10月31日

 「たこ焼きパーティー」をやるということで、職場のボスの家で宴会をすることになった。ボスの家、といっても職場の2つ上の階である。否応なしに仕事とプライベートが限りなく一体化される、いやな仕事だ。

 職場の後輩が結婚式に出席し、最近はやりの「カタログで選ぶ引き出物」をもらってきた。経験者が値踏みするに、たぶん2500円から3000円ぐらいの相場のものである。時計やらシェーバーやら器やら、生活用品を中心に200点ぐらいのカタログの中から、後輩は「たこ焼き器」を選んだ。「自分では絶対に買わない物」というのがその理由。いや、僕がはがきに「たこ焼き器」とペンで書き込んじゃったからかもしれない。

 1週間もしないうちにたこ焼き器が職場に届いた。住所に職場を書いたからである。なんとなく間抜けな器具が職場にさらされることになった。自然に「たこ焼きを焼こうか?」という話になる。そしてボスの号令の下「たこ焼きパーティー」が敢行されることになった。

 1回に18個焼けるのだが、いかにも安っぽくてちゃちな代物である。火力が弱く、焼き上がりまでに時間がかかるに決まっている。ボスの大号令の下に開かれるパーティーだから、関係の職場から9人ほどが集まる。15分に1回焼けるとして、15分に2個ずつしか口に入らない。1時間に8個分配されるだけでは、たぶんみんな機嫌が悪くなって非常に気まずい雰囲気になってしまうことは目に見えていた。

 ちょっと考えを巡らせればたこ焼きが焼ける量が少ないことは分かる。だったら秋の味覚のサケでも買ってきて、汗を流しながらたこ焼きを焼く後輩を尻目にちゃんちゃん焼きでもつくって舌鼓を打とうかしら、と意地悪なことを考えていた。ボスも同じことを考えていて、キムチ鍋が作りたいという。

 魚介類を使うパーティーになれば、中央市場の魚屋さんに協力をお願いするしかない。とりあえず、たこ焼きを焼くのでタコと、キムチ鍋に入れるとうまい魚介類、そしてボスからのリクエストのカニを用意してもらうように電話で伝え、快く引き受けてもらう。

 仕事をさぼってロードスターに乗り換え、名古屋高速経由で日比野の中央市場まで行き、ブツを渡してもらう。「手間がかからないようにさばいておいたから」と魚屋さん、おもむろにトロ箱を取り出してきて、ふたを開けるとタラが1匹まるっと横たわっていた。その下には秋鮭が、これまたまるっと1匹横たわっていて、鮭のお腹から取り出された筋子がビニール袋に入っていた。うまそう。

 たこ焼き用のタコなのだから、足が2、3本あればよかったのだが、こちらもたこ1匹、丸ごとのボイルが用意されていた。

 これだけでお腹が一杯だよ、と眺めていたら魚屋さん、さらに2つのトロ箱を出してきた。1つを開けると、1キロ以上はあるタラバガニが横たわっていた。軽率に、魚屋さんに「カニが食べたい」などとリクエストしてはいけない、と反省する。

 「パーティーは演出が必要。みんなが集まったところでコレをみんなに見せれば、それだけで勝ちだぜ」と魚屋さん。確かに、巨大なカニ2匹を見たら、みんな度肝を抜くに違いない。

 ロードスターの助手席にうず高くトロ箱を載せて、一宮へ。仕事をちゃちゃっと終わらせて、とりあえず、筋子を食べられるようにする。バラして洗って醤油と日本酒と塩で漬けておく。

 たこ焼きパーティーが始まり、案の定、後輩どもはたこ焼きを焼くのに四苦八苦。こちらは大量のタラと野菜をキムチ汁が煮立った鍋にぶち込み、ビールを飲んで良い気分である。

 仕事を終えた面子がそろって来る。遅々として焼き上がらないたこ焼きはないも同然。宴会の中心は、イクラにタラなのである。新鮮なイクラがあまりにもおいしかったらしく、後輩が「ごはんに載せて食べたい」と、米を買ってきた。仕方がないからといで炊飯器にセットしてやる。

 面子がそろってきたころ、ようやくたこ焼きが焼き上がり始めた。後輩どもも要領を覚えてかなりまともな仕上がり。雰囲気はなんとなくたこ焼きパーティーに傾いていく。

 そこでメインゲストの登場。ベランダに待機させていた巨大タラバガニを、おもむろに2匹重ね、「じゃーん」とみんなの目の前に出した。「ひょえ〜」と全員が歓声を上げる。「演出が大事」という魚屋さんの言葉通りである。

 食材を用意した者の責任として、巨大タラバガニをばらさなければならない。キッチンばさみを駆使して、じょきじょき足を外していく。登場した途端にバラされていくメインゲスト。そのままだと食べにくいので、殻を包丁で切って身を露出させておく。

 「うめー」とカニをむさぼり喰らう後輩ども。もはやたこ焼きは眼中にない。独りほくそ笑みながら、カニをばらし続ける。ボディーは丸ごと煮てから分解する。タラバガニのみそは食い物ではないらしい。

 結局、カニは食べきることができず、鮭もまるごと手つかず。冷凍することに。次は粕汁パーティーか。

 たこ焼きを食うつもりで来たのに、記憶に残ったのはイクラとタラとカニである。「宴会ジャック」大成功。