11月23日

 駆け出し時代に大変お世話になった方の訃報が届いたので、一路安曇野市へ。

 松本へ赴任することになって、あいさつに行った晩のことがいまでも昨日のことのように思い出される。2次会に行って、なにか芸をやれ、というような話になり、長髪のカツラに口紅を付けられて、アルプスの少女ハイジを歌わされた。一緒に赴任したボスは「そこまでやらせたら最近の若者はやめるんじゃないか」と狼狽したらしいのだが、振られた僕は「やるしかないでしょ」と奮起して、裏声で「おしーえてーおじいーさんー」と絶叫したのが懐かしい。

 こうやって書いたらひどい人みたいなのだが、若い僕にでも分け隔てなく気さくに接する人間味のある人だった。北アルプスの山男たちの信頼も厚く、山関係の人脈はすごかった。

 とにかく、よく飲みに行った。飲み過ぎて、痛風になって痛い思いをしたのだけれども、「ビールじゃなくて焼酎なら大丈夫だ」といいつつ、薬を飲みながら酒を飲んでいた姿が忘れられない。太く生きたんだから悔いはないでしょう、とも思うが、まだ60歳。退職間際で、仕事のしがらみから離れて、これから第2の人生を楽しもうというときだったから、無念だったに違いない。

 当時のボスとともに穂高町へ。信州では通夜は家族だけで営むということだったので、納棺の前に会社の人たちと一緒に弔問して、小っちゃくなった顔に手を合わせてお別れをした。