この1カ月、滅私奉公、自分の持てる能力をフルに使って、衆院選挙の仕事に打ち込んだ。ま、スーパーマンならばもっと素晴らしい仕事をしたに違いないのだが、自分の持ちごまを考え、そんなにない能力を使い切って、最大限のパフォーマンスを発揮させてきたつもり。人員がより多い他社と比べても、まあ、そこそこ闘ったかなという自負はある。人員がわらわらといる地元社にはかなわないけれど。
そもそも、ただでさえ我が社の富山県内は経験不足な人員ばかりだったのに、そこそこ仕事ができるようになった人間を選挙前の8月1日付で2人も異動させて、中間管理職(この業界ではデスクと呼ばれる)も変えちゃった。なので、僕が下働きから中堅、管理職の仕事まで一手に引き受けざるを得なくなって、一般的なサラリーマンであればそこまでしないと思うけれど、1日12時間以上は働いて休みもなくすべての仕事をこなしたのである。
普通なら、いくら大赤字の地域だって、商品のクオリティーを下げるようなことは避けるべきなのに、やってしまった会社。そんな現場無視のやり口をクオリティーを上げることであらがった僕。いや、まだ闘争は続いていて、代わりを引き受ける人材もいないまま、根性を出して仕事をこなしているのだ。
で、今日は休日だったけれども、やるべきことがあったので、モチベーションが低いながらも、やっつけで仕事をこなして、夕方から休暇モードに入った。そうしたら、日付が変わるころになって、ばたばたとあれこれ難癖を付ける電話がかかってきて、本来ならば運命共同体として、どう解決に向かわせるかを一緒に考えるべきなのに、ひたすら現場に責任を押しつけようとする語り口についに僕の中で、何かが切れた。わーっと切れて暴れるような切れ方じゃないことは確かだが、堪忍袋がずたぼろになっちゃった。
別に小役人的な電話の主への恨み言を書いているわけでは、ない。
そもそも、この仕事自体にも疑問を感じるここ数年。普通の仕事よりも人間関係を深く築いて物事の本質に迫ることが求められるのだけれど、半面、ずっと同じ場所にいると癒着みたいになって、厳しいことが言えなくなるから、2、3年おきに転勤する。せっかく築いた人間関係も、距離が離れれば疎遠になるもので、なんとなく深く人間関係を築いて置いて、それを使い捨てにしている感じがして罪悪感を覚えてしまうのだ。
どうも、僕の心情としては、同じ場所に根を張って、コミュニティーにも貢献したいし、いろいろな活動にも顔を出したい。が、異動が前提になれば、刹那の貢献はできても根を張った貢献はできない。
仕事にやりがいがないわけではないけれど、少なくとも最弱地域の一つの富山にいる今は、ロードスターをさんざんいじってレースできるぐらいの給料が定期的にもらえるということだけ。でもね、お金だけを目的に人生を送りたくはないのだ。
富山にいるのもだだをこねなければあと1年以内。おっさんに差し掛かった時期でもあるし、いくらこなしてものれんに手押しな仕事もそこそこにしておいて、今後の身の振り方を考えてみよう。