月: 2011年2月

2月20日

Photo by ロンリーマン

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 カニパーティーやるよ、というお知らせを見て、今年初めておおとろ亭に出かける。積もっている雪を見て「今年ってそんなに雪降っていないねえ」と冗談を言ったら本気で怒られた。

 カニパーティーよりも、とりあえず、今年の活動について考えをまとめようと雅号で出かけた。雅号はこのサイトにも書いている97年から乗っているロードスター。もう1つが耐久レースを走った雅久号ね。

 レースに出るには金と時間がかかる。出たことで得られるものとのバランスはどうか。集まった人といろいろ話をしたけれども結論は出なかった。

 間瀬以外で走ってみて、ロードスターの中でどれくらいのポジションにあるのか、知りたいという欲求がある。間瀬でやり残したことをやり尽くしてみたいという気持ちもある。とりあえず、2月25日をもって車検が切れる雅号はTORFに残して(いつもお世話になっています!)富山駅から東京出張に出かけた。とりあえず、乗れるロードスターは雅久号1台になった。

 なかなか難しい命題。大人がやる遊びだから、正解はないし、自分がどう納得するかって話なんだけれどもね。

2月17日

 亡くなる方向が確実だったクーマック耐久が突然、今年もやることになったそうだ。ロードスターでも戦える絶妙なレギュレーションがあったから参戦していたわけで、別の枠組みの耐久レースになるなら、まったく興味はなかった。だから、今年は間瀬で走るとは思っていなかった。それなのに、今シーズンは3戦。どうせなら、2010年シリーズの3戦目を開催してもらえれば、一生懸命戦って白黒付けられたのに。ま、分はこちらの方が悪かったんだろうけれども、何となく引っかかりを感じながら両方とも1位!と言っているよりは、精一杯戦って2位の方が気持ちが良い。

 突然、やる、と言われても、車につぎ込んでいたモチベーションと時間を、だいぶ仕事の方に振っていただけに、なんだか不意打ちを食らった感じ。「本当にやるのー?」みたいな。

 しかも、最強ライバルシビックチームが2台で参戦してくる、という情報も。丸3年、耐久に使ってきた雅久号のエンジンをオーバーホールするとして、だいたい見込めるタイムって読める。エンジンだけの伸びしろはコンマ5秒以内だ(笑)。あとはセッティングでもう少し伸ばせるかもしれないけれども、この2年間、ライバルのエラーを拾って勝ってきただけに、2位はなんとか取れても1位を取れる気はしないなあ。

 今の枠組みでやれることが見えているだけに、やっぱり「本当にやるのー?」って感じのモチベーション。デフだけ入れて、鈴鹿とか別のサーキットでも攻めて遊ぼうかと考えていただけに、また同じコースをぐるぐるするのは「いまさら感」が強い。1時間のスプリントレース3本を走るレースだから、コストもそれなりにかかるからなおさら。

 富山に行って、カニでも食べながら考えることにしよう。

2月15日

 お昼から新幹線に乗って東京へ。新宿へ行き、先日歩いて探し回った怪しい会社へ行く。法務局で登記が取れなかったのだが、カタカナではなくてローマ字で登記していたから出てこなかったというお粗末な顛末。再び新宿区富久町某所へ出かける。先日、歩き回ったから地図を見なくてもたどり着くことができた。案の定、表札には怪しい会社の名前なんて書いていなくて、大家さんに聞いてみると、代表取締役の名で3階の部屋を貸しているらしい。おそるおそるその部屋の呼び鈴を鳴らしたのだけれども返事はない。登記を取るためだけに借りている部屋なのだろうか。

 午後5時から国会議事堂方面で仕事だったので、地下鉄の駅に向けて歩き出す。東京だからそのうち地下鉄の駅があるに違いない、とずかずか歩き出したのだが、なかなかなくて、中央線にさしかかってしまった。いつの間にか、丸の内線をまたいでしまっていたらしい。信濃町駅にたどり着いたが、JRに乗って地下鉄に乗り換えるとお金がかかるなあ、と思ってスルー。赤坂御用地と神宮球場の間を歩いて、青山一丁目へ。もうここまで歩いたら、永田町はもう少し、と思い青山通りをずかずか歩き出した。赤坂の丘の上に向かって、高そうなお店が立ち並ぶ円通寺坂から山王日枝神社方面へ。ここら辺は溜池山王の名の通り、昔ため池だったみたいで、永田町方面へ結構な坂を上らねばならない。

