9月10日

 明日、間瀬に行こうと思っていたら、どうも雲行きが怪しい。サーキット主催の練習会が午後からなのだが、まさしく午後から雨な感じの天気予報。こまった。

 間瀬に電話すると、午前中は通常走行枠が3枠あるという。会員でなくなったので1枠25分7350円と超高い(間瀬だし)料金設定なのだが、午後から雨となれば走らざるを得ない。じゃあ、午前中走って、あわよくば午後の練習会も走るかと決めたのが夕方。

 1枠目の走行開始が午前9時半なので、富山を午前6時には出たい。すると、愛知を出るのはさらにその3時間前なわけで、実はこんなくだらない文章を書いている場合ではなくて、すぐさま寝なければならないぐらいの時間になっているのである。

 意識喪失に向けて、アルコールを注入中。

9月9日

 なぜか更新頻度が低くなってしまったけれども、元気で生息しています。

 相変わらず、毎週末の富山通いが続いている。いや、最近は毎週末の間瀬通いか。なにせ、雅久号バージョンアップ作業が終わった8月以降、すでに3回間瀬で走っていたりする。今週末も行くから、再来週のレース出場も考えると、4週連続で間瀬に行くことになる。だいぶ、頭がおかしい。

 車のバージョンアップに3回もの間瀬通いと聞けば、確実にタイムアップしているだろ!と誰もが思うかもしれないけれども、それほど変わらないタイムでうろうろしている自分がいるorz。けれども、車載映像にGPSロガーの活用で確実に走りに対しての理解は進んでいる(はず)。

 とにかく、エンジンとタイヤというタイムを決める大部分の要素はレギュレーションで決まっているわけで、そういう条件でタイムを向上させる作業は、宝探しに似ている。各コーナーでどこが詰められるか、いや最近は各コーナーを3つぐらいに分けて、どの部分でおいしいセットなのかを、バネを変えたり、車高を変えたり、減衰を変えたりでねちねちやっている。少しの変化が大きくタイムに影響したりしておもしろい。

 腕の方はといえば、まだまだな感じ。車載動画にGPSに基づくデータを重ねちゃっているものだから、もう丸わかり。改めて、まだまだ自分の腕が序の口だって分かって、さらにドライビングの世界が広がっていることを知って、うれしくなってしまったり。

 成長するという意味で、他の車と追っかけっこをするというのは、これ以上良い舞台はない。

8月12日

 土曜日。元高校教師で現イチゴ農家の先輩が企画した風博士のライブを見に、名古屋市内の千種駅近くの某所へ。民謡の先生の自宅兼指導場でのライブで、地下の指導場はホールのようになっていて、コンクリートで囲まれた世界だから下界の音が入ってこない。そんな場所でエアコンすら消して、生ギターと生声だけのライブが繰り広げられた。

風博士

 風博士は来年3月までホームレス。ギターと家財道具を担いで日本全国を歌って歩いているアーティストで、ぱっと見、僕よりかなり年上に見えたのだけれど同学年でびっくり。歌い終わった後、ギターの残響が消えるぐらいのタイミングで、顔をくしゃっとさせる笑顔がとても印象的でした。

 ライブ後に、今池の中華料理屋・味仙にて、打ち上げ。中国の店かよっていうぐらい、午後10時すぎなのに店員も来ている客もパワフル。学生時代の友だちが勢揃いしたこともあって、ビールを大量に摂取して、何とか終電で家に戻って、意識を失う。

 がばっと、日曜日起きたんだけれども、また寝そうになる誘惑に何とか抗って、ロードスターに乗って富山に向かう。午前8時に工場に到着したら、雅久号はリフトの上で作業中だった。交換したミッション回りなんかをあれこれいじって、一路間瀬へ。

 午後から「MAZE ATTACK」があったから新仕様の間瀬でのシェイクダウン。んが、前日の無理がたたって、やっぱり体調が悪い。なにせ、ゲリラ活動に見舞われているのだから、大変だった。

