「すみません」
と言いながら一人の男が僕の左側に座ろうと体をねじ込んできた。朝の地下鉄。僕は始発の藤ヶ丘から乗るので例外なく、席に座ることができる。本郷、上社と進むうち、両隣の席に人が座っていく。いつものことである。
ただ、見かけよりもこの人は横幅があった。おしりを少し右へずらすも、さらに右に体が押しのけられる。右側の席はまだ空いているのだから1人座れるだけのスペースは確保しなくてはならない。結果、この男と体が密着する羽目になった。ま、よくあることである。
右に押しのけられつつあるのを左に戻す苦しい姿勢で、それでも平然と涼しい顔で手にしていた本の続きを読む。すると、密着している左側の男から、一定リズムの震動が体に伝わってきた。
なんだろう、と思って男を見ると、開いた股を閉じたり開いたり、ゆさっゆさっゆさっゆさ、と一定の運動を続けていた。こういうのを貧乏ゆすりと言うのだろう。開いて閉じて、膝小僧が近づいたり遠のいたり。けっこう大きなストロークであるので、当然体が密着してしまっている僕に、微妙なバイブレーションが伝わってくる。とっても気になる。
鬱陶しいな、と顔をにらみつけると、寝ている様子。まったく無意識の運動らしい。だんだんと首が下に傾くにつれ、ゆさゆさゆさゆさ、っと足の貧乏ゆすりのスピードが速くなる。へへぇー、面白いものだねえ、と一人、ほくそ笑んでいるが、いかんせん、男と僕は密着しているのであり、とっても気になる、鬱陶しい。
そのうち、男が左足を右足に載せた。すなわち、足を組んだ。これなら閉じたり開いたりの貧乏ゆすりはできない。靴の裏が、立っている乗客に触れてしまう可能性があるのは、まゆをひそめざるをえないが、とりあえず、貧乏ゆすりが収まることに、喜びを感じた。
ところが甘かった。10秒もしないうちに右足の運動が始まった。文字で表現してみると、
ゆささささささ
ゆささささささゆささささささ
っと震動が倍の速さになった。貧乏ゆすりが片足だけになった分、その動きの周波数が倍になった感じである。なかなか面白い。不愉快なバイブレーションが伝わってくるのは勘弁してほしいが、ここまで来ると笑うしかない。
すぐに男は組んでいた足を元に戻して、再びゆさっゆさっゆさっという運動に戻った。結局、隣に座っていた約20分の間、貧乏ゆすりをしていたことになる。
目的駅に着いて、席を立つと、男はうつむいて寝ているようであった。その足は相変わらず、ゆさっゆさっゆさっゆさっと貧乏ゆすりを続けていた。あんまり、人に不快感を与えないようにね、と心の中で思いつつ、その場を立ち去った。