5月12日

 きゅいぃぃぃ〜と、辺りにむなしくセルモーターの音がこだました。時間で1分ほどだが、これほど長く感じる1分というのも、ほかではなかなか味わえないであろう。

 日曜日、富山の車屋さん宅に到着したのは午前9時ごろだったか。いよいよできあがったエンジンを積む日がやってきたのである。異物を吸って壊れてから2カ月弱。エスコートの81mmピストンで1722ccにボアアップ、面研1mmとシートカットのヘッドで圧縮比は11.7ぐらい、カムは戸田のin・272度、ex・288度。タペットはHLAから同じく戸田のインナーシムキットを組み込み、AE101の4連スロットルwith
Freedomコンピューターで回す、ノーマルにちと毛が生えた程度のエンジンである。吸気ポートはインレットのガスケットをちょっと拡大する程度。400番程度で鏡面にはしていない。そんなエンジンをしこしこと作ってきた。

 4連スロットル回りの取り付けや配線も含めてやることがなくなったのは午後7時半ぐらいだった気がする。まったくの素人が、ときどき手伝ってもらいながらぼちぼちと作業を進めているので大変進行がのろい。2日酔いだったこともあり、夕方におにぎり2個を食べた程度。ほとんど飲み食いせずにずっと作業を続け、しかも重要で大変なところは車屋さんにやってもらっているのに、これだけ時間がかかってしまう。

 バッテリーをつないだり、オイルや水を入れたりし、いよいよ、点火プラグを抜いたクランキングでオイルをエンジン内に回す作業である。

 ヘッド載せ替え2回、エンジン載せ替え2回の計4回は同じ作業をしているのだから別にどうってことはない作業なのだが、内心、やはり緊張している。エンジンがようやく回るという期待と、回らなかったらどうしようという不安と。

 点火プラグが抜いてあるからセルだけでもかなりの回転数でエンジンは回る。普通なら20秒ほど。油圧計の針が、ぴくっと動いてじわっと右に振れ始め、だいたい2キロぐらいのところまで動く。それを確認して、プラグを取り付け、点火する。これまでの4回は期待通りだったのだが、5回目の今回、やばいことになってしまった。

 きゅいぃぃぃ〜とセルをいくら回してもいっこうに油圧がかからない。油圧センサーはけっこう壊れることがあるので、まずそれを疑うのが第一だ。配線を確かめると、きちんとつながれてある。ここで、油圧センサーを外してオイルが出てくるかを確かめる。ウエスを当ててセルを回すが、オイルが出てこない…。エンジン内部にオイルが巡っていない、ということである。

 原因がまったく想像できない。オイルストレーナーか? 液体ガスケットを塗ってオイルパンのバッフルプレートを取り付け、オイルの吸い口であるストレーナを取り付けるとき、最後、ボルトをきちっと締めようとするとバッフルが浮き上がったり、ボルトでストレーナ全体が回されて、横にずれてしまう。ガスケットで張り合わせてあるので、ずれてしまうとあまりよろしくない。ずれるのを押さえつつ締め付けた覚えがあるし、ガスケットもちゃんと新品を使ったので、ストレーナーの取り付け不良とは思えない。が、油圧がかからないのだから、ストレーナー回りからエアでも噛んでいるんだろうと思うのがいちばんありそうなトラブルである。

 あれこれ、頭の中で考えるのだが、重大なことが一つだけある。オイルポンプやオイルストレーナーを点検するにはオイルパンを外さねばならない。エンジンが車載のままでも点検できないことはないのだが、馬鹿みたいに大変な作業になってしまう。わざと回りくどく書いているのだが、要するにせっかく積んだエンジンをもう一度降ろさなければならないのである。一日の作業のかなりの部分をやり直さなければならない。

 やばいな、と思った。もう一度脱着すること、ではなくて、迷惑をかけちゃうから。

 が、そこに居合わせた3人は好き者揃いであったので、車屋さんの「よし、降ろすぞ」の声を号令に、ぱっと作業に取りかかる。目標は1時間半ぐらいでエンジンを降ろすこと。僕は下回りに入って、ミッションのボルトなどを外す。

 死にものぐるいにボルトを外していく。車屋さんが一番複雑な吸気配線、配管側を、もう1人が排気側を。3人が物も言わずに、ばっと作業した。「よし吊るぞ」とエンジンを外して時計を見たら30分しかたっていなかった。でたらめに早い。

