4月18日

 「おい、おっさん」とレース屋さんに呼ばれる。年齢の割に体力がとってもないので、「この中で一番年寄りだ」というのがその理由だ。レース屋さんはマシンを通じて僕のことはすべてお見通しだ。体力が切れれば、タイムは落ちてゆき、集中力が切れれば、スピンやコースアウトをする。タイヤに付いてきたタイヤかすを見れば、理想的なラインを走っていないことがすぐばれる。「早くコースを覚えろ」と言われるのは、そのためでもある。こっちが努力してある程度の水準に達しなければ、次のステップには進めてもらえない。

 レースの受付は前日に済ませてあった。事務局から郵送されてきた書類を渡すと、レースのプログラムやタイム計測のための発信器が手渡される。予選の前に、受けなければならないのが車検。午前7時から始まり、フォーミュラEnjoyから始まって、カテゴリごとに進んでくる。FJ1600の場合、フォーミュラだから、車の改造個所をチェックするわけじゃないので、それほど大変じゃない。それでも、シートベルトがカウルに当たってこすれている点を指摘され「ガムテープでも張って擦れないようにしておいて」と言われた。レーシングスーツ、グローブ、シューズ、バラクラバス、ヘルメット。ヘルメットは有効期限もきちんと見る。製造から10年までしかレースでは使えない。

 市場の魚屋さんやロードスター仲間が応援に来てくれた。雑談でもしてサービスしたいところなのだが、「なるべく集中力を高めるため努力しろ」と言われているので、スーツに着替えて、なるべくマシンのそばにいるようにしていた。

 車検が最後の方になってしまい、予選のコースインゲートに向かう車列に並ぶのも遅くなってしまった。FJの予選時間は他のカテゴリより5分多い15分。西コースなら10周ほど走ることができる。

 新品のタイヤで本コースにコースインするのが初めてだったから、緊張した。自分のマシンが納車されて、初めて南コースを走ったとき、コースインをしたらあっという間にスピンをした覚えがあったからだ。加減して加速してまず130R。前の車はかなりのスピードで突っ込んでいった。後ろからはまだ追いついてきていなかったので、思いっきりブレーキをかけてのろのろと立ち上がる。ショートカットもそっと曲がる。デグナー1つ目も怖い。2つ目ぐらいから、そろそろグリップし出しているのが感じられる。

 それでも、やはり最初の2、3周は無理はしない。たとえ、後ろからびゅんびゅん抜かれても。もうレースとなってしまったら、新しいことを試すことができない。その日までに培ったものを淡々とこなすだけだ。スピンしてコースアウトしてしまったら、まずいから。それにしても、まだまだ力不足であることを実感する。

 無事走り終えた。自分の結果はだいたい見当付いたのだが、半分以上がトップの1秒以内で走っていることに驚いた。とってもレベルが高い。それに引き替え、僕は3秒落ちであるから、最初からまったく勝負にならない。

 決勝は午後からだから、かなり時間がある。座ってくつろいだり、腹ごしらえをしたりする。体力が切れたらまともに走れないので、売店でカレーライスを買って食べる。朝飯の残りの、おにぎりと、ゼリーを食べたら、お腹がもたれてしまった。

 フォーミュラEnjoyのレースのスタートを見て、ダミーグリッドからフォーメーションラップ、グリッドに付いて、最後尾で旗が振られて、シグナルが点灯し、消灯してスタートだ。

 レース屋さんが「お前、何台抜くつもりだ」と質問してくる。さすがにタイム差から人を抜くことなどできないと思ったのだが、虚勢を張って「3台」と言ったら、業務命令が出た。「一台も抜こうと思うな。30台の車が一斉にスタートしてショートカットやヘアピンに一斉に飛び込んだらどうなる? 最後尾は渋滞で一時停止するぐらいになる。抜かなくても飛び出す車があるから、落ち着いて走れ」とのことだった。

