月: 2025年8月

自動化

 前任の職場を任されることになったとき、怒りで震えた。あるコンテンツを2次利用してあるサイトに登録する作業なのだが、コンテンツを生み出す訓練を受けた人材が、コピペのような非効率のしょうもない作業に膨大な時間を費やしていたからだ。いわゆるブルシット・ジョブだ。

 サイトは商材には違いないが、運営自体をコンテンツをつくることができる人間がやる必要はない。サイト立ち上げの実験段階でそういうことがあるのは仕方ないにしろ、コンテンツを売ることではなく運営自体が目的化してしまっては本末転倒だ。サイトでどんなコンテンツを売れそうか探っていく、それが本来の仕事であるべきなのだ。

 配置換えになって着手したのが、自動化だ。システム間でコンテンツを取り込むのに、一手間が必要なオペレーションだった。文字列の変換もいちいち確認が必要だった。さらに、ブラウザで動かすCMSが古くて出来が非常に悪く作業の効率が悪い。テキストを整えた後、次の画面に行くボタンがページの最上段や最下段にあり、がりがりマウスのホイールを回す、というような馬鹿げた作業だ。これを1日60~70本夜勤で投入していたのだから人間的とは言えない仕事だった。

 一部業務がお手製Pythonプログラムでつくられていたので、当時使えるようになったChatGPTを使ってコードを書いてもらい省力化システムを作っていった。SeleniumでChromeブラウザを制御し、操作パネルで一連の作業がワンタッチにできるようにした。コンテンツを投入すればプレビューが自動で出るようにした(プレビューを見るだけで手間がかかっていた)し、サムネイルの整形も自動でする。複数のコンテンツの整形を自動でするバッチ処理も付け加えた。

 これで作業者は見出しやコンテンツに付けるタグに集中すればよくなった。作業に必要な(多くがコピペや画面のスクロールなどのクソみたいな)時間が大幅に減り、日常的だった残業がほぼなくなった。

 本当ならば、コンテンツ投入作業は確認ぐらいにして誰かに任せたいし、見出しもAIにつけてもらいたいところなのだが、見出しはコンテンツを生み出す企業としては機械化はしてはならないとされ、不可侵の領域となっている。僕はこだわらないけれど。媒体によって読者や特性が違うので、当然見出しは変わってくる。こたつ記事の「釣り」の見出しではなく、眺めるだけで用事が済むような実用的な見出しでよい媒体だったので、AIにつけてもらうのがいちばんうまい気がする。

 でも結局、残業がなくなったぐらいでコンテンツ投入作業はまだ仕事の大半を占めており、新たなコンテンツを生み出すところまでは行かずに異動になった。運営の部分とコンテンツ探求の部分は分けて、運営を別人材(退職後の短時間勤務の方とか)や省力化でなんとか売れるコンテンツを生み出すようにしたかったけれど、サラリーマンの悲哀、組織の論理に従うしかない。

 アナログな仕事に戻ってそれはそれで楽しい。だが、なんとなく物足りないのでサイトを復活させたんだろうな。

アーカイブ消失

 以前から懸念されていたことだと思うが、2000年代以降にネットにアップロードされた個人ブログだとかさまざまなデータのアーカイブが消失していくのが問題になっている。書籍であれば形が残るのだが、ネットの場合はホームページやブログサービスの停止によって消え失せたり、維持費を払うのをやめたりする。

 そもそも個人の情報発信はSNSへ移動しているのだから問題ないのではないか、と言えばその通りかもしれないが、SNSの投稿は時系列で並んで古い情報は検索しても簡単には出てこない。個人の発信とはいってもアマチュアを超えたレベルの情報に検索などでたどり着けたのが、2000年代だったと思う。ちまたではちょっとネットで検索すればわかるようなハウツーやチップスをコピペしたようなコンテンツが次々と量産され、平均化され、SNSやニュースサイトでは「いかがでしたか?」とどこかで読んだような情報が飛び込んでくるばかり。AI時代はへっぽこウェブライターより賢い人工知能がさらにこの傾向を加速化させるに違いない。

 いま、マニアックな情報がいちばん発信されているプラットフォームはYoutubeなのだろうか。ただ動画の場合、知りたい情報にピンポイントにたどり着くのがなかなか難しい。知識の共有という意味ではテキストデータをネット上に固定する営みが大事だと自分では思うのだが、膨大な情報はいま、フローで流れて消え去ってしまう。

 仕事でもプライベートでもこんなことを考えていて、とりあえず手を動かしてみようとホスティングサービスに契約した。ホームページサービスよりは少し高度なことができるらしい。簡単なコードであればAIが書いてくれる。いろいろ実験していきたい。