4月9日

 仕事で紀伊長島へ行った。いや、紀伊長島に行くために、仕事を作った。松本にいたとき、いつものショットバーで散々飲み明かした人が1月に紀伊長島に異動になったからである。仕事のための段取りをいろいろ取りはからってもらい、行けばよいだけの楽ちんな仕事である。

 昨日のうちに現地入りすることにし、夜にたどり着けば、飲むことになるのは当然、いや必然であり、居酒屋に行って刺し身とウツボの空揚げを食べて、ビールを大量に飲む。カツオとブリの刺し身が名古屋で食べるものとは別物。ブリと言えば、スーパーに並んでいるものはほとんどがハマチの名で売られた養殖ブリであり、養殖物はやはり脂がくどくて量が食べられないのだが、天然物は大量に喰らってもいやにならない。ウツボは固い皮をかみ砕くと、独特の生臭な風味があってビールや日本酒にはぴったりのお味であった。

 この店の大将が地元の顔のような人で、なんと漁船に乗せてもらえることになった。午前5時に港に来い、と。こちらの呼び方では大敷(おおしき)と呼ばれる定置網の漁である。

 午前5時に来いと言うことであるのだから、良い子は早寝して早起きに備えるものであるが、飲んでいたメンツはみんな悪い子であったので、もう一軒寄って11時半ごろまで飲んでいた。午前4時半に起きたときは、二人とも激体調が悪かったのは、当然と言えよう。

 足下もおぼつかない怪しげな2人が漁船に乗り込んだ。当然、慣れぬ者が地面を離れて波に揺られれば船酔いというものがあるのは覚悟していたので、体調不良との相乗効果で逆噴射必至かと思われた。やばかったら、へりで波を見ているふりをして事を済まそうという企みまでしていた。

 漁船のエンジンがけたたましくうなり、岸壁を離れる。優れない気分も小学生の遠足のようなうきうき、わくわく感で吹っ飛んで、快調になった。大敷までは15分ほどの航海。ちょうど日が昇ってくる中、風を切って海の上を突き進む爽快さは、ロードスターの爽快さと通ずるものがある。

 網を引き上げるのに2隻の漁船が網の両端を引き上げていく。徐々に2隻の距離が短くなっていく。

 最後はこんな感じ。この日は、小さいブリであるワラサが60ぐらい上がっていた。もっと小さいものと合わせて200匹の水揚げ。そのほか、売り物になるものではマンボウ、アジ、イワシ、小さなイカ、カワハギなどなど。フグ、ウミヘビ、エイなんてものもいた。エイは売り物にならないらしく逃がされていた。ワラサは水を張った魚槽に入れられ、生きたまま運ばれていた。最初、魚槽に水が入れられたときは水柱が飛び出し、船が沈没しないかと焦った。

 おこぼれ頂戴! とばかりにカモメが船の回りに群がる。急降下して水面にタッチアンドゴーするとちゃんと魚をくわえているから大したものである。

 網を2回上げて、手際よく撤収。接岸して魚を降ろす。ワラサは水槽に移し替えられてそのままセリにかけられていた。

 

 水揚げされちゃったマンボウ。紀伊長島のシンボルになっている。イカのように白い身でおいしいとか。このマンボウは畳半分ほど。大きいと5畳分というから、巨大なお魚である。食べようと思ってもなかなかお目にかかれないだろう。

 セリを見学していたら、乗せてもらった漁船が陸を離れて撤収してしまった。置いてきぼりを喰らった。仕方がないので歩いて漁船を追いかける。15分ぐらい歩いて船に戻ったら船長に「どこに行ってた?」と怒鳴られる。怒られた訳じゃなく、普段からそんな話し方なのである。

 水揚げしたイカやアジなど、6種類ほどの魚介を煮込んだ大敷汁を振る舞ってもらった。イカのワタやら魚のだしやら、ものすごく濃厚なみそ汁。悪い大量にはちょうど良かった。アジの刺し身も豪快に皿に盛られていた。漁船の上で食す刺し身はもはや別の食べ物といって良い。ぱりぱりとした歯ごたえがたまらない。

 寝不足でふらふらの中、仕事。鈍行、快速を乗り継いで名古屋へ。