 名古屋の味仙といえば、代表的な食い物は台湾ラーメン。唐辛子そのものの味がするぐらいの辛さなのだが、とってもうまい。それを食べて、いろんな炒め物も同じぐらい辛くて、ビールを大量摂取して、ゆっくりする間もなく間瀬に出撃したのだから、体調が悪いに決まっている。

 当然、間瀬事務所隣の某所にて30度を超える気温の中、汗だくになってしゃがみながら、うんうんうなって軽量化作業に励むわけだけれども、僕のマフラー出口が唐辛子にやられてひりひり痛むの。まあ、ビールのせいでろくに消化もしていないのだから仕方のない現象。

 走るとなれば、集中して走るしかないから、まあ実力そのままの走りはできたとは思うのだが、暑いせいもあってタイムは伸びず。ほぼ助っ人ドライバー化しているチームメートの快走で何とか収穫はあったけれども、一日と新品タイヤを無駄にする可能性もあったのだから、やっぱり走りに行く前にはきちんと体調を管理しないと意味がない。前日から自覚はあったのだけれど、やっぱり久しぶりに会った友だちの手前、さよならってさくっと帰ることもできなかった。自分じゃなかったけれど、結果は出せたのだから、ここら辺は見事なバランス感覚と言えよう。

 間瀬と工場との往復と、間瀬での走行を含めて1000キロを日帰りして、家に帰ってビールを大量摂取して、いつの間にか意識を失う。

8月10日

 みそじーず半ばにして人生の初体験っ。

 と書くとたいしたことに見えるかもしれないけれど、テレビを買ったのである。コジマに行って勧められたPanasonicの42型プラズマテレビ。ブルーレイのレコーダーと合わせて20万もしないのだから、すっごく安くなった。クーマックカップ第2戦に向けて使ったお金の方が絶対多い…。

 これまで、家にあったテレビといえば、もらった安いやつか、テレビボードを付けたパソコンかという感じ。あ、携帯電話にワンセグが付いているか。とにかく、テレビの受像専門機を自分で買ったのは初めてなのだ。

 絶対、でかすぎると思っていて、実際、家に来たときは「でかっ」と思ったのだけれど、数時間見ているうちにもう慣れちゃうのね。

8月2日

 「なんでおるんや〜」

と、何回も聞いた7月。富山に行かなかったのは、7月10、11日の土日の週だけだった。休みのたびに顔を見ればそりゃあ、愛知に引っ越したとは思えないよねえ。

 基本的に雅久号をいじっていた。暑い中、軽量化にいそしんだり、無理言って急きょ走れるようんしてもらって、風間塾で走ったり、トランスミッションをいじったり。富山に行かなかった週も、鈴鹿クラブマンレースでスーパーFJの観戦だったから車三昧の月だったってことか。

 18日には滑川の海上花火も見たし、昨日は氷見の花火も見た。思う存分遊んだのは良いのだが、もう若くないので体ががたがたになってあまり仕事にならなかったという噂も…。

 きちんと体調管理すれば、炎天下でも活動できるという自信はついたかも。9月19日のクーマックカップも熱そうだ。

7月10日

 先日行った高松の続き。仕事をこなした翌日はそのまま名古屋に戻るだけだったのだが、そのまま戻るのももったいないので、早めにホテルをチェックアウトして、駅近くのうどん屋で1杯。まあまあの味。

 駅のロッカーに荷物を突っ込んで、港の方向へ歩く。県庁所在地の主要駅と港が歩いてアクセスできるところなんて、ほかにないんじゃないだろうか。フェリー乗り場方面へと歩いて、ぐるりと港を回るけれど、あまりなにもない。

 そのまま駅に戻ったのではつまらないから、南側へずんずん歩くと、突然商店街に出た。アーケードに立派なドームがあって、けっこう人が歩いている。電車の時間があったのだが、1本ずらすことにして、アーケードをずんずん歩く。

