深夜の仕事場で付けっぱなしのNHKから聞こえてくるのは、イラクで拉致されていた3人が解放されたニュースばかり。殺害予告までされていた人が、無事帰ってきたのだから、大変喜ばしいことなのだが、素直に喜べない複雑な気分でパソコンに向かって、ぱちぱちと仕事をしていた。
別に拉致されたフリージャーナリストの安田さんを、実は知っているのだ。知らない人がとらわれていても、遠い世界の関係ない話なのだが、顔を見知った人ともなれば、やっぱり心配になってしまうものらしい。気が気でなく、仕事にも集中できなかった。
親しかったわけではないが、松本時代に何回も会ったことがある。初めて会ったのは1998年だ。僕が松本に行ったばかりのころ、なぜか女鳥羽川の川の中で遭遇した。信濃毎日新聞の松本本社の2、3年目の記者で、当時は水辺をテーマにした企画を書いていた覚えがある。建設会社の談合の場面を暴露した記事を書いたり、北アルプスでの環境問題、はっきり言えば、糞尿の問題を書いていたりした。
個人的には松本市役所で遭遇したり、信州大学で夜を明かしたりと何度も顔を合わした。いつも眠そうにしていて、何を考えているのかとらえどころがない人だったが、群れないで一匹狼で仕事をする感じの人であった。親しく話をすることはないまま、僕は松本を離れ、安田さんは会社を離れていた。フリーになってイラクに行ったことは雑誌の記事で知ることになった。地元新聞である信毎に「イラクに行かせろ」と要求し、「地元とは関係ないから」と拒否されてそのまま辞めてしまったと聞くから、けっこう思い切った人だ。
新聞にも記事が載って、組織から離れてがんばっているな、と思っていた矢先、嫌なニュースが飛び込んできた。遠く離れたこの地からは、ただただ無事を祈っているしかない。
埼玉県出身らしいから、お互い、縁のない土地でばったり出くわして、人生のうちの一時期を近い場所で過ごしたことになる。片やイラクで遊んで仕事して捕らわれ、片や仕事をさぼってレースをしている。何たる差だ。