なぜか、今日の午前中はJR長野駅前にいた。長野市は今日から、市長選挙に突入したのである。異星人、田中康夫が知事になってしまい、ショックを受けた現市長が「オレの時代じゃなくなった」と半年ほど前、突然の引退表明をしてしまったから、さあ大変。「しかるべき」人たちを権力の座に推していた街の実力者たちは困った。数カ月前から、いや数年かけて選挙の準備を進めても、ちょっと有名なやつが直前になって立候補すると、一気に逆転されてしまうという悪夢が実際に起こったのだから。
人口30万。長野県一の規模を誇り、オリンピックを開催した市である(ちなみに県人口は220万。田舎である)のに、市長の後釜に座ろう、という人がなかなか現れなかった。いや、うわさや水面下の動きはいくらでもあったのだが、なかなか表に出てこなかった。長野市は去年の知事選で、いわゆる「勝手連」の活動がもっとも活発だった場所。もし、うまい候補者を誰かが勝手に連れてきてしまったら、市長のいすをかっさらわれてしまう。しかも、あくまで「勝手」な人たちの集まりだから、つかみ所がなく、予測もできない。
最初に立候補を表明したのは、環境NGO系の家庭教師だったか。選挙直前となって、ばらばらと立候補を表明する人が現れてきた。地方の市長選で、候補が乱立するのは極めて異例。本来なら、市長の後継者と目される人と共産党の推す人で一騎打ちとなる場合が多い。みなさん、田中康夫が当選した去年の知事選があったものだから、夢を見ているのかもしれない。
2カ月前、ようやく「本命」と見られる商工会議所副会頭が立候補を表明。関係者は直前までドキドキだったに違いない。勝手連による候補が現れてしまったらどうしよう、と。実際、勝手連系の人たちの中には、諏訪の有名な医者に立候補を依頼する動きも直前まであった。この人は次期知事選にも出馬を依頼されるであろう人であるが「患者を裏切るわけには行かない」と今回は固辞した。
さて、結局、今日は5人が出馬した。環境NGOの家庭教師と大阪の選挙マニア、きのこ博士、商工会副会頭、共産党関係者、である。へんてこな選挙戦となってしまった。
フリーターである大阪の選挙マニア(28)は大阪市長選にも立候補したらしい。「田中康夫先生の言葉に感動して長野にやってきました!」などと口走るあたり、宇宙から照射された電波にやられている感じのにおいがして、すでに付いていけない。100万円ぐらいと思われる供託金はメディア露出料と考えたら、安いのかも。しかも運良く(悪く?)届け出順を決めるくじで1番を引いてしまった。彼の10円コピーで印刷したポスターが選挙掲示板の筆頭に来てしまうのである。なんてことだ。
環境NGO系家庭教師(34)も駅前で第一声。パイプいすの上に立っての演説が手作りな雰囲気を醸し出していてよろしい。応援演説に立ったこれも環境NGO系東大出身女性の靴下に、指3本分ぐらいの大穴が開いていたのが、妙に気になった。「二酸化炭素を出さないため、自転車で移動します!」とさっそうと出発したのだが、1時間ぐらい後には街宣車に乗っていた。せめてプリウスなら形になるのに、黒煙をもうもうと吐きそうな古いバンであった。前途は暗そう。
きのこ博士は第一声で運動員の女性を5人ぐらい後ろに従えたりして、様になっていた。その道では有名な人らしいから、ダークホースとなり得るかもしれない。
共産党は一番早く駅前に陣取っていた。政治団体を「みんなの会」と名付けるところが最近の選挙戦法。叫ぶ主張は、どの選挙でもあまり変わり映えがしない。必ず言うのが「いままで何度も選挙をやってきたが、今回ほど手応えがあった選挙はない!」という決まり文句。「厳しい状況の中の立候補だったが、日に日に支援者が増えていくことを実感している」とも。最近の主張は「無駄な公共事業を減らして福祉にお金を回そう」である。党として「一貫性」は必要で、心棒を貫き通した態度は、感心することもあるのだが、イチローも昔言っていたように「変わらなくちゃ」。
選挙前は田中効果のためか、異様な経過をたどったものの、極めて旧来型の組織選挙となる公算が大きい。1年前の住民たちの熱気はなんだったのか。「田中康夫が知事となってくれたから、長野県にも少しは変化があった」と後から振り返るのでは、あまりにも寂しい。