 エンジンを宙ぶらりんにしたまま、タイミングベルト回りが外されていく。再びエンジンスタンドに固定し、ひっくり返してフライホイールも着いたまま、オイルパンを外してみると、オイルストレーナーはきちんと着いている。問題なさそう。次に疑われるのがオイルポンプ。ぱっと外すと、まず第一の不具合が、オイルシールが壊れていた。これもオイルを塗って丁寧にはめ込み、オイルポンプとツライチになるようにはめ込んだ覚えがある。組み込みが悪かったのか、ほかの原因があって壊れてしまったのかは定かではないが、オイルポンプに不具合があった可能性が高くなってきた。が、なぜオイルポンプに不具合が出たのかがいまいち納得できずに、ほかの原因もないか確かめてみる。

 オイルポンプからはまず第一にオイルフィルターに向けてオイルが流れていく。ポンプからフィルターの場所までのオイルの通路をチェック。バッシュゥーとエアーで吹いてみて、異物が飛び出してこなかったのは良かったのだが、肝心のオイルも飛び出してこない。オイルクーラーも同じように詰まっていないかエアを吹いて確認すると、ドベっと黒い使い古したオイルが飛び出してきて顔にかかった。すると、オイルポンプがオイルを吸っていなかったということになる。

 このオイルポンプは先のエンジンオーバーホールのとき、僕がばらして油圧のコントロールをするリリーフバルブ回りを交換して使った物。今回は、前回ばらしてビニール袋に真空パックのようにして入れてあったのを取り出して、そのまま取り付けた。ばらしてみると、ぱっと見では問題ないのだが、まずはトロコイドがべとべとしているはずなのに、オイルが回った形跡がない。リリーフバルブのプランジャーもバネを外して振れば出てくるはずなのだが、固くて上から押さないと出てこなかった。固着気味になっている。

 とりあえず、原因はオイルポンプらしい、ということが分かったので、差し入れの吉野家の牛丼特盛りをオイルまみれの手ではしをにぎり食べる。自分のミスで2人に大変な作業をさせてしまったあまりの申し訳なさに、朝からおにぎり2個しか食べていなかったのに、食欲が出ない。それでも電池切れになると作業ができないから詰め込んで胃に収める。

 午後10時前には再び作業を再開し、オイルパンやバッフルプレート、ブロックにこびりついた液体ガスケットをはがす。トヨタのシールブラックはなかなか落ちていかず、いらいらする作業だが、黙々とこなす。といっても2人に手伝ってもらっているからあっという間の作業である。オイルポンプはいつの間にか車屋さんが組み付けていた。

 脱脂してシールブラックを塗ってオイルパンを張り合わせ、タイミングベルトを張る。タイミングベルトが外れたままクランクを回すとバルブとピストンががつんと当たってしまうので、注意が必要である。

 その状態でオイルを入れ、クランクを回してみると、オイルフィルターの場所から豪快にオイルが飛び出してきた。さきほどは、ここまでもオイルが回っていなかったのだから、不具合はなくなったらしい。

 再び積み込む。物も言わずに黙々と作業。僕は再び下回りではいずり回る。すべてが組み上がったのが、午前1時半ぐらい。エンジン脱着とオイルポンプの点検整備が5時間で終了したことになる。それも、馬鹿げたトラブルの処理も含んでいるから、スムーズに終わればもうちょっと早かったとみられる。空恐ろしいぐらい早い。

 今度こそ、とクランキングすると10数秒で油圧がかかった。プラグを装着し、今度は火を入れる。ぎゅんぎゅんぎゅぎゅんと高い圧縮になった音がして、ばばん、ばんばんと初爆があったのだが、あえなくエンスト。今度はスロットルを開いてやって回してやるとぶぶーんと回った。アクセルに足を載せて小刻みにあおってやって止まらないようにする。回すこと10分ほどでアイドリングするようになった。4連スロットルにすると、第一課題はアイドリングさせることなのだが、オークションで手に入れたISCVのおかげで、かなり素早くアイドリングするようになった。工場内はオイルが燃えたにおいと、オーバーラップが広いエンジンに特有の生ガスのにおいでかなりやばめの空気である。

 結局、オイルポンプの中にオイルが入っていなかったから吸えなかったのではないか、というのがいまのところの結論。エンジンから外してそのまま袋の中だったのだから、油膜が消えてなくなってしまったというのが良くわからない。手押しのポンプで水をくみ出す井戸も「呼び水」が必要なように、オイルフィルターの場所からオイルを強制的に送り込んでやったら、ポンプがオイルを吸い出せるようになって油圧がかかったかもしれない。とはいえ、開けてみて初めて原因が特定できたのだがら、何を言っても始まらないのである。

 疲労困憊で2時すぎに家の中に入り、宴会をして4時前就寝。前日もほとんど寝ていないから、さすがに疲れた。