月: 2016年3月

3月31日

 この世に発生した日だ! でも問答無用で仕事だ!

 11日前の奥さんの誕生日は、今年も例年通り忘れてた。

 せっかくの日だから、夜は自宅でのんびりすごそうと思っていたら、なぜか強制的にナゴヤドームに行かねばならなくなった。おっさんたちと、ビール片手に面白くもない話をするという、苦痛の時間だ。

 年齢の十の位が変わり、何となく人生の折り返しのような気分になってくる。もっと短いかもしれないし、だいぶ長いかもしれないのに、勝手なもんだ。家を建てるし、いろいろ節目の年になることは確か。

 例年、進歩していないことを確認する日だったのだが、今日はうれしかったことが一つ。厳密には昨日なのだが、帰宅すると、2月に2歳になったばかりの娘が「はっぴばーすでー とおちゃん」と歌ってくれた。

3月16日

 まさかの、iPhone5s復活…。

 auのiPhone6sに乗り換えて、役割を終えた5s。いろいろ試したけれども、文鎮状態から脱しないので、あきらめかけていたが、とりあえず、パソコンのitunesにつないで、復元を試みる。

 もちろん、何度もやった作業だけれども、今回、たまたま別のモードでの復元になったらしく、「アクティベートできません」というエラーがでなくなり、「復元を進めています」とのメッセージが出た。時間がかかりそうだったので、外出して帰ってくると、見事に復活。もちろん、docomoを解約しているので、電波は「圏外」表示だけれども、たぶん契約が有効なsimを差せば動くだろう。

 まだまだ5sで良かったのになあ、と思うが、すでに乗り換えちゃったものは仕方がない。どうせなら、1月中に自発的にauに乗り換えちゃえば、docomoの解約金は取られなかったのだが。

 6sは手に余る大きさで操作が若干しづらかったけれど、滑りにくい素材のカバーを付けたら使いやすくなった。とりあえず、5sはバックアップ機として、しまっておこう。押し入れには、simフリーの4sとdocomo5sが眠ることになった…。

3月14日

 朝、起きたらiPhone5Sの様子がおかしい。電波の表示が「検索中…」になっていて、いっこうにドコモの電波を拾わない。Wifiはつながったので、家にいる限りは普通に使えるけれども、電波が拾えないんじゃ、電話が使えない。

 これは、致命的だ。今は、それほど緊急に動かなければいけない部署ではないから、電話がつながらなくてもそれほど困りはしないのだが、20代のころから染みついている習性で、仕事場からの電話がつながらない、というだけでいてもたってもいられなく焦る。これは、もうビョーキ。

 とりあえず、機内モードにして、電源offにして、リセットをかけて、ネットワーク設定のリセットもかけたけれども、改善せず。こりゃ、初期化するしかないかな、と思い、とりあえずパソコンのitunesにつないでバックアップをして、工場出荷状態に戻す。

 で、初期化されたiPhoneを起動したところ、Wifiをつないで次のところでつまずく。「このiPhoneをアクティベートできませんでした」だと。ここから画面は進まない。昨晩まで普通に使っていたのに、朝起きたら壊れているだなんて、いったい何が起こったのかさっぱり分からない。とりあえず、simカード不良を疑う。

 で、電話がつながらないから焦る。とりあえず、職場には用事があったらメールを送ってもらうように頼んで、iPadでメールチェックをしてしのぐ。仕事にならないから、ドコモショップへ。30分ぐらい待たされて、店員にiPhoneを渡すと、「店のsimを突っ込んでも変化がないので、本体が壊れている可能性が高いですね」だと。

 リセットをかけなければ、最悪、wifi環境で使えるipodになったのだけれど、リセットを掛けちゃったものだから、ただの画面が光る板になってしまった。

 一刻も早く電話を復活させたいので、代替の機械を手に入れるしかない。特にほしいとも思っていなかったiPhone6Sに乗り換えるのが、まあ、現実的な選択肢だ。ドコモの店員に聞くと、在庫はあるが、今使っている料金プランは継続できない、と。今までは、Xi料金プラン。会社が業務通話料とパケット定額代を負担してくれるので、低い基本料なこのプランが一番ありがたかった。新規では入れないことは知っていたのだが、継続もできないとはどういうことかと聞くも「決まりなので」という答えだけ。まあ、店員を責めても仕方がない。

 「んじゃ、いいです」と店を出て、結局、auのLTEプランでiPhone6S 128GBを契約した。だって、乗り換えた方が安いんだもん。キャリアメールはずいぶん前に捨てているので、まったく支障はない。会社がパケット代を出してくれなかったら、あっという間に格安simにするのだけれど。2年たったら、売っ払ってまた新しい携帯にするかも。

 いまは、itunesにつないで復元中。再設定の手間が少ないのが、iOSの良いところ。

3月11日

 早いもので東日本大震災から5年。地震の発生時刻に合わせて犠牲者に黙祷を捧げよう。

 2月下旬から、ゲリラ活動が活発化。おなかは緩い方だったので、僕にとってはそれほど珍しいことではないのだが、今回は発熱が伴った。39度近くまで熱が出ると、人間、かなりつらい。

 2月最後の土日は、トイレ数十回or寝てるのどちらかだった。医者は、抗菌剤だけ出してくれたけれど、それだけなので症状が収まっていくのを待つしかない。ま、これが本来なんだろうけれど、熱&腹痛なので、てっとり早く苦痛を取ってくれる薬でも処方してほしかった。

 ようやく、動き出すことができたのが火曜日ぐらいで、週の後半は平熱に戻ってかなり体調も回復したのだが、金曜日深夜に再び同様の発熱が。土曜に仕事を入れていたのだけれど、あわててキャンセルする。

 土曜午前までなら、かかりつけの医者にも行けたのだが、だるくて寝ているうちにいつの間にか午後。夜にかけて寝ていても回復するどころか、熱が上がってしまったので、もしかして、インフルも合併していたらやばい、と思い、土曜夜に、奥さんに救急センターに連れて行ってもらう。

 当番だったのは、研修医の若い先生で、ひと通り丁寧に診察してくれて、インフルは陰性、熱冷ましの点滴を打ってくれたまでは良かったのだが、「正直原因が分からないのでCTを撮りますか?」と聞かれて肝を冷やした。1月中旬に人間ドックで胸部のCTを撮影したばかり。さすがに連続は気が引けるし、CTを撮ったところで何か分かるものでもなさそうなので、「あ、いや、そこまでは…」と抵抗してみる。

 点滴が終わったころに再び、研修医の先生が顔を出し、「けっこう混んできていまして…。CT撮るか、入院するか、家で様子を見るかです」とよく分からない選択肢を出されたので、「家で様子をみます」と行って逃げ帰ってきた。

 点滴を打って滝のような汗を流したらだいぶ楽になり、日曜日には平熱近くまで戻った。月曜日には土気色の顔して出勤したものの、仕事にはならないわね。

 まだ何となく、体調が戻っていない。糖質&アルコール制限で体重を絞っている最中だったのだが、激しいゲリラ活動によってさらに3キロぐらい落ちてしまった。寝込んで減ったので、鏡を見ると何となくやつれて老けた感じ。サーキットのタイムは伸びるかもしれないけれど、1周もしないうちに体力がきれそうな、そんなふらふらな今日この頃。