

 ハンドリングが若干クイックになったけれど、あまり変わらない、というのが印象。やはり、へたくそにどんなバネを与えても意味がないのかも知れない。かなりの雨が降ってきたから、全開で走ることはできなかった。

 何よりも、Freedomがどんどん学習しているのか、走っているうちにぎくしゃく感も薄れてくるわ、空燃比もなかなか良いところに合ってくるわですばらしすぎる。タイトルを「いばらの道」としてしまったけれど、まったくいばらじゃない。なかなかすごいコンピューターである。

 後は、ノッキングセンサーも付けて点火時期を自動でセットしてくれたら言うことがないのに。欲を言えば、ギアごとに点火マップが欲しいけれど。

8月30日

 最近、家に帰ったらなぜか午後11時近かったり、家を出るのが午前5時前だったりしたので、若干疲れがたまっているのかな、と思いながら、体を壊してはたまらないので、お偉いさんがうようよ通る通路脇で、大口開けて爆睡したりしていたのである。

 さすがに体力の限界、というところで、おじさまに誘われて仕事後に3時間もビートルズのマニアックな曲を怒鳴った後に、飲みにも付き合って、生大2杯、少々飲み足りないかな、とも思ったけれど、次の日も仕事であるので早々に引き上げて、家で再びビールを飲み直しながら、昨日のくだらない日記を書いていたのである。

 たぶん、寝たのが午前1時前ぐらいだったはず。一日中寝ていたかったのだが、仕事があるので、せめてぎりぎりまで寝ようと思い、意識を失った。

 ところが、がばっと午前6時前に飛び起きた。まったく原因不明である。疲れすぎていると、かえって寝られないものなのかもしれない。寝ていないわりには体もだるくない。あと1時間ちょっと、寝ていようと思ったのだが結局、暑くて寝付かれなかった。

 もしかして、これは老化の始まりなんだろうか…。

8月29日

 「明日の夜、暇かな…」

と昨日の夕方、仕事場で声をかけられた。振り向くと、相手はおじさまである。というか、あなたは僕の所属する部署とは違うけれど、仕事場の部長さんじゃないですか。

 「いや、暇じゃなければ良いのだけれど…」

とのことだが、部長とは社内では人事権を持っているような役職である。そんな人間が、「暇じゃなければ良い」と言ったところで、それは「暇じゃないと言ってみろ。分かっているんだろうな!」という恫喝のニュアンスが含まれているので普通の神経ならば反抗できるわけないのである。しかし、僕はロードスターに湯水のごとくガソリン代とパーツ代をつぎ込むような普通の神経でない人間なのだから、もしその言葉に反感を覚えたら「冗談じゃない」と反発するに決まっていたのである。

 しかし、その用事というのが突拍子もなかった。「まったくの私用だから申し訳ないんだけれど」とう前置きの後に、「バンドの練習をするからお前が歌え」というのである。この部長、ビートルズバンドでギターを弾いているのだ。誘う表情は、社内の部長の顔でなく、一人物、無邪気に笑う青年のようなものだった。これはすでに年の差や社内での身分の差を超越しているお誘いである。二つ返事で了解した。

 いつも使っているパソコンの壁紙がビートルズのアルバムを12枚並べた図柄であるので、このビートルズバンド一員の部長の目に留まるのは時間の問題であった。確か、名古屋に赴任して早々に「ビートルズファンなの」と声をかけられた記憶がある。ま、一応複線はあったのだ。それが、いくら練習用の「当て馬」とは言え、お誘いを受けることになろうとは、人生は分からないものである。

 ビートルズの曲は知っているけれど、カラオケ以外で歌ったことはない。ま、ロードスターでドライブに行くと、ビートルズで大声で歌いながら運転していることが多いから、たぶん歌えないことはないのだけれど、生バンドでの演奏と、カラオケの歌とは大きな違いがある。

 それでも、せっかく誘ってくれたのだから義務を果たすしかあるまい。ビートルズの有名な歌ばかり10数曲、がなって帰ってきた。うまい下手はこの際置いておくとして、ストレスの解消になったことは確かである。

 20曲ぐらい歌ったので、明日、声が出るか心配である。

8月28日

 最近、バスやタクシーに乗ることが多い。松本では考えられなかった事態である。

 他人の運転する車に乗る、という状況ならば、必然的にその運転がうまいか下手かを判断することになる。別に意識してずっと運転を注意しているわけではないけれど、クラッチを踏んだ瞬間、ギアをつないだ瞬間、ブレーキを踏んだ瞬間、発進の瞬間、と否応なしに「ああ、なかなかうまいな」「へたくそだな」と考えてしまう。もう条件反射の域に達しているから病気なのかも知れない。

 ギアチェンジやブレーキの踏み方が荒い人の何と多いことか! 僕は一人で運転しているときこそ、急ブレーキも踏むし、少々の急ハンドル、急加速はするけれど、助手席に人が乗ったら、ほんとうに生卵を載せているようなイメージで、そおっと運転する。加減速、右左折で、助手席の人の首が少しでも「カクン」とするのが気に入らないのだ。これは、そおっと乗せざるを得ない状況がこれまでもあったから、自然に身に付いた「習性」である。

 バスなんてとてもひどい。お年寄りが立っていようが、急ブレーキは踏むは、止まる瞬間にブレーキの踏む力を緩めずにものすごく揺れるは、立っている人がみんなつんのめってしまうような加速をするわで、本当に客商売なのかと疑うほど。タクシーは座っているからまだましなのだが、クラッチが減りそうなつなぎ方をしている人がかなり多い。時折、うまいな、と思うドライバーもいるのだが、人を乗せるプロなのだから、それが当たり前なのだ。

 ペダルを踏む、ハンドルを切る。車の操作はいかなる状況でも慎重にしなければならない。たとえ、それがサーキットでの限界走行であっても。