 いよいよ、決勝。コースインしてまずはダミーグリッドに並ぶ。ほぼ最後尾だから、場所を探すのが楽。さすがに、こんなに後ろだと、そんなに緊張もしない。ダミーグリッドに並んで、旗が振られて、フォーメーションラップ。一周走る。それほどペースを上げないので、130Rですでに渋滞して一時停止になってしまった。それからヘアピンの後でも一時停止。スプーンの一つでも一時停止。順番にグリッドに付いていって、僕も並ぶ。すぐ後ろで旗が振られ、赤シグナル点灯。1秒ぐらいで消灯して一斉スタート。

 そっとスタートしたら、みなさん猛ダッシュを決めて(当たり前だ)一人取り残される形となってしまった。ああ、遅れちゃった、と思うも、ほとんど車の性能が同じだから、付いていくのが精一杯。最後尾をうろうろと付いていく。

 どうやって通ったのか知らないが、ショートカットでもヘアピンでもまったく渋滞がない。そのまま、普通のペースで一周を終え、130R。イン側に付いて、形だけでも前の車を牽制しようと思ったら、ショットカット手前でコース脇のクラッシュパッドに突き刺さった車が目に飛び込んできて、急ブレーキ。ドライバーがちょうど降りて駆けていくところだった。けがはなさそうだ。

 すぐに赤旗が出てレース中断。のろのろとスプーンまで走っていったら水温が80度を超える。70度ぐらいがベストだから、やばい。のろのろと車列が動いているからエンジンを切るわけにもいかない。87度ぐらいまで上がったところで、たまらずエンジンを切る。

 最後尾でしばらく並んで待っていたら、審判員が走ってきて「スタート時のグリッドに戻って」とのこと。ラッキーだ。もう一度レースがスタートからやり直しになったらしい。絶好のスタート練習になったということだ。

 10分ぐらい待って再びフォーメーションラップ。水温を下げるようになるべく低いギアで走って75度ぐらいまで下がった。これで安心して踏める。

 グリッドに並ぶ。西コースのスタートは上り坂なのだが、最後尾付近はちょうど勾配がなくなっていた。本来なら、ブレーキを踏みながらアクセルをあおって、シグナルの消灯を待たねばならないのだが、ブレーキを踏む必要がなくてアクセルに集中できた。次は、取り残されないようにしないと行けない。

 赤シグナルが点灯して、2秒ぐらいで消えた。3000回転ぐらいにキープして置いて、クラッチをジワリとつなぎ、リアが空転しない程度にアクセル開度を調整してなかなか良いスタートが切れた。

 今度も混乱なくショートカット、ヘアピンをクリアしていく。抜くことはできないから、ずっと前の車に付いていくだけである。時々、ショートカットやヘアピンでスピンした車が立ちふさがるが、前の車が回ったわけではないので、安全にパスする。遅いから、走っているうちに先ほどスピンしていて抜いた車に再び抜かれていく。

 7周目ぐらいから、前に走っていた車にも付いていけなくなってきた。スプーンコーナーがまだ攻められないので、周回をこなすごとにじわりじわりと差が開いていく。途中から、追いかける形ではなく、一人旅になった。後ろの車も見えないから、最後尾に違いない。淡々と周回を重ねる。サインボードには残りの周回数が出る。残り1周となって、今さらスピンしても仕方がないので、より慎重に走る。

 12周走り終わって、チェッカーを受ける。ふう、と一息。無理もしなかったから、無風のままゴールした。レースにはならなかったけれど、今できることをやって12周を問題なく走りきった充実感に浸る。

 ショートカットを曲がろうとしたら、オフィシャルの人が前に出てきていて、両手を振って完走を祝ってくれていた。すべてのポストのオフィシャルの人が、まだまだ遅い僕にも平等に手を振ってくれたのが、かなりうれしかった。

 2回止まって僕の後ろになってしまった、同じガレージの選手が追いついてきて、僕の左側に並んで、親指を出して来た。完走おめでとうの意味だろう。僕も手を挙げて挨拶する。

 初レースは完走、という結果。今回はレースをする、というよりもレースの手順を経験しただけにとどまった。まだまだこれからだ。