2月13日

 見知らぬ街に行くと、散歩に出かける。あちこち歩いていろいろ見て回ると、素通りするよりは、その街のことについて知った気になる。水俣も歩いた。以前には、潮岬のある串本、長野の善光寺の周り、などなど。歩く距離は数キロぐらい。

 当然、昨夜は博多の街を歩くことにした。まずはうまそうなメシ屋を探したい。博多と言えば、ラーメンであろうと、ラーメン屋を探し歩く。

 宿から博多駅に向かい、まっすぐではなくジグザクに歩いていく。駅前の割にはそれほどたくさんの店がない。いや、店はそこそこあるのだが、ラーメンがない。ラーメン、ラーメンと呪文のように唱えながら、博多駅をスルーして裏側へ。

 しかし、裏側はどうも官庁街、オフィス街らしく、お店がそんなにない。博多、というと屋台が立ち並ぶにぎやかな場所が思い浮かぶのだが、歩いた範囲でそんなところはない。おかしいな、おかしいな、と思いつつ、仕方がないから元に戻る。

 ガードをくぐって表側に出、さらに寂しい街をしばらく歩くと、ラーメン屋があった。いい加減、腹が減って体力も限界であったので、そこに入ってラーメン、チャーハンセットと餃子を注文。ラーメンは期待したよりもうまくなかった。薄味というか、スープがしゃびしゃびだがね(名古屋弁、スープが薄いじゃないかという意)。

 ちょいと欲求不満ながら、満腹なのでもう一軒ラーメン屋に入るわけにもいかず、とぼとぼと宿の方向に向かって歩く。帰って、ビールでも喰らって寝ようと思ってひたすら歩いたのだが、どうも違う道を歩いているらしい。だんだんと見覚えのない景色になっていき、ネオンサインがぎらぎらしだしてきた。道に行き交う人やタクシーの量が増える。

 道を間違ったのは明白なのだが、怖いもの見たさにずいずい歩いていく。そのうち、怪しい色遣いの店舗と、見るからに怪しい出で立ちの呼び込みが立つ街並みとなった。名古屋で言えば、錦三、今池あたり。錦三のぎらぎら、怪しさ度を5倍したぐらいの怪しい街だ。こんな街はおそれることなくそのまま素通りすれば良い。いろいろ声がかかるけれどひたすら無視すれば良い。

 そのうち、川に出た。川沿いには、屋台が立ち並び、多くの人たちがカメラやビデオのレンズを向けているから、たぶん観光名所なんだろう。川岸を歩いて行く。おいしそうなラーメン屋や居酒屋の屋台があるのだが、さすがにこれ以上詰め込めないので、涙をのんで通り過ぎる。

 そうこう歩いているうちに、本当にやばい地域に入ったらしい。まさしく裏。そこら中が怪しい。僕なんかが入り込んではいけなかったのかもしれない。うつむき加減に、ただ早足で通り過ぎることしかできなかった。まじでやばい。

 気が付いたら、本格的に道に迷ったらしい。どこを歩いているのか、どっちに歩いているのか、分からなくなってしまった。立派な迷子である。タクシーに乗るのも何となくシャクである。迷子になってしまったと、ばれてしまうのは、いやだ。

 ひたすら歩いても、どこにいるのかも、どっちに向かって歩いているのかも分からない。だんだんと足が痛くなってきた。タクシーに乗ろうか、と焦る。それでもタクシーを使うのは何となくシャクなので、歩きまくる。とことん歩きまくる。どっちに向かって歩いているのか、どこを歩いているのか、ヒントになる看板や地図を探しながら。

 焦りながら歩いているうち、後ろから若い女の人の声で「すみません」と呼び止められた。振り向くと、なかなかぷりちーな女の子。これは、何かやばい勧誘かもしれない、と思い身構えると、「財布を落としてしまったんです。○○まで帰るお金を貸してください」などという。

 いかにも、人をだますときにありそうな口上ではないか。こうやってだまして、何か高額の商品を売りつけるだとか、なにやら怪しい雰囲気にさせて、うはうはっと舞い上がったら、怖いやくざのお兄ちゃんが出てきてたこ殴りにされた上、身ぐるみはがれて川に捨てられる、だとか、そんな思考が頭を駆けめぐる。「本当?」と聞いてみるが、だましたり、商売をしたりする感じの人ではなさそう。「いくらかかるの?」と聞いたら「1500円ぐらい」という。低額だし本当らしい。それに男が出てきた。開口一番、「お願いします」だって。先に女の子に声を掛けさせて立ち止まらせるなんて、うまい戦略じゃねえか。

 ま、本当に困っているのかもしれないし、1500円である。財布を取りだし、「これで足りるでしょ」と、2000円を渡す。「返しに行くので住所を教えて」と男。名古屋まで返しに来たらいくらかかると思っている。「郵送で送るから住所を教えて」とまた男は言うが、まあ2000円だし、「愛知の者だし、別にいいよ」と言って名乗ることもなく立ち去ってしまった。

 立ち去るときに男、うれしそうに「じゃあ、次に会ったときに返します」。立ち去りながら「そうしてくれる」と捨てぜりふを残す僕。何が何だか分からないが、何となくその場を立ち去ってしまった。2000円をくれてやった格好である。よく言えば、お人好し、悪く言えば、馬鹿である。住所を教えても帰ってこなかったら、とっても後味が悪いので、無意識のうちにそれを避けたのかもしれない。いや、知らない人に住所を教えるのが嫌だっただけか。

 2000円のことなんかはどうでもいい。どこにいるのか、分からないのである。半ばべそをかきながらとぼとぼ歩いたら、ようやく博多駅の方向を指し示す看板を発見した。さらに2キロほど歩いてようやくホテルに到着。足が棒のようになる、とは正にこのことだ。

 朝起きて、地下鉄で空港へ。航空3社の空席状況や到着時間を比べながら、日本エアシステムを選択。羽田へ。モノレールを経て、永田町。用事を終えて、新幹線。2泊しただけなのだが、それ以上帰っていない気がした。

 月曜日の東京往復を入れると、この4日間で3000キロ以上移動したことになる。異常だ。