 国会議事堂横の建物で2時間ほどで用事を済ませて、やっぱり歩き出した。外堀通りを虎ノ門方面へ歩き、西新橋方面へ折れて、お腹がすいたからつけ麺屋を探して、三田製麺所に入る。固めの太麺に濃厚なつけ汁。王道を行く感じだった。

 新橋駅から京浜東北線で品川へ行き、新幹線で名古屋へ。8時前まで新橋で過ごしていて、10時すぎには名古屋に到着してしまう。

2月13日

 なかなか日記更新をしないのは、仕事が立て込んでいるから。仕事でも文章を書いているので、休息の時間にまたぱちぱち打つ気力がなかなかわかないの。

 12月の割れた右側の親知らず抜歯に続き、左側の親知らずも抜歯した。1月29日のことだ。

 僕の親知らずは、斜めに生えるタイプだったらしい。人によっては水平方向に生えるタイプもあるみたい。12月の割れた親知らずの抜歯では、割れたのがちょうど下側だったので、斜めに生えていても隣の歯が干渉することもなく、すんなり抜くことができた。ちなみに、抜歯はペンチみたいな器具でぎゅっと引っ張ってやるものだと思っていたのだが、歯と歯の間に器具を押し込んで脱臼させて取り除くみたい。引っ張るのではなくて押す感じ。

 で、左側の親知らずは虫歯にはなっていたのだけれども、まだ形がきちんとあるので、隣の歯に干渉してそのまま抜けない。ということで、歯を分割することに。丸のこみたいな形の道具ではなくて、ポート研磨に使う超硬バーの、超細い版みないなダイヤモンドバーでカットするのだ。

 歯医者が気を利かせて、麻酔前に笑気ガスを吸わせてくれた。甘いにおいのするガスで、シューっと吸っているうちに、だんだんと酔っぱらったみたいになってくる。酔っぱらうと、気が大きくなって細かいことが気にならなく、陽気になると思うのだけれども、まったく同じ感じ。ガスを吸い続けて、なんとなくくらくらするって感じになってくると、何となく陽気で可笑しくなってくる。これから始まる悲劇的な場面を前に、ふふふ、とにやけているのはだいぶ不思議な光景ではある。「はい、効きましたね」と歯医者さんが、すかさずぶすっと麻酔を注射する。痛くないわけじゃないけれども、あまり気にならない、みたいな。ガスが止まるとあっという間にさめるのも新鮮。

 右側みたいにすんなりと抜いてくれるものと期待していたのだが、どうも様子が違う。2分割にして取り除いて終了、ではなく、分割してまた分割してさらに分割、みたいな感じ。どうも、歯根が3つ又になっていて、クレーンゲームのクレーンのようにぎゅっと握った感じになっていたので、苦労したみたい。まな板の上のコイ状態のまま、脳みそに近い場所で、がんがんと切削する振動が伝わるので、けっこう怖い。麻酔の時間を除いて30分ぐらいかかって取り除かれた歯は、ばらばらになっていた。

 それでも、普通の歯科なら歯茎を切開して取り除くと思うのだが、頭が少しだけ出ていたぐらいの歯を、カットするだけで取っちゃったのだから、手品みたいだった。かなり腕が良い歯医者で幸運だった。

 で、右側と同じように今回もそれほど後を引くこともないのかな、と楽観的に考えていたのだが、ちょっと違った。土曜日に抜いて、日曜日の休みを1日置いて、月曜日から仕事、と思っていたのだが、抜いた場所が腫れて熱っぽくて風邪を引いたときみたいに体調が悪い感じでなかなか仕事に集中できない。火曜日も、力が入らない感じ。水曜、木曜は痛みで仕事に集中できない感じ。金曜日も痛みが気になる、みたいな感じ。どうも、親知らずが押していた隣の歯も、圧力から解放されてかなり自由を謳歌していたみたいで、歯の根っこの部分がけっこう痛んだ。早めにロキソニンを飲んでしのぐ。

 おまけに困ったのが、口が開かないのだ。人差し指の先しか入らないぐらい口が開かないから、ご飯がいつものように食べられない。朝ご飯なんて、いつもはご飯におかずを載せてかき込む感じなのだが、口が開かないから少しずつしか食べられない。少量を素早く運ぶピッチ走法みたいな食べ方でしのぐしかなかった。食べた後は、傷口をぐりぐり動かした形になるので、抜いたところが腫れて痛くなって憂鬱になる感じ。

 1週間たった土曜日も痛みはあったのだけれども、だいぶ楽になった。そして、半月以上たった今は口は指2本分開くようになったけれども、まだ完調じゃない感じ。でもだいぶ、日常生活に戻った感じ。

