江南に来てから一年半あまり、前の仕事場で東京や九州、北海道へ足を運んでいたのとは対照的に、担当となったエリアに閉じこもった仕事ばかり。たまには外に出た仕事もしたい。
そんなストレスを発散させるために、あえて県外に出る仕事をつくった。北名古屋の若い元気な酒屋さんと一緒に、三重県の造り酒屋さんへ出かけたのである。そこで飲んだこともない日本酒を味わった。
年に一回、税務署主催のお酒の品評会がある。今の時期、日本酒は日本酒米とこうじをまぜて1カ月ちょっと熟成させた「もろみ」をしぼる作業が進められている。市場に出すためにはある程度の量を造る必要があり、量のためには機械を駆使する。米のかすと日本酒を分離するために、オイルフィルターにオイルを通すがごとく、1000リットルもあるようなもろみを幅10メートルもあるような圧搾機で絞るのである。巨大ジャッキでぎゅーっと力を加える。
今日、試飲した酒は違う。大きな木綿の布にもろみをどろりといれ、自然に濾されてくる酒を一斗瓶で受ける。もちろん、最初に濾されてくる酒と1時間後に濾されているお酒はまったく違う。いろいろなお酒ができるなかで、一番良いのを品評会に出品するのである。とはいえ、一つの蔵元で一升瓶4、50本売りに出せるかどうかのお酒。
一緒に行った酒屋さんは、そういった品評会向けに造ったお酒を買い付けてくる。もちろん、信用がなければ買うことはできない。足を運んでどんな人物かを蔵元が知っているからこそ、譲ってもらえるお酒。酒屋さんでは1本1升を1万円で売っているが、こだわり抜いたお酒だから、値段は付けられないのである。蔵元は、いい加減なところにこのお酒を出したら「このお酒がかわいそう」といった。別に売りたければ2、3万で売っても良いのである。要するに、今市場に出しているお酒との関係があるので、特別に造ったお酒の値段を決めることができないだけなのである。
それほど、思いが込められたお酒を試飲させてもらうと、まったくすっきりと雑味のない口当たりでふわーっと日本酒の香りが鼻に抜けるさわやかな味がするのだが、そのさわやかさを楽しんでいる間に日本酒の香りがすっと消えていくのである。なので、まったく後味が残らない。こんな日本酒、初めて飲んだ。
「15本ください」と酒屋さんは言った。売値で15万円。このランクの酒を15本、短期間に売れる酒屋っていないんだって。
うまいビジネスを考える人間がいるもんだ(もちろん、品評会のお酒を売ることだけがこの人のビジネスではない)と感心しつつ、蔵元から近くにある温泉につかり、命の洗濯をした僕なのであった。余暇の間に仕事をする。この余裕こそ、いい仕事を生むと信じている(嘘八百)。