 本当に正しい商店街で、アーケード沿いに洋服店やら飲食店やらがずらり。空き店舗もほぼないし、何より、あちこちで再開発をしている。この時代に、こんなに機能している商店街が地方にあるんだ、と感心した。

 一本東側のアーケードを歩くと飲み屋街っぽい。きちんと棲み分け、というか機能分けされているところにまた感心。近くに住んでいたら来てみたいなあ、と思う。鉄道沿いに商店街があるからアクセスも良さそう。

 高松に宿を取るとき、駅そばに東急インやら東横インなどメジャーなホテルがなくてどこにしようか困ったんだけれども、高松はJR駅前よりは私鉄沿いが盛っているんだね。知っていれば商店街方面に宿を取ったのだけれども。

 前日、高松駅から県庁方面に歩いたらあまりなかったうどん屋も、商店街の中にはそれこそ軒を連ねるようにたくさんあった。駅前で最初に食べてしまったことを少々後悔しつつ、マリンライナーに乗り込んだ。

6月30日

 サッカーを観戦して寝不足ながらも、仕方ないから出勤して、3時間の電話番などをこなした後、午後1時半すぎののぞみに飛び乗る。岡山まで行ってマリンライナーに乗り換えて午後4時半すぎ、高松に到着。近いもんだ。

 うどんの聖地に行くのだから、と昼飯を抜いていたけれども、そんなに時間もないからとりあえず駅構内の連絡船うどんでエビ天ぶっかけを頼んでかっこむ。そこそこうまい。

 タクシーにて仕事先に行くとちと早い。なので、趣味の街歩き。といってもそんなに時間はないから、限られた距離しか歩けない。

 せっかくだから、もう1杯うどん食べるぞ(食い過ぎ)と、さまようように歩き出して、駅前に2軒を発見したのだが、いずれも午後3時にて閉店。1軒のお店は午前5時から営業しているみたいなので、讃岐人は早朝、朝イチでうどんを食べる民族であることを知る。

 さまようように歩いて、県庁方面へ。1軒、うどん屋がやっていたが、今風のチェーン店だったので素通り。100メートルおきにうどん屋があるというイメージだったのだが、あまりない。通り沿いじゃなくて、1本入ったところにあるのかもしれないが、歩きなので限界がある。

 県庁前を通り過ぎて西へ曲がって中央病院方面へ。1軒よさげなうどん屋があったがやはりすでに営業終了。うろうろ歩いて、栗林トンネルへの登り口まで来て、さすがにタクシーが拾えないだろうと再び中央病院方面へ戻った。さらに1軒、製麺屋がやっている感じのよさげなうどん屋があったけれども、やっぱり閉店。夕方だとチェーン店ぐらいしかやっていないんだねえ。

 仕方がないのでタクシーを拾ってお仕事へ。仕事相手の人と飲みに行って、駅前のホテルへ戻って意識を失う。

6月27日

 先週金曜日は東京・杉並区で仕事だったので、前日の木曜日から東京入り。中央線ですっと行ける荻窪がいいだろうと、ビジネスホテルを確保して、午後11時ぐらいに到着して、そこから街歩き。さすが、中央線沿いの駅前だけあって、そんな時間帯でもごちゃごちゃと人がたくさん歩いていて、飲み屋もたくさん開いていた。

 が、飛び込んでみたい店もなかったので、セブンイレブンでビールを買い込んで、部屋に戻って大量に飲んで意識を失う。翌日、高井戸付近の某日産ディーラーへ向かうためタクシーを拾って向かう。

 んが、環八は超込んでいて車が動かない。歩いて行った方が早かったな、と後悔しつつも、梅雨時の空気が体に粘り着くような気候だったので、まあ会社のお金だからいいやとのんびりと向かう。が、さすがに約束の時間を過ぎそうになったので、タクシーを降りて歩いて仕事先に向かった。

 仕事先は日産ディーラー。GT-Rが置いてあって大興奮。あれこれ触りまくる。ドアの取ってが使いにくいなーとか、リアの座席はやっぱり飾りだから重いだけだなーとか、いろいろ複雑な感情を抱きつつ、やっぱり900万円の車には縁がなくて、9万円でも買えるようなNAロードスターでもいじっていればいいんだ、ということを思い知ったのであった。

 女性のトップセールスの人に1日密着したのだが、なんと、目の前で車を1台売ってしまったのだから舌を巻いた。77歳で釣りが趣味で、クーラーボックスをスカイラインのトランクに入れっぱなしなおじいさんに対して、発売したばかりのJUKEを売ってしまったのはすごい。80に近いおじいさんであれば、人生であと何台車を所有するのかも分からないし、スカイラインみたいに取り回しの悪い車を都内で乗っているよりは、SUVでも小型な車を運転していた方が遙かに安全だ。なによりも、老夫婦2人がJUKEのような車に乗っていたら、とってもかっこいいじゃないですか。

 余談ばかり書いてしまったが、先週の金曜日には練馬の友人宅で飲み明かして、次の日は午後1時すぎのひかりに乗って、浜松にて保護者と落ち合い、保護者の友だちと会う。旦那さんがアメリカに転勤になり、23日に渡米してしまって5年は帰ってこないというので、その前に会おうということだったから。

 お茶をしてご飯をいただいて、アメリカに行く友人にお別れをして午後7時すぎに立ち去った。普通であれば浜松西インターから高速で帰るところ、「ホタルを見ようよ」と提案して、山道の国道を新城方面へと向かう。

 ホタルがいるかどうか、けっこう不安だったのだけれども、山道の途中で車を降りたら、たくさんのホタルがかなり高い場所を漂っていて幻想的な光景を目撃することができた。

 せっかく浜松方面から奥三河方面へと入ったのだから、うちのばあちゃん家を見せようと、愛知県のもっとも奥深い場所へと行く。あちこち見て回ったのだけれども、ホタルはそんなにいなかった。標高が高いからそれだけ発生の時期がずれたのかもしれない。

 余談の余談ばかり書いてしまったのだが、浜松へ行った翌日には朝早く起きて富山へ。のつもりがちょっと寝坊してしまったので、昼すぎに工場に到着した。雅久号のロールバー回りの加工をする。ほんのちょっとの効果のために、午後をまるまるつぶしてしまった感じ。でも、一つ一つの積み重ねがタイムに利いてくるのだ。と信じたい。

 で、ようやくこの土日のお話。土曜日は富山から保護者の友だちが夫婦で訪れるということだったので、コーヒーを入れたりパスタを作ったり。27日日曜日は早朝に起き出して午前11時に工場に到着。ラジエーターを変更する雅久号をがりがりといじっていた。夕方に作業を終えてべいべに砺波まで載せていってもらって保護者と合流。中華料理を食べて、普通ならそのまま砺波インターから帰るのだけれども、時期が時期だけにやっぱりホタルが見たいと、南砺市のあちこちを回る。

 五箇山インターから高速に乗って、先ほど帰宅。ちょうどF1がやっていて、小林カムイの走りにしびれた。

6月22日

 ジムカーナ。とりあえず走ってみたタイムはそこそこのタイム。が、間瀬では足回りをいじったNB2ぐらいならばぶち抜いてしまうぐらいの雅久号。ドライバーが乗れていない感は否めない。そもそも、パイロンを目印に走るのに慣れていなくて、突っ込みすぎたり、過剰に減速してコンパクトに曲がりすぎたり。要するに、速く走れるラインをイメージしていなくて、パイロンめがけて走ってしまうわけだ。完熟歩行のときに、イメージしながら歩かないと意味がないことを悟った。

 JAF戦に参戦する競技車両のMR2やシビックも来ていて、Sタイヤなこともあり馬鹿っ速。速めのロードスターが1分20秒程度で走るコースを13秒台とか。ミッションもデフなど、ジムカーナに特化したセッティングで、360度ターンをコンパクトに曲がる姿は、とても鮮やか。

 とにかくパイロンぎりぎりをコンパクトに曲がってぎゅーんと加速する姿を見て、じゃあ僕もとまねして走ると、まったくもってだめだめなタイム。「曲がらない」と思っていた雅久号はインチキなぐらいぐいぐい回るし、ビスカスデフによるトラクション不足も気になるほどじゃない。車が悪いわけじゃない。

 おおとろ監督と語りながら、イメージをふくらます。パイロンを目印に走るのもだんだん慣れる。クリップをパイロンと考えて、その前後を組み立てて全体をつないでいく感じ。で、ビスカスデフで鋭角に曲がれない雅久号でどういうラインで走ったらもっとも速いかをイメージした。

 よい方向に修正できたらしく、タイムが向上。いけている!という走りが途中までできた走行では、疲れのためか(すでに10本近く走っていた)、途中で頭が真っ白になってミスコース。集中力が切れたまま走るのは危ないと、その後の走行をやめた。

 気合いを入れたラストの1本前の走行では、ロードスターの1番時計に迫ることができ、ラストの走行でさらにコンマ2秒伸ばして、コンマ2秒落ちまで詰めることができた。自分の中ではベストだったけれども、ミスはしたし、360度ターンはそもそも技量がないので、本当ならば同じ車でもうコンマ数秒は稼げたと思う。それでも、自分の頭で考えて実践した走りでタイムが出たので、収穫があったと納得した。

 間瀬の車載は載せないけれども、ジムカーナの車載は載せてみたりして。

http://www.youtube.com/watch?v=JW65LvJJZuo

http://www.youtube.com/watch?v=JW65LvJJZuo

6月13日

 1カ月前のジムカーナ。普段、サーキットばかりでパイロンを目印に走るジムカーナはそもそも経験が少ない。経験がない、という以上に、そもそも間瀬にあわせて作りこんである雅久号で、ジムカーナが走れるのか、というのが課題であった。

 雅久号はかなり特殊なつくり。そもそも、デフがビスカス固定になってしまうという時点で普通とは違うセッティングになっていく。いかに、ビスカスデフでトラクションを稼ぐかを考えて、リアの足に工夫を凝らしてある。コーナリング中、内側の荷重が抜けると空転する。じゃあ、抜けないようにどうするか、と考えて、足をより動くように手をかけたのが昨シーズンまでの雅久号の足。今シーズンになって、動かないようにしてみようとして、実は、こちらが当たりだったというのが現状。リアを硬くしていこうと思っている。

 じゃあ、フロントは。ロードスターってフロントのばねが12キロであれば、一般的にリアは10キロか9キロを入れるっていう具合にバランスを取る。が、こんな感じでリアにあわせて硬くしたフロントのばねでは今度は足が動かなすぎて不具合が出た。ブレーキを踏んでも縮まないから荷重がなかなか乗らない。ブレーキを踏めばすぐロックってな具合で幅がない状態で乗りにくい。ブレーキが難しいし、最終コーナーで曲がらないなどアンダーステアに悩んだ。だから、フロントは硬すぎると判断してやわらかくした。

 ようするに、間瀬での走りで、フロントはこんな動きだからこのばねレート、リアはこんな動きだからこのばねレートという具合にセットしていったから、かなり特殊なセッティングになっている。

 ジムカーナといえばパイロンをおいてコンパクトに曲がることが多いから、そんな特殊な車を持ち込んで、果たして競技になるかしら、というのが、心配だった。長い前置き。

 完熟歩行をしてコースを覚える。そんなに難しくはないのだけれど、なにせ慣れていないものだから不安で仕方がない(笑)。で、やっぱり失敗したのである。続く。