 だいぶ、口内環境改善は進んでいるのだが、まだ道半ばで治療が一段落するまでにはまだまだ時間がかかりそうなのだ。

2月6日

 金曜日。六本木ヒルズで午前中にお仕事だったので、朝イチで新幹線に乗る。品川で山手線に乗り換えて、恵比寿から六本木。30分ぐらい余裕を見て出発したら、本当に30分前に到着するすごさ。

 六本木ヒルズのオフィス棟のインテリジェントな感じが肌に合わない。あるネット企業のロビーは東京には贅沢なぐらいのだだっ広い真っ白なスペースに、白いソファがいくつか置いてあるだけで、大きな画面で幾何学模様がうねうねと動いている、20年ぐらい前の近未来な感じのデザインだった。会議室に通されて、1時間ぐらいお仕事をして終了。

 午後は、消費者被害の片棒を担いだ得体の知れない会社について、実態があるかどうかの調査。新宿区の大久保駅近くにある法務局出張所に出かけて会社の登記簿を取って見るも「不存在」だと。頭に来たので、住所地をくまなく歩いて探してみることに。新宿区富久町にあると、得たいの知れない会社の得たいの知れない人が話していたので、富久町をぐるぐる歩くのだ。

 翌日も東京でお仕事なので、この日は宿泊が決まっていた。午後いっぱい時間があるので、大久保から歩いて富久町へ行く。携帯でナビさせたら3キロ弱だった。新大久保方面へ行き、韓流で元気な町を見物しながら歩く。妙に活気があって楽しい町だった。

 大久保二丁目で右に曲がって、適当に左に曲がり、東京医大方面へ。お腹が減ったので、「玄古」というお店で玄古つけ麺を食する。普通においしいけれども、普通盛りを頼んだら200グラムとつけ麺にしては少ない感じだったので、大盛りにしておけば良かったと激しく後悔する。

 つけ麺を食べ終わり、いよいよ富久町にさしかかったので、ぐるぐるととにかく歩き回ったけれども、大部分は住宅街。靖国通り沿いにはオフィスビルなんかもあるけれど、目当ての得体の知れない会社の名はどこにもない。2時間ぐらい歩いて、得たいが知れないだけに、やっぱりこの界隈には存在しないんじゃないかという確信を強めて、新宿3丁目方面へ。

 夜は、友人Kとその仲間と飲もうという話になっていたので、新宿駅へ行く。ところが、急な仕事が入ったので、どこか落ち着いてパソコンに迎える場所を探さなくてはいけなくなった。駅東のスタバは妙に込んでいたので、駅西に行くとマクドナルドを発見。ホットコーヒーとポテトだけ頼んで3階に行き、パソコンを広げて電話でやりとりしながら2時間ぐらい過ごす。

 友人Kと合流し、友人Kの友人とも合流して、安居酒屋でビールをがぶ飲みする。2次会は友人Kと2人で。都庁横のホテルまで何とか歩いて、ふらふらとベッドに倒れて意識を失う。

 土曜日。午後2時から、神田で仕事だった。チェックアウトは午前11時だったので、ぎりぎりまで粘って仕事をし、午前11時すぎにホテルを出る。

 次の仕事までは3時間。特にすることもないから、せっかく東京に来ているということで、神田まで歩くことにした。

 最初、適当に歩き出したら方向を間違えたらしく、途中で修正しながら歩く、歩く。靖国通りに出て、昨日歩き回った富久町を通り、市ヶ谷の防衛省前を通り、本当ならば九段下を通っていくと近いのだけれども、飯田橋辺りの、中央線が走っている風景が風情があったので、そのまま水道橋方面へ歩く。死亡事故のあった某遊園地の横を通って、ようやく遠回りしていることに気がつき、南へ曲がって白山通り。ここまでで、8キロぐらい歩いたのか。

 すでに目的地は近くなっていて、お昼の込む時間から外れたちょうど良い時間になってきたので、ぱっと目に飛び込んできた大熊製麺に入って、つけ麺を喰らう。出し割りまで頼んで、おいしくいただいた。2日連続つけ麺だが、やっぱりまるかんじゃないと満足できないみたい。

まるかん

 神田周辺を歩いて、仕事場所へ。2時間ほど仕事をして、どうせなら東京駅まで歩いてしまおうということで、大手町辺りを歩いて東京駅へ。

 新宿から東京駅まで歩いたことになるけれども、やっぱり新宿界隈よりも、神田周辺の方が歴史があって趣があって、首都っぽいなと思った次第。スーパー金持ちじゃないとなかなかまともな住宅に住めない地域ではあるけれども。

 新幹線に乗って名古屋へ。歩いて新宿から神田まで行った時間よりも早く名古屋に到着した。