昔っから名古屋の方では都市伝説として語り継がれていたことが、あながちまったく外れではなかったことが発覚して驚く今日この頃。
都市伝説は、名古屋駅とかで夕方以降も赤福がうず高く積み重ねられて売られているのを見て「絶対、毎日売れ残っているに違いない」という疑惑から、ささやかれていたもの。曰く、「赤福の売れ残りは回収されて、あんともちが分離された後、あんはI村屋のあずきバーに、もちはMスヤのおにぎりせんべいに生まれ変わる」というもの。いずれも三重県に本拠を置くメーカーの商品だ。「赤福を回収したトラックをつけていったら、両メーカーの工場に入っていった」なんてリアルな証言までまことしやかにささやかれていた。
実際、マSヤのホームページのQ&Aでは「おにぎりせんべいは、赤福餅の残りでつくっているとの「うわさ」は本当ですか? 」という質問があり、
「質問の意味がよくワカラナイ…という方も多いと思います。実は、創業294年の歴史を持つ伊勢名物『赤福餅』の社長(10代目)が昭和40年にマスヤ食品(株)を設立、昭和44年『「おにぎりせんべい』が発売となりました。このような事から、ご質問のうわさにつながったのだと思います。原料は同じお米でありますが、赤福餅はモチ米、おにぎりせんべいはうるち米を原料としており、まったく種類が違うものです。どうぞご安心下さい」
質問の意味がよくワカラナイ…という方も多いと思います。実は、創業294年の歴史を持つ伊勢名物『赤福餅』の社長(10代目)が昭和40年にマスヤ食品(株)を設立、昭和44年『「おにぎりせんべい』が発売となりました。このような事から、ご質問のうわさにつながったのだと思います。原料は同じお米でありますが、赤福餅はモチ米、おにぎりせんべいはうるち米を原料としており、まったく種類が違うものです。どうぞご安心下さい
という説明が書いてある。
とっても大人の対応な感じで回答が書いてある。が、売れ残りの赤福から分離した餅を「むき餅」と呼び、分けたあんは「むきあん」と呼んでいたことを考えると、今回の問題が発覚したからには、このマスYの説明もなんだか素直に信じられない感じ。約半分を赤福とおにぎりせんべい、ピケ8
の関連会社「和菓子の万寿や」に売っていた、という記述を読むと、あながち噂でなかったんじゃないかと勘ぐってしまう。
井M屋のホームページを見る限り、事件を受けた記述はないから、たぶんあずきバーは白だと思うが、おにぎりせんべいは調査が終わらない限り、なんとなくグレーな気分。
それにしても、白い恋人といい、赤福といい、けっこういい加減な品質管理がまかり通っていたんだなと思う今日この頃。日々、行政とかに接していると、「いい加減だなあ」と思うことが多々あるけれど、日本社会全体が一つ、気合いを入れる時期なのかもしれない。
と自分のことは棚に上げて、